シオン長老の議定書 その2 第三議定 ~ 第四議定

 昨日に引き続いてシオン長老の議定書です。

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[第三議定]より
蛇の象徴とその意義
 今日私は諸君に対して、わが目的の完遂は数歩の眼前にあると伝えることができる。 残りはわずかである。 われわれがたどってきた道は、ユダヤ民族の象徴である神秘的な「蛇の輪」を結合しようとしている。 この輪が結合されたときには、全ヨーロッパ諸国は丈夫なタガで締めつけられたようになるであろう。
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経済的奴隷の”民権”
世界各国の非ユダヤ人は、かつての奴隷制度や農奴制度よりもはるかに強く、貧困のために重労働にしっかりと縛りつけられている。 彼らは奴隷制度や農奴制度からは開放されたが、貧困からは絶対脱することはできないであろう。 それはわれわが、民衆のためというのは名のみの実際的でない権利を憲法に挿入したからである。 それはいわゆる”民権”で、民権はただの概念として存在するだけで、決して実現することはない。 実際のところ、われわれの命令や密使を選挙する投票では、下層民の憲法政治から得るものはなにもない。
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非ユダヤ人には秘密の社会的機構学の教え
非ユダヤ人は、われわれの科学的助言なしにはものを考えることができなくなっている。
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 しかしユダヤ人には、必ず叩きこまねばならないことがある。 それは、人間の目的がそれぞれ異なるために、「人間の平等」など決して存在しないということ、 -----

 非ユダヤ人には秘密にしている正当な社会的機構学の教えるところは、予備教育と職業とのあいだの不調和が人間苦の根本的な原因とならないようにするために、職業の場所も労働も一定範囲の人間にかぎるべきで、もし国民がこの学説を受け入れたならば、国民自ら進んで王権と主権が立てた国家秩序に服従するであろうということである。
 科学が現状のようにわれわれが与えた方向をたどっているので、無知で単純な民衆は、盲目的に印刷物を信じ、また自分に教え込まれた迷論を信じているのでそれぞれの階級がもっている価値を理解せず、すぐ自分たちの上のある階級に敵愾心を抱くのである。 このようjな敵愾心は、あらゆる取引、あらゆる工業を衰微させ、経済的な危機を招くことになる。
 したがってわれわれは、全力を傾けて「陰謀と金力」により経済的危機を引き起こし、同時に全ヨーロッパ諸国で労働者の失業を招き、大衆を街頭に投げ出すことになろう。 そうすればかれらはその無知と単純な心持ちからして、有産階級や資本階級の所有物を略奪破壊するであろうからである。


フリーメーソンの専制
 ----- 「大革命」の名を付したフランス革命を思い出してほしい。 この準備された革命の秘密は、われわれのよく知るところである。 なぜなら、この革命はわれわれの手になるものであったからである。
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 現代では、世界的勢力としてのフリーメイソンは不死身である。 -----

 ”自由”というスローガンは、人間社会のなかのあらゆる権力と抗争を起し、神や自然の威力に対抗してすらも闘争を仕かける。 それゆえ、われわれユダヤ人が王位に就くか、またはこのスローガンを人類の言葉のなかから抹殺するかのいずれかを選択しなければならない。 このスローガンは、大衆を「血を好む猛獣に変身させる」からである。
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[コメント]
 アメリカを見てみると形の上での奴隷制は無くなっているが経済的貧富差は止め処なく広がっている。 経済的奴隷制に変わっただけかも知れない。 資本主義社会は、失業の問題を解決したことは一度もないと思う。

 フリーメーソンが出てきますが、フランス革命はフリーメーソン革命であったことは今日明らかになって来ていると思います。 本当に会員間の「自由と博愛」の団体であるなら秘密結社などする必要はなく、NPOとか任意団体でも良いのではないかと思いますが?

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[第四議定]より
共和国の構造
 あらゆる共和国は、いくつかの発展段階をへて成立する。 第一段階は、右へ左へとうろたえ回る目隠しされた者のような、狂気じみた行動が始まった最初の数日である。 第二段階は大衆扇動の時期で、ここから無政府状態が生まれてくる。 これは必ず専制政治を招くことになるが、もはや公的合法的認知を受けていあにのであるから、なんら責任を負うことはない。
 そしてこのさい勢力をふるうのは、むしろ目に見えない未知の権力であり秘密結社であるが、この結社は裏面で活動するから、手段の拘束にはなんら拘束を受けることはない。
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 ----- すなわち外面的には、フリーメーソンがわれわれの真の目的を隠蔽し、その行動プランと所在を民衆の目からあざむくことに役立つのである。

 自由がもし敬神を根拠とし、天地の法則に背反した平等の概念を捨てれば、国民は幸福を阻害されることなく、閣下組織も存続することができる。 このような信仰をもっているときには、国民は地上における神の摂理にしたがい、教会に統率され、謙遜、柔順に牧師に従う。 そこでわれわれは、宗教の根底を覆し、非ユダヤ人から神霊の観念を奪いとり、その代わりに「個人主義的打算的利欲と肉体的享楽主義的欲求」とを植えつけなければならない。

商工業の競争と黄金崇拝
 非ユダヤ人がこのことに気づかないようにするはめには、彼らの心を商業と工業方面に向けなければならない。 このようにすれば、各国の非ユダヤ人たちは、眼中に国家なく社会なく、ただ自分の利得のみを追い、利害戦に夢中になって、自己の敵に気づかなくなるであろう。

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[コメント]
 共和制の問題点はアメリカを見てみると明らかで、一人の人間に権力が集中してしまうので権力の暴走を防ぐことができないことです。 日本の天皇制(明治維新よりまえ)は権威と権力を分離する役割をはたしていたと考えることができます。 それが「国体」といわれていたものだと考えます。


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この記事へのコメント

