【書評】 山本五十六は生きていた (続編)

 以前、「【書評】 山本五十六は生きていた―誰がなぜ歴史の真相を歪曲したのか」の記事を書かせて頂いたが、この本の一部を縄文人さんのHP:2012年の黙示録で読むことが出来るので、リンクを貼っておきます。


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 * 1.負けるべくして始まった太平洋戦争

 * 2.米国のために重大な役割を果たした山本五十六

 * 3.日本兵を大量にムダ死にさせた山本の作戦

 * 4.山本五十六は戦死していなかった

 * 5.あの戦争は世界支配層のシナリオだった

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 僕自身は、明治維新以降の日本の近代史をしっかり見直す必要がある様に感じています。 表の歴史として語られている裏に本当の真実が隠されているように思えてなりません。

 最近、明治維新の真相を追求する本が出だしているが、本当の真相はまだ闇の中だと思っています。

あやつられた龍馬―明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン

 別件ですが、宮崎正弘さんのメルマガで、東京裁判のA級戦犯が処刑された日に、旧海軍首脳が担当検事宅で祝杯を挙げていたことを読者の声で知りました。 記録に残しておきたかったので転載しておきます。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成20年(2008年) 2月8日(金曜日)通巻 第2079号  
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(読者の声1)A級戦犯が処刑された日に、キーナン検事宅に呼ばれてステーキとワインで舌鼓を5人の日本人がうったことに関しては、5人のうちの一人の米内光正氏が後年、あのビフテキとワインはうまかった云々と述懐したため、世人の知るところとなりました。
5人のうち二人は、ご本人と鈴木貫太郎氏の元帝国海軍の将軍です。
一人はまったく思い出せませんが、残りの二人は若槻禮次郎元首相と迫水久常元内閣書記官長だったと思います。
当人たちは何も悪いことはしていないと思っていたのでしょう。しかし、阿南陸軍大臣が「米内を斬れ」と自刃の前に言った気持ちも納得できます。
昭和19年日本の敗色が濃厚なとき、陸軍が、日本側にも大きな犠牲が生ずるが、米軍に大損害を与えて和平交渉の場に引き出せる可能性がある或る作戦を海軍と共同でおこなうよう極秘裏に提案したところ海軍に拒絶され沙汰やみになったと当時の陸軍参謀から聞いたことがあります。
おそらくそのことの怨恨もあったのでしょう。
   (ST生、神奈川)
------(引用終り)-------------------------------------------------------------------

 先の大戦での大敗に関しては、BLOG:ASKAZEERAでも下記の疑問の記事が出ていた。
一部転載しておきます。

------(引用開始)------------------------------------------------------------------
  ■第65話 売国奴の正体!!
 「東条英機」といえば、日本では戦犯中の戦犯とされ、日本を焦土と化した権化と考えられている。が、本当にそうだろうか?じつは真の戦犯は他にいたのではないのか?それも“組織的”に存在したのではないか?

 戦犯とは、戦勝国側の見解と敗戦国側の見解が違う場合がある。戦勝国側の戦犯とは、無闇に戦争を起こした指導者を指すが、敗戦国側の戦犯とは、自国を敗戦に導いた人物、あるいは構成員を指す。

 先の「太平洋戦争」で、日本を惨めな敗戦に導いた張本人は、誰でもない「大本営」である!!

   -----(続きを読む

------(引用終り)-------------------------------------------------------------------


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この記事へのコメント

救世主の降格事件
2008年06月16日 13:02
東條英樹のバックはロスチャイルドで東條は戦争拡大路線の中心人物だった事は明らかです。
大本営や天皇家が戦争に突き進む要因を作った事件があります。
1929年に海軍の最高位の海軍軍令部長鈴木貫太郎大将が天皇家直々の命で侍従長に降格されます。鈴木一族は日清日露戦争で極めて勇敢に戦いながらも拡大路線には猛反対でした。大本営や天皇家が戦争を大拡大する為に海軍の最高位から鈴木を外したのではないでしょうか。

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