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この記事へのコメント

2008年03月22日 15:30
 アメリカの占領政策の基本は「二度とふたたび、対米戦争をくわだてない日本をつくる」だったと思う。その後のアメリカの対日外交は、この一点でつらぬかれている。日本人にかぎらず、健全な常識をもってこの話題に関心をもっている人なら、誰もが理解していると思う。
 先日NHKのテレビ番組でキッシンジャーの米中国交回復の秘密交渉を回顧していたが、そこでヴェトナム戦争や台湾問題や中ソ国境問題が話し合われていたのは当然としても、キッシンジャーと周恩来が日本を話題にして、この基本政策の共有を確認していたのにはおどろいた。知ってしまえば、コロンブスの卵なんだが、いままで想像をしたこともなかった。同時に、あの大東亜戦争とは、なんだったのかを考えるうえでも、重要な事実だと思った。
2008年03月22日 15:32
 「二度とふたたび戦争をくわだてない日本」は、アメリカの対日政策であると同時に、中国共産党の対日政策でもあった。あるいは、ロシアやイギリスの対日政策かもしれない。国内では、もちろん自民党政権も民主党をはじめとする野党各党も、おなじ意見なのだから、これはもう全人類共通の考え方だといえる。
 さて問題は、そこからどうやってこの国の安全を確保して、外交的主張をとおしていくのだろうかの方法論だな。
本が好き
2008年03月22日 21:51
罵愚さん
コメントありがとうございます。 戦後は一貫して日本封じ込めだといえますが、明治維新以来の流れを見てみると世界の列強に良いように翻弄されていただけといえます。 若い人に近代史を教えないのは、理解が進むと矛盾や疑問点がたくさん見つかるからかも知れませんね、
2008年03月23日 06:00
 そうですね。戦後日本を牛耳ってきた55年体制というのは、保守と革新が左右に分かれた権力闘争のようにいわれていますが、ほんとうは、日本封じ込めという外国勢力の手先と呼ぶ部分では、一心同体だったのかもしれない。アメリカとソ連のスパイが700匹、群れていただけなのかも。国会議事堂には、戦後ひとりも日本人の代議士は登壇していないのかも…
2008年03月25日 00:24
罵愚さん
コメントありがとうございます。 或る本によりますと、「左翼とは、ソ連等東側から資金をもらって活動する側、右翼とは、西側から資金をもらって活動する側」というのがあります。 戦後で本当に日本のことを考えていた首相は田中角栄さんかも知れません。 資源外交で日本独自で資源調達を考えて実行しようとしていた訳ですから、 それが金権問題で失脚させられた田中金脈を書いて有名になった某評論家に情報を提唱したのがKCIAなどという情報も流れてきているこのごろです。
 一人でも多くの方が、本物を見抜く目を持つことが大切ではと考えます。
2008年03月25日 03:50
 わたしはちょっとちがう目でみています。米ソ両陣営を金脈にしていた左翼と右翼に対して、霞ヶ関に金鉱を発掘したのが田中角栄だった。政治主導で達成した経済復興が、政治資金の供給を可能にするほど成長していたわけですが、この供給ルートが、その後の日本の政治をねじ曲げてしまった。
 政治は三流でも、官僚と経済人が一流だから、この国は大丈夫だったのが、政治家の拝金病を官僚や経済界に感染させたのは田中角栄だった。あれ以後、この国を祖国と呼ぶ日本人はいなくなったと思う。

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