どうでもいい
2013年03月10日 22:32
これは明らかに偽書ですね。内容は明らかに反ユダヤ主義者や反共産主義者や保守主義者がユダヤを騙って書いたものです。ですが内容は本質を射ており真実です。
田中信也001
2018年04月01日 05:21
自己紹介
オッス、おら田中君。脳みそお花畑で、そのお花とお花の間を妖精が飛んでいるの。でもこれは秘密。まあどうでもいいかな。
田中君002
2018年04月01日 05:23
さて今年もまじめに宣伝について書いてみようと思う。以前は社会において製造者の英雄が祭られていたが、近年に至って消費者の英雄が祭られるようになった。ここでいう英雄は模範になる人という意味で多数の人はこれに合わせるので製造者に合わせれば製造者に多数の人がなり、消費者に合わせれば消費者に多数の人がなる。また西部邁氏によるとフランス人が言っていることとして製造は科学者が行い、販売は魔術師が行うというのがある。オタクなんぞを間接的にみていると、本人は不満を抱えており、その不満の爆発が購買につながっているように見えるし、社会への不適応なところも宣伝に毒されているように見える。人のことはあんまり言えないが・・・。しかしながら消費(物を買う事)は重要である。人がモノを買うから経済が回るのであり、経済が回るので我々の生活も成り立つ。ひどく借金して個人的に経済が回らなくなれば個人的に生活が成り立たなくなる。消費は社会にとって重要だ。しかしながら行き過ぎている感がある。
田中君003
2018年04月01日 05:25
 比較的善意で言われていることだが、人に夢を売るのがテレビだというのがある。厳しい社会で頑張って働いて仕事がすんだら家なり店なりでそういう夢の世界に浸るのは悪い話ではない。しかしながら何も知らない子供のころからそういう世界に浸って、それが現実だと誤認し、社会に出たときにあまりのギャップに遭遇し、不適応を起こすとなればこれは問題だ。ニートや引きこもりなんぞはこの類でなかろうか。楽しいことが重要だと人は言う。それはそうかもしれない。しかしながら事実や真実を知るといったことも同じように重要である。なぜかというに我々が主体的(自分の運命をある程度自分で決める)に行動するためにはこういった規範になるものが必要で、民主制の世の中ではそういう個人が想定されているからである。
田中君004
2018年04月01日 05:27
私の個人的な民主主義の感覚は、他人の意見に耳を貸すという事で、良心的で論が通っている意見はよく参考にすべきである。良心的でないが論が通っている意見も一応まじめに考えて、良心的で論が通ってない意見はよく聞いてその言わんとすることを察しようと努め、良心的でなく論が通っていないものはどちらでもよい。という態度が核心にあるのでないかと思われる。共産みたいに意見を封殺(弾圧)してしまうと、何が問題なのかわからなくなる。少し古い考え方だが、二宮尊徳(山田方谷だったか?)なんぞを読んでみると、住民の生活を成り立たせるという事に主眼が置かれているようである。藩主が借金で金がいり、高すぎる税金を課して、住民は離散したり投げやりになったりして、藩主もかえってそのために減収になりよけいに窮乏するという事になっていたのが、まず藩主の質素倹約を進め、税金を下げて住民にまっとうな生活の道を説き仕事をさせて、その生活が成り立つようにしてやる。すると税収も増えて何とかやっていけるようになったという話だ。
田中君005
2018年04月01日 05:29
個人の生活が成り立つ上にお上も成り立つ。個人の生活が成り立てば、それを相手にする商業も堅く、商業が堅ければ、それに商品を卸す製造業も堅い。商業、製造業共に堅ければそれに従事する個人の生活も堅くなってくる。これが伝統的な考え方だ。もっとも最近は仕事がなくて無理やり仕事を創るためにアコギな商売を始めたりする人が少なくないようである。それはそれで仕方がないのかもしれないが、あまり大々的にやられるとみんなで共倒れになる。以上の考え方にのっとって宣伝について考えてみる。いろいろ書くが読者も使おうと思えば使えることだ。私としてはこの知識を常識に高め効果を薄くさせるのが希望である。「プロパガンダ」(誠信書房)という本にそって話を進めていきたい。無理に要約していくのでつたない部分があるかもしれないがご了承願いたい。一番手っ取り早いのは本書を買って読んでいただくことである。本書はまだ絶版になってなかったはずだ。本書を買うだけでいいのではあまりに芸がないので、私なりの見解も交えていく。
田中君006
2018年04月01日 05:30
まず、人間がメッセージを受け意思決定するのには周辺ルートと中心ルートの二つがあるのだそうである。周辺ルートの場合、メッセージの受け手は、その内容にほとんど注目しないし考えようともしない。中心ルートでは、受け手は提示された情報のメリットを慎重に考えようとする。通常、人はエネルギーを節約しようとする傾向があるのでよく考えもせず、つまり周辺ルートでものを決めることが多い。テレビなんぞは無条件に信頼されているので、言っていることをよく考えもせず知らず知らずのうちに真に受けてしまっていることが多い。自分にとって重要な情報は中心ルートで考えるのが本来のあり方だ。しかしながら現代の情報が氾濫している社会でいちいちまともに考えるのは骨が折れる作業であるし、あまりに範囲が広いので一人ですべてカバーするのは不可能だ。そこで要点だけとらえてその要点を徹底的に考えるというやり方が有効であったりする。要点とは何か、それは接合部である。企業の商品と個人の接合部はテレビ、雑誌、新聞などであるし、現在と過去及びそれに付随する他国との関係や会社同士の関係を考えるときは歴史などを勉強することである。また人間関係では英雄のことである。軍事や地政学にも言えることだが、はじめから言っているようにここでは広告、宣伝、マスメディアについて書いていく。
田中君007
2018年04月01日 05:33
プロパガンダはいろいろ言っているが、無理に要約すると経験や実験で分かっているこの周辺ルートで考える状態を引き起こす素材を使って相手を説得することである。要するに冷静になってじっくり考えれば回避できる。ではどういうものがあるか見ていこう。さて人は合理的だと考えたがるのだそうである。合理的であるよう他者に対して、そして自分自身に対して見せようとする。客観的に合理的かどうかは関係がない。例えば、タバコの危険性を信じることが最も少ないのは、禁煙に失敗した人であるのだそうだ。こういうのを不協和低減という。タバコが危ない(かもしれない)がタバコが吸いたい。これが不協和(矛盾を抱えて葛藤している状態)で、タバコは危険でない。という判断が合理化で不協和低減(少なくとも心の上では矛盾が減る)である。そこで宣伝家は合理化の罠という形でこの不協和低減を利用する。第一に宣伝家は、自尊心に脅威を与えることによって、例えば何かに罪悪感を感じさせたり、恥辱感や不適切感を引き起こしたりともかく今の状態ではよくないように思わせて意図的に不協和を生み出させる。次に宣伝家は、一つの解決策を与える。宣伝家の要求に従うことによって、その不協和を低減するという方法。結局、それによって罪悪感をやわらげ、恥辱感を取り除き、意思決定を価値づけ、不適切感を回復させるためにお金を寄付し、商品を購入し、敵を憎み、その指導者に一票を投じることとなる。
田中君008
2018年04月01日 05:36
戦争などでも宣伝が用いられる。ある国の国民が別の国の国民を、罪悪感を感じることなく破滅に追いやることを容易にする。戦争は多くのものを破壊する。子供や一般市民も巻き添えを食う。「私は、私の国は、上品で、フェアで、理性的である」という認知(判断および印象)は「私と私の国は、罪のない人々に危害を及ぼした」という認知と不協和な関係にある。この状態で最も効果的に不協和を低減するのは、犠牲になった人々の人間性を低め、逆に、犠牲者のほうに罪があることを主張することである。犠牲者はそのような扱いを受けて当然だ、と自ら信じこむことである。自分の過去の行動を正当化しようとする傾向が合理化をエスカレートさせ、これが悲惨な結果を招きうるのである。この問題と取り上げてみるに、かつて被害を与えた相手が実は人間であったというのが深刻な問題の一つになっている。例えば黒人は商品であったが、のちに人間扱いされるようになり、商品だったころに行った蛮行を今になって責められるというのがある。黒人に失礼かもしれないが、黒人が人間だという事になれば「私は、私の国は、上品で、フェアで、理性的である」という認知が脅威にさらされ、多くの場合否定され、悪の道に進んでいくといったようなことになる。私が分からないのは善いことやっているつもりで悪いことをやり、それが間違いだったと気づき、悪いことをやっているつもりでやっぱり悪いことをやるところである。まじめに社会正義について考えたことがないのかもしれない。
田中君009
2018年04月01日 05:38
次に言葉について。言葉はその解釈や使用法について大きな許容範囲を持っており、説得のために使うことが出来る。という事がある。ある商品がそれより効果的で強力なものはなかったと言っている。しかし国のテストでは、他社のものより効き目が弱いものはなかったという事であり、値段を除けばすべてほぼ同じだったとの事である。嘘は言っていないが錯覚がある。これよりも強力で、効き目が早く、胃にやさしい薬はないと言われると、他のどんな薬よりもこの薬は強力で、効き目が早く、胃にやさしいものはないという誤った推論をしてしまう。実際は全て値段を除きほぼ同じである。またひき肉について「脂身25パーセント」と表示された肉よりも「赤身75パーセント」と表示された肉に対して消費者は好意的なのだそうだ。肉に脂身と赤身しかないのなら両方で言っていることは同じである。また、華やかなきらきら光る一般論というのがある。肯定的な意味を持っているが、それが使われる文脈ではあいまいなものだ。「アメリカを再び強くしよう」「我々は自由の戦士を支持しなければならない。」などである。これらが良いことだとする点に反対する人は少ないだろう。しかし、具体的状況の中でとなると、これらのことに実際に賛成する人はまずいないはずである。日本でも総論賛成各論反対というのがあったがこういう事でなかろうか?
田中君010
2018年04月01日 05:39
さて、ラベリングが出てきました。ラベルをはるとか、レッテルを貼るというのがこのやり方だ。ラベル付けをすることによって我々は対象となっている人間の特徴を強調する。そして、これらの特徴に反応し、その対象に付与されたラベルを中心にして我々のリアリティを構成するのである。ステレオタイプというのがよくつかわれる。イギリス人の料理人、ドイツ人の警官、フランス人の機械工、日本人の家屋、中国人の給料、アメリカ人の妻。これらなどはネガティブな印象を持たれる。しかしながらこういうラベリングをすることで世界観を構築できる。問題はラベルが妥当であるかどうかが重要なところである。しかし自己成就的予言というのもある。賢いとラベルをつけられると実際、賢いように行動したり、正気でないとラベルとつけられた人が、あたかも正気でないように扱われ、本人もそのように行動し始める。名前が実態を作り出しえるのである。そこで我々は世の中についての定義(ラベル)が提供されたとき、我々は常に「なぜこのラベルなのか。この状況を別の角度から定義したほうが、その問題に光を投げかけるのではないか」という疑問を発しなければ流されることになるのである。
田中君011
2018年04月01日 05:42
ついでに書くとラベリングは非常に奥が深く、馬鹿かこいつらと思う時がある。ある言葉(ここでは宣伝家としよう)が苦難の末に支持されるようになってくると、中身が伴っていないのにその言葉を自分に関連付ける(僕は宣伝家だなど)やつがいる。それでそいつのせいでその言葉(宣伝家)の評価が下がってくると、そいつはさっさと別の言葉を見つけて、何の責任も取らない。言葉にはイメージが付随する。むしろ言葉よりイメージを前面に出すときもあるようだ。例えばブッシュ元大統領は、批判してくる団体のリーダーの真似をしたのだそうである。真似というより、イメージをねつ造して批判してくる団体のリーダーと同じイメージを持ったのだ。この手口も初期のころは死んだ前任者、の跡を継ぐものだと前任者のイメージを自分にかぶせるという比較的穏やかなものだった。(スターリンがレーニンの後継者、というよりむしろ同じだと打ち出したりなど)しかし、先に挙げたように生きている人のイメージをとるようになった。有名なところでは昭和天皇とイメージを同じにし、日本人の忠誠を引き出したマッカーサーがあるし、戦後、誇り高き日本の軍服(本当に誇りがあった)を着て暴れまわった朝鮮進駐軍などある。ブッシュ元大統領の本当の性格は謎だが、性格の悪い奴と性格のいいやつが、イメージのねつ造で同じイメージをもったら、本人は違いが判るが第三者は錯乱してしまう。異なるものは同一視せず分けて考えるのが精神の衛生のために良い。
田中君012
2018年04月01日 05:44
私はアメリカ人から見られているようで、ブッシュ元大統領からオバマ元大統領、トランプ大統領などが私のイメージをいいように使っている。言わなくてもわかると思うが彼らと私は別人だ。彼らは社会的に立派な大統領だが、私は日本の田舎の農民だ。参考になるかもしれないので追加しておくが、トランプ大統領のロシア疑惑は無罪だったうえにむしろ被害者だったと証明されたと言っていた。しかし、トランプ大統領が当選するとロシアは日本に北方領土を返すという話を出していたのになにもいわなくなり、トランプ氏の減税も共産とは反対の方向であるが、オバマ前大統領でさえ四苦八苦していたのに行ったことで、反体制的だったと言える。私はフリーメーソンのゲームに関与していたがフリーメーソンには入っていない。一方的に盗聴、盗撮、ストーカーをされたのでそういう意味で無罪だったうえに被害者だったと言えるかもしれない。(というよりフリーメーソンは安全無害なように見える経路から誘導して入らせるという手口をとっているようである。加えて個人的な感想だがスパイの目印がわかるものをゲームを使って判定し、取り込んでいるのでないかと考える。好意でやっているのでなしに、脅威に感じてやっているのである。当然ささやかな脅威だが。)しかし以上に述べたようにトランプ氏とは言葉は同じであるが内容が異なる。
田中君013
2018年04月01日 05:46
こういったことは他にもある。⒉3例を挙げると、「偉そう」という言葉がある。立派な人に見えるという意味と、威張りくさっているという意味だ。また、「頭天然」という言葉がある。頭が天然ボケだという意味と、頭が天然パーマだという意味だ。「知的な障碍者」というのもある。インテリが入った知的な障碍者という意味と、頭が平均より悪い知的障碍者という意味だ。これらを混同すると悲惨な目に合う。自衛のために分けて考えるのが良い。追加で書いておくが、私とフィギアの羽生選手とは同じ日本人である以外何の関係もない。羽生選手に失礼だからやめてほしい。私としてはラベルや肩書でなく私自身をもって私を評価してほしいと思っており、この路線を希望して今まで生きてきた。黄昏に生きる文明人には理解できないかもしれないが。(さらに追加すると、フィギアというと、フィギアヘッドを連想する。実権を持たない飾りのトップだ。自分の運命を自分で決められないうえに、下から突き上げが来る極めて嫌な立場である)言葉についての締めくくりとしてナチのゲッペルスの言葉を引用する「人々の心理を理解し、また十分反復しさえすれば、四角を本当は円であると証明することは不可能ではない。結局四角や円とはいったい何なのか、それは単に言葉であり、言葉というのは、偽装した概念をそれに纏わせるようにして作り上げることができるのである」言葉の許容範囲がなしえる業である。
田中君014
2018年04月01日 05:48
テレビについて現実と遊離しているものが挙げられている。我々はテレビで見たものを現実の反映として受け取っているのだそうである。アメリカの例であるが、男性は女性より3倍多く登場し、そこで描かれている女性は男性より若い。登場人物の多くは専門家、または管理的な仕事をする人と描かれている合衆国の労働者の67パーセントはブルーカラー、もしくはサービス業に従事しているのだが、テレビの登場人物の場合そのような仕事についているのは25パーセントにすぎない。さらにテレビに出てくる犯罪は、現実生活における発生件数の10倍に達する。たくさんテレビを見る人たちは①人種的な偏見の態度をとる、②医者、弁護士、運動選手を職業とする人の数を過大評価する、③男性に比べて女性は能力や関心が低いと考える、④世の中の犯罪発生件数について誇張した考えをしている、⑤20年前に比べて、老人の数が減少した上に病気がちである(実際にはその逆)と信じておりさらにたくさんテレビを見る人はあまり見ない人に比べて世の中を不吉な場所と考える傾向があったのだそうだ。多くの人はテレビを通じて世界観を構築しているといえよう。
田中君015
2018年04月01日 05:49
問題は事実の部分(ニュースなど)と虚構の部分(ドラマやバラエティ、嘘、大げさ、紛らわしい広告など)が混在しているところでなかろうか。事実の部分につられて虚構の部分も事実と誤認するに至るのである。今は廃刊になっているようなので取り上げても問題なかろうが、かつてアスキーというコンピューターの雑誌があった。当時私は今よりさらに未熟だったので言っている内容をすべて真に受けていた。何度か出費を重ねて悟った。写真が入って文章も入っているところはもちろん広告だが、文章だけのところも広告だ。この雑誌は広告の塊でそれにわざわざ私は金を出して買っていたのだ。ものすごくマヌケだぞ。しっかりしろよ自分と一人で考えたりしたものだ。ついでに書くと、コンピューターに対する啓発的な文章、モノを教えるという態度の雑誌で、ついでに商品の特徴とか、どういうのがあるかなどのセールスが入っていたのだ。高い授業料だったが、いい勉強になった。
田中君016
2018年04月01日 05:52
続いておとりの選択肢について。私も経験があるのだが不動産屋に行くと初めぼろい物件で値段がそこそこの部屋を紹介される。続いて先よりも妥当な物件を紹介されここがいいと決める。先のものに比べたらなんと立派に見えることか。初めのぼろくて値段がそこそこの物件がおとりである。「文脈」が重要だという事である。判断は相対的なものであり、絶対的なものではない。対象や選択肢は、文脈次第で良くも悪くも見えるのである。我々は文脈について考えることはほとんどない。これが文脈を創る人の影響力を高める。次に事実もどきというのがある。1938年10月30日火星人が地球を乗っ取るという「宇宙戦争」をラジオドラマ化して放送した。ところがこの放送は一大パニックを起こした。合衆国中の人が祈り、叫び、自分たちが信じた火星人から逃げまどった。1960年代にはビートルズのポールが死んだという噂が駆け巡った。世界中の音楽ファンが、ポールの死の手掛かりがアルバムのカバーや歌詞の中にあるのではと、くまなく探し回り実際に発見した。1970年代後半、消費者はP&G社の製品をボイコットした。その会社のロゴに使われている13個の星が悪魔への貢ぎ物だという噂が流れたからである・・。
田中君017
2018年04月01日 05:54
といったような感じだがポールは死んだに関して言うと当時学生運動に勢いがあったのだが、ビートルズがはやり始めると、上はともかく下っ端及び中間の学生は学生運動よりもビートルズに熱を上げるようになったのだそうだ。そこでビートルズは陰謀だと言われたのだが、この論点をずらす(ビートルズは陰謀だ。がトリガーで、学生運動対策がアンカーだったのだが、ポールが死んだにアンカーがすり替わった。[トリガーは引き金という意味で潜在意識の中に沈み込んでいるアンカー『碇』を意識上に引き出すきっかけになるものだ。催眠術の本に詳しく書いてある。ここではアンカーのすり替えについて書いたが、トリガーの抹消もある。要するに忘れてほしいものにつながるものを、片っ端から変えたり消したりしていく。])ために行われたのがポールは死んだキャンペーンだったようである。古き良き時代の武力で弾圧するのではなしにこういうやり方で運動を抑えるというのは比較的良心的なやり方だと私個人は思うのであるが、学生運動側は腹を立てていたようである。なんでも麻薬を奨励するような歌詞があったのだそうである。
田中君018
2018年04月01日 05:56
事実もどきはなぜ説得力を持つのか。第一に事実もどきが真実か否かを確かめる試みがほとんど行われないからである。友人から聞いて、その友人に疑問を持つことは少ないだろう(人によるが。)またテレビであれ他のマスメディアであれ、それらが提供する事実の正体をいちいち暴こうとしない。まさに周辺ルートだ。第二に事実もどきは、しばしばいくつかの心理欲求を満たしてくれるので、我々はそれを受け入れてしまう。最上の事実もどきは我々の根源的な関心や懸念を合理化し、正当化するのを助けてくれるのである。よく知っている人物を傷つけるような事実もどきを真実として受け入れることは、その偉大な人でも過ちを犯すのだと、我々をほっとさせる。最後に、事実もどきは説得のお膳立ての機能を果たす。事実もどきは社会的なリアリティを作り出すのである。ここからどういう人が説得に適しているのかに入る。無理に要約するとステータス(地位)の高そうな人が説得に適している。身なりはもちろんのところ、肩書や口調、偽造したものでも効果を発するが、権威のある証明書などがあると説得に効果的なのは詐欺など見ているとよくわかる。また宣伝家は宣伝家であるように見えないことが重要で宣伝家に見えると、周辺ルートではなく中心ルートで考えるようになり説得は困難になる。説得を成功させるためには伝達者は、偏りがなく信頼できる人のように見せなければならないのだそうだ。
田中君019
2018年04月01日 05:58
ここで三十六計でいうところの苦肉の計が出てくる。自分の利益に反するように行動するというのでウエイターが安い商品を勧めたり、商品の販売で商品の欠点も言うとかいうのがある。策略でなく本当に誠実な人もいるにはいる。一番わかりやすいのは結果を見ることであるが、何とか事前にわからないものかと思う。また好感をもたれることが重要だという。聞き手が話し手に好感をもてば、罪を犯した場合以外、どんなことをやっても許してくれるだろう。逆に好感を抱いていないとすれば、たとえすべて本質をついていても、そのことは問題にされないだろう。ではどうすれば好感を持たれるか?聴衆が思っていることを話しなさい、他者を快適な気分にするようにしなさい、雰囲気(状況)をあなたに有利になるよう操作しなさい。との事であるがユダヤ人なんかがこの名手である。ユダヤ人の書いた本を読み親ユダヤになる。そして実際の彼らを理解し反ユダヤになる。私個人としてはユダヤ人に関しては成り行きに任せようと思っている。相手の思っていることについてだが、これもヘーゲル、マルクス辺り読んでいると大体予測がつく。まずある議論がある。次に反論が出てくる。そして初めの議論と反論を考慮した新しい意見が出てくる。ここでまずある議論が極端で無慈悲であるほど、反論に対する欲求が強くなってくる。そういうわけで予測できる。最近だったら良心が踏みにじられており、我々の水準の低さから、一部の頭のいい奴が我々を馬鹿にしたように好き放題やる。
田中君020
2018年04月01日 06:00
別にトランプ氏は嫌いでないのだが、やたらと目につくので書く。新たにロシア人が関与するかもしれないし中国人かその他のものが関与するかもしれない。はたまた、ものすごく体重のある天才かもしれないとあった。競馬の予測のごとく考えると、本命はロシアであろう。対抗馬は中国で中国に関してはアメリカはわりかし強固な態度をとっている。大穴はものすごく体重のある天才だが、体重というより重力(引力で引き付ける力)がある天才と考えたほうがすっきりする。天才はそれ自体でひきつける魅力がある。くどいがあくまで予測だ。こういうことをやっていると鼬ごっこになり切りがないのでもうやめる。ともかく我々の水準を上げることを目指したい。
田中君021
2018年04月01日 06:02
ユングが言うには人はペルソナ(仮面)をもっている。他人に対しても自分に対しても私はこういう人間だと示す仮面(ラベルのことだと考えてもいいだろう)だ。これが商品の購買と結びつく。一番分かり易いのはファッションだが、通常の商品でもイメージをもたれている、もしくはでっち上げられているのでこの役割を果たす。「ミケロブ(アメリカのビール)は高級品」とか、「働く男のためのバドワイザー(アメリカのビール)」などがある。それぞれの仮面に則って商品を選ぶ。私は牛乳石鹸のボディーシャンプーをよく使う。値段が良心的で石鹸として悪くはないからである。私は個人的にはテレビをほとんど見ない。嫌がらせなのだろうが、牛乳石鹸のコマーシャルで妻が何かの記念日で旦那を待っているのだが、旦那は会社仲間と宴会をやっていて、帰ってきたら牛乳石鹸で洗い流そうといったようなものがあったらしい。仮面としてみるなら、家庭を顧みず会社の人付き合いを行い、そして家庭に対して犯した罪は石鹸で洗い流そうというもので、普通の感覚では拒絶されてしかるべきものだ。牛乳石鹸ルートで私にこのラベル(仮面)をはり付けてきた。不幸中の幸いにして私は結婚していないのだが。牛乳石鹸はテレビ及び広告会社を風評被害もしくは名誉棄損で訴えてもいいのでないかと思う。個人的な希望としては、何か月かの営業停止になれば面白いと思うのだが。
田中君022
2018年04月01日 06:04
売り込みで客自身に商品のいいところを考えさせて、商品を売るというのがある。なぜ○○社の製品が好きなのか50字以内で述べてください。とか自己イメージ法とかいうのがあり、商品を買った場合客の生活の幅がどのくらい広がるのか、少しの間、想像させてみるというのである。商品の情報を受け取るだけでは成約率が19.5%だったのに、想像させてみると47.4%の人が契約にサインしたのだそうである。ジョンレノンのイマジンという非常に狡猾な歌がある。歌の中で、妄想してごらん、君は僕のことを夢想家だと思うかもしれないが、妄想しているのは僕だけじゃないんだ。と言っている。妄想させることが売り込みに効果的なのは説明した。妄想しているのは僕だけじゃないとうたっているが、この「僕」とは通常はジョンレノンを指すのだろうが、歌の聞き手にとって僕とはまさに聞き手のことである。他の妄想している人には少なくともジョンレノンはいる。私は初めてこの歌詞を聴いたときうなったものだ。きっとものすごく頭のいい奴が作っているに違いない。
田中君023
2018年04月01日 06:06
話は変わるがレーガン元大統領は雄弁で心に残る演説はしていないのだそうだ。その代わりに「幸せになろう」とか「まだいけるその調子」とかいうようなキャッチフレーズを言ったのだそうだ。そのレーガン元大統領がベトナム戦争を押した。・・アメリカの礎となっている偉人たちの殿堂があります・・これらの人々の命はベローの森、アルゴンヌの森、オマハ海岸・・・そしてベトナムと呼ばれる国の水田やジャングルで失われました。レーガン元大統領は、ベトナムでの戦死者をアメリカの最高のヒロイズムを示すシンボルやイメージ続けて口にすることで、ベトナム戦争を一つの鮮明なイメージをもつ正当かつ称賛すべき使命へと変容させ、こういうやり方でべトナム戦争を正当化したのだが、私はこれに葛藤を覚える。というのは宇沢弘文氏による情報だがベトナムの戦場には学校の成績の悪い順番に送られたのだそうである。要するにアメリカのアホな分子をこの機会に一掃してしまおうとしていたのだろう。全部が全部、質が悪かったとは言わないが、一部の兵士は戦死した兵士に送られた勲章を大量に着服していたりして、なんでこんなにモラルが低いの?と思ったものである。いったいどこが英雄なんだ。英雄に失礼じゃないか。と私は意識下でこのように考えるのである。もちろん一部、本当の英雄はいただろうが。
田中君024
2018年04月01日 06:07
レーガン元大統領は「貧乏から大金持ちへ」のシンデレラ・ストーリーや「隣人の助け合い」の話をよく持ち出した。レーガン元大統領はアメリカに貧困はないと主張していたようだが、レーガン元大統領の就任直前、アメリカの子供の9人に1人は貧しい暮らしをしていた。しかし、彼の任期の終わるころには、この数字は4人に1人になった。宣伝の目的次第で適当にその目的にかなった人を見つけてこれる。上の子供の例では貧乏な人が増えたが、貧困から抜け出した子供もおり、そういう子供にまなざしを当てて、貧困が減っている印象をでっちあげることもできる。劇的な描写で見ているものを引き付けるという点で、テレビは非常に強力である。
田中君025
2018年04月01日 06:09
広告についてだが、「慣れ親しむと、魅力と好意を生じせしめる」というのがあり、繰り返し宣伝すると、その商品が身近に感じられるようになる。店に行くといろいろなブランドの洗剤が並べられている。どれを買っても同じなので、一番なじみのあるものに手を出す。そしてなぜなじんでいるかというと、その商品をテレビコマーシャルで何回か見ているからである。合理的に考えれば逆の選択が好ましい。どれも同じであるなら宣伝費がかかってなくてその分安くなっている他社製品を買うのが、消費者の知恵でなかろうか。広告に戻る。反復の宣伝は効果があるが、あまり反復すると「擦り切れ効果」というのが出てくる。反復される広告を、消費者が退屈で苛立たしく感じることによってその広告の効果が減退する。そこで広告者はよく知られた通り「バリエーションをつけた反復」のテクニックを使うことにより「擦り切れ効果」が生じないように試みる。各社のコマーシャルが全く同じものばかりではなく、ストーリーのある続き物になっていたり、登場人物が異なるなどのバリエーションだ。広告業界の昔からの言葉に「何も言うことがないなら、歌えばいい」というのがある。逆に言えば歌っている広告の商品は取り立てて言うことが何もないという事だ。
田中君026
2018年04月01日 06:11
 古い話になるがかつて、「せがた三四郎」というコマーシャルがあった。商品自体(セガサターン)は取り立てて言うものではなかった。しかしそのコマーシャルには訴求力があった。せがた三四郎と、セガサターン白、セガサターンしろ(やれ!)をかけたキャッチコピー。どこかに置き去りにされてしまった古き良き日本人像である三四郎。それとあの歌(テニスにカラオケ、ナンパにクラブ、他にやることあるだろうが!)。まったく芸術的だった。くどいが商品自体は湯川専務に悪いがプレイステーションとかのほうが魅力的だった。しかし、この宣伝につられてセガサターン白を買ったものである。ところで、どのような問題にも2つの側面(好い面と悪い面)があることが古典と実体験により分かっている。両面を提示したうえで反対意見を論駁する主張のほうが説得力を増す。単純に両方の立場をを提示するコミュニケーションに説得効果があるという事ではない。両方の立場を提示したうえで、反対の立場の弱点を指摘することが説得効果を生み出す。これは中心ルートだが、大統領が相手候補の挑戦に対して「ほらまたはじまった」と言い返して議論を終わりにしようとし、考えるのを止めようとするとこれは周辺ルートであるばかりか、聞き手の知性が侮辱されていることになる。
田中君027
2018年04月01日 06:14
ここから感情に訴える説得に入っていく。まず恐怖アピールについて。ヒトラー政権下のドイツ、スターリン時代のソビエト、臨時政権下のアルゼンチン、フセインのイラク。に見られるように、様々な国、様々な時代で、政府は国民に圧制をしき恐怖を注ぎ込んできた。恐怖アピールによる説得が効果的になるのは①人々に強い恐怖を与えること。②恐怖が生み出す脅威を克服するための具体的な勧告を提供すること、③推奨された行動が脅威を低減させるのに効果的であると知覚されること、④メッセージの受け手が、推奨された行動を遂行できると考えることである。これも認知的不協和が恐怖により発生しており、その解決策である不協和低減に乗ってくるというもので別に新しいものではない。次にグランファルーン(誇りを感じさせるが意味のない人間同士の連帯)による説得がある。グランファルーンは第一に「私はこの集団のメンバーだ」という知識を持つことによって、人は世界を分割し、それに意味を与えることができる。一種のラベルだ。集団間の違いが強調せれ、グランファルーンのメンバー間の類似は「これが我々の型である」という固い信念のよって強化される。そこで、外集団のメンバーが非人間化される。深刻なところでは、東大生が東大以外人間でないなどと言っているという情報がある。大体こういうのはコンプレックスの裏返しとして出てくるものだが、いったい何にコンプレックスを感じているのだろうか?第二に社会集団は自尊心やプライドの源泉になる。集団がメンバーに与えてくれる自尊心を得るために、メンバーはその集団を防衛し、集団のシンボルや儀式や信念を受け入れるようになる。まさに個人的なコンプレックスの防衛だ。
田中君028
2018年04月01日 06:18
ここ数十年、売り手は、アメリカ人を様々な集団やライフスタイルに分類することに多大な努力を払ってきた。製造や経済では特化とか言われるものだろう。各集団はある種の自己像やライフスタイルと結びつけられている。そして広告や商品は、それらに適合する市場をターゲットにする。既成の集団がない場合、新しい区分を発明したり、忘れ去られていた古い区分を強調することによって集団を作り出すことができる。他者と感情を共有することによっても作り出される。楽しい一時、悲しい場面、恐ろしい経験を共有した時、他者との一体感を感じることができる。大和民族主義者の私にとって忌々(ゆゆ)しき記述だがシュペングラーは民族がある大事件を起こすのではなしに、大事件が民族を創ると言っている。つまり先に挙げた意味(経験による一体感)だろう。組織におけるよくある説得戦術として、取り込み、巧妙に個人的なグランファルーンを変えてしまうものがある。
田中君029
2018年04月01日 06:20
例として、会社の方針に強く反対している社会活動家などを考えてみる。このような場合、会社や大学は批判者に新しい地位を与える、という事をする。ただし、その地位は非常に目立つものであるが、組織の中で現実には力を持っていないものである。(前に挙げたフィギアヘッドなんぞまさにこれであろう)。このような地位には、素晴らしいオフィス、秘書、専用封筒や便せん、そして駐車場までついている。やがて批判者は次第に古い「活動家」仲間から孤立していき、逆に会社や大学に依存するようになる。こうして対立者は骨抜きになる。三十六計では調虎離山と呼ばれる策略で相手の本拠地から相手を切り離すやり口だ。結論として第一に、最小集団を作り出し、あなたをその集団の一員であると規定しようとする人に注意をすること。人を定義しラベル付けする方法はたくさんある。「どうしてこのラベルが持ち出されたのか」と自問すること。第二に、自尊心を自己イメージを維持することではなく、一つの目標の達成に結び付けること。第三に、自尊心の根拠を、たった一つの集団カテゴリーに求めてはいけない。そうすることは狂信につながる危険がある。第四に、集団を隔てる壁を低くするために共通の地盤(先の例では東大生<日本人<アジア人<同じ地球に住んでいる‥といった具合だろう)を見つけよう。そして最後に、外集団のメンバーを、思ったより自分と共通点の多い一人の人間としてみることが挙げられる。
田中君030
2018年04月01日 06:23
続いて、罪悪感で説得するというのがある。まったくうっとうしいのが韓国だ。罪悪感はそれが現実のものであっても想像上のものであっても、しばしば承諾を生み出す。アメリカで日本の留学生と韓国の留学生が一緒になる機会があり、韓国人は日本が行った歴史的な韓国への損害を語り、日本人は「そんなことがあったの?ごめんなさい。」とただただ謝っていたとの事だ。実際は、日本は朝鮮の近代化に貢献したのであり、同意なくして行ったという非難は当たるかもしれないが、その他のことで非難されるいわれはない。従軍慰安婦も発信源が日本の朝日新聞だとちらほら出てきている。この辺は去年書いたか。多くの罪悪感はそれを感じるに値しない。罪悪感は、十分償われているはずの過去の罪を思い出させたり、些細な過失を大きく見せかけたり、実際には関係のない犯罪に責任があるかのように思わせることによって引き起こすことができる。罪の意識でいっぱいになると、我々の思考や行動は、とにかくその罪を取り除くことだけに向けられる(当然、まっとうな人のことを言っているのだ)その結果、我々の行動が操られることになる。最も悲惨な場合には、我々の自尊心が長期的なダメージを受けてしまう。ロシアの文学者が人間の罪を博愛によって克服しようとしたのだそうだが、キリスト教の精神とはこれでなかろうか。いろいろ分派があるだろうが。
田中君031
2018年04月01日 06:24
続いて、返報性のルールについて。規範というものがある。行動の明確な指針を意味する。そのうちの一つとして「私があなたになにかしたら、あなたは私に恩恵を与えたり、何かして返す義務がある」というのがある。返報性の規範がこれであるが、これはある文化内での交換がうまく作用するように調節するもので、最初に他人に何かした人が損をしないことを保証するものであるとの事である。私はこの文書を無料で投稿しているが、読者が賢くなり民主制が今より機能するようになれば本文書の報酬としては十分だ。ある実験でコーラを買いに行ってもいいかと言い、買いに出かける。その際自分の分だけのケースと相手の分も買ってきたケースに分かれる。そのあとでくじ付きチケットを買ってくれないかというと、相手の分も買ってきたケースのほうがなんと二倍近いチケットを売ることができたのだそうである。あるコマーシャルで「私たちはこの製品に全幅の信頼を置いています。試してみたい方は無料電話でお知らせください。すぐに試供品をお送りさせていただきます。」とある。小売業者も、無料試供品というプレゼントが売り上げを大幅に伸ばすことを知っている。
田中君032
2018年04月01日 06:26
また営業の世界にはドアインザフェイステクニックというものがある。非常に大きな要求を断らせて、それから通したい要求をすると通りやすくなるというものだ。こちらの意見の緩和という譲歩に対する返報性の規範によりお返ししたいという気持ちが働き、さらに前の要求とのギャップで通したい意見が妥当なものに見えるというものだ。前に挙げた不動産屋のやり口に似ていなくもない。逆にフットインザドアテクニックというものもある。コミットメントと一貫性という社会規範が使われる。小さなコミットメントを行うと、同じ方向にさらにコミットメントを続ける可能性が高まる。個人的な経験だが私はある意見を持っていた。するとテレビ朝日にしごかれてどんどん極端になっていった。しかし初めの立場が比較的妥当なものだったので平均の人が見るとちょっとと思うかもしれないが大和民族至上主義者、及び民主主義者になっている。売り手がコミットメントをもたらさなくても、もともと持っている態度にもこの考え方は通用するようである。
田中君033
2018年04月01日 06:27
あとまた一貫性についてローボールテクニックというものがある。はじめに良い条件を示し買い手を買う気にさせ、書類を書かせるなどしてコミットメントをする。それからそのよい条件が満たせなくなったと言い、普通では他社に行くであろう条件を出す。買い手はもう買う気になっているのでその条件をのんで買ってしまうというものだ。コミットメントはコミットメントを再生産する。その結果、しばしばエスカレートして、誤った行動の深みに足を踏み入れてしまうことになる。小さなコミットメントをすると、それがさらなるコミットメントを行う状況を作ってしまう。最初の行動を正当化しなくてはならないために、態度が変化する。結果、割の合わないビジネスにコミットメントしたり、意味のないものを買ってしまったり、何ら現実的な目的もない戦争を続けたり、無制限な軍拡競争に走ったりしてしまう。ほかの動機や情動と同様に、コミットメントや一貫性にも十分にその目的と価値がある。言行不一致、二枚舌の嘘つきだらけの社会に住みたいと思う人は誰もいないはずである。(筆者は今の日本ではないかと疑ってしまうが。)しかしその一方で、コミットメントを使って説得の罠を仕掛けることができる。尊重するに値しないコミットメントを決して尊重しないことが、最も尊重すべき行為であることを覚えておくことだ。
田中君034
2018年04月01日 06:29
次に希少性について書く。「店頭ではお買い求めできません」「在庫に限りあり」「特別限定仕様」「期間限定商品」「地域限定商品」一回の注文で5個まで、という制限をつける金貨販売業者もある。これらが希少性である。ある物が手に入りづらくなり、幻の選択肢になったとき、幻は想像を生み出す。手に入らないものには、何か引かれるようになる。ある商品が希少で手に入りづらいとわかると、まず最初に考えることは、それは望ましいに違いないという事である。そうでなければ、こんなに少ししかないはずがない。需要と供給のバランスが値段を決めるというが、供給がないからと言って需要が多いとは限らない。勝手に需要が多くて供給が少なくなっていると考えてしまうところがみそである。また、禁止のパラドックスが働いているのかもしれない。タバコのように禁止されるとやりたくなるのだ。オカルトにも右道と左道があり、左道は片っ端からルールを破る外道である。しかし、彼らがいるからルールのありがたみがわかるし、有用なルールとそうでないルールの違いも分かるのだ。あんまり多いと困るが。ついでに述べておくと、彼にあっては全てが右である。という伝承がある。私は彼とともに歩みたいから右を選んでいる。さて、幻の選択肢に戻る。
田中君035
2018年04月01日 06:31
このような効果がある。第一に、魅力的であるが実際に存在しない選択肢があることにより、別の商品の魅力が低下した。第二に、選択する際に重視する基準を変えてしまった。特に幻の選択肢が優れている属性が、決定を下す際に最も重要な点であると評定された。幻の選択肢は希少であるが入手は可能な選択肢と同じように、我々の感情を刺激する。大半の消費財の場合と同じように、希少なものや、誰でも手に入れられるわけではないものを所有することは、自己を規定する一つの手段となる。ペルソナ(仮面)の一種だろう。こんなものを持っている私は特別な人間なんだというわけだ。メーカーはこれを知っており、これを利用して商品を生産販売する。商品がユニークであるという知覚をメーカーがうまく作り出せたら、たいていの人はそれを欲しくなり購入するであろう。ただ問題がある、誰もがそうするのである。そうなると購入者はユニークではなくなる。自分をユニークに見せるために購入したのに、みなと同じであるように見せるものを手に入れたことになってしまう。このことがユニークさへの欲求をさらに強める。そして、新しい流行の幻を次々と追い求めることになる。中身がなくラベルだけ合わせるやつがいる(先に挙げた僕は宣伝家だ、など)こういうのに反発するのはやめて、彼らに物を売ったほうがいくらか生産的なのかもしれない。
田中君036
2018年04月01日 06:33
幻の罠の重要な側面の一つは、幻への固着である。これは、希少で手に入りにくいものを獲得することに注意や資源を集中させる傾向を言う。この場合、手に入らないものに集中するので、他の選択肢があることを見過ごしやすい。(人材で言うと、私以外にもたくさん人がおり、何も私である必要はない。私の偽物は問題外「要するに中身がなくてラベルだけ合わせているもの。消費者には向くが他は不向きだ。」だが、普通の奴で私より優秀な人はたくさんいる。)しかし、このような固着は良い結果を生み出すこともある。非常に大きな個人的利益や社会的利益を生み出す可能性もあるが、まだはっきりしない目標を達成するために、人々の資源を動員することに役立つこともあるだろう。最後に、幻に伴って生じる感情を「何かおかしい」ことを示す手がかりとして使うことだ。感情に対してではなく、その状況に対して反応することにしよう。これが教訓だ。
田中君037
2018年04月01日 06:34
「サブリミナル」メッセージについてさらっと述べる。非常にかすかで速いメッセージだ。実験の結果、本「プロパガンダ」では効果が認められなかったという事になっている。むしろ見ているものが信じたがっているのだそうだ。実際効果があるのかどうかは分からないが、脳の中で食欲と性欲は発生する場所は近いのだそうである。そこで食に関して性的なニュアンスをつける広告がある。ピザの焼ける音に女の喘ぎ声を潜ましたり、フランクフルトやホットドックが男の性器のようにそそりだしていたり、おにぎりが割れているのだが女の性器を暗示させる形になっていたりなどである。私の個人的な妄想も入っているかもしれないが。先に言ったように効果があるのかどうかは不明である。しかし使われている。
田中君038
2018年04月01日 06:35
ここからいかに宣伝に抵抗するかについて書く。子供は「自らを守ることができない」特別な消費者層であるらしい。その子供も宣伝にさらされて多くの場合健全な懐疑主義を発達させている。ある調査は、テレビコマーシャルは、「常に真実を伝えている」あるいは「たいていの場合真実を伝えている」と思っている児童は6年生の場合わずか12%にすぎず、ある年齢以降になると、子供たちは広告に対して不信感を募らせ、広告の目的が情報を伝えることではなく説得することにあると理解するようになる。このように自然に形成される場合もあるが、あらかじめ説得の意図(これから説得するぞ)が伝えられていると、説得の効果が減少したのだそうである。説得を予告されると説得に対して身構えるようになる。守り方は2つある。一つはある意見を信じるが故でなく、何らかの戦略的目的を達するために、(一種の仮面だが、私は説得されない人間だ。とか、自分が自立していて一貫性のある人間だとかである)その意見を保持、表現する。もう一つは、予期されるコミュニケーションに対して考えうる反証を用意することである。であるが、予告と説得効果に関する研究は、説得されることを知っているだけでは、説得からわが身を守ることはほとんどできないという事を示している。
田中君039
2018年04月01日 06:38
警告(予告)に対して何をするか、その内容をどのように評価するかが大切だ。明日、地震があるという事を知っているからと言って、その警告に対して適切な防御手段を講じなければ安全と言えないのと同じである。以下に、注意点を述べる。・説得する側は何を得るのか。・なぜ、こうした選択がこのような形で私に提示されているのか。ほかの選択肢はあるのか、こうした選択肢を提示するほかの方法はあるか。・推奨させている選択肢以外の選択肢を選ぶと、何が起きるのだろうか。別の選択肢を支持する論点は何か。 こうした問いについて考えることは、説得されやすさに歯止めをかける第一歩として価値があるだろう。ある実験で、一群の被験者が自分の意見を述べた。その後彼らの意見は軽い攻撃にさらされ、次のその(意見に対する)攻撃は論破された。最後に、この群の被験者は、最初に自分が持っていた意見に対して強力な反論を受けた。すると、この群の被験者は、事前に意見が軽い攻撃にさらされなかった統制群の被験者に比べて、自分の意見を変えることが少なかった。本書ではこれを説得の防衛のように書いていてその実例も挙げているが、これは「コミットメントと一貫性」でなかろうか。意見に対する攻撃が論破された時点で自分の意見に対するコミットメントが強まったのでなかろうか。本当の意味で自立した人間を目指すのは長い道のりである。簡単に説得されてしまう人というのは、重要な挑戦を受けたことがないスローガンに基づいて自らの信念を形成している人々なのである。
田中君040
2018年04月01日 06:39
教育と宣伝の違いはどこにあるのか。アメリカの辞典によると宣伝を「特定の信条による故意の伝達」と定義し、教育を「知識や技術を伝える行為」と定義している。日本でも数学とかはわりかし公平だが、歴史に思想が入っている場合がある。従軍慰安婦とか、南京大虐殺とか、これは何故か教えられなかったが後に知ったもので、731部隊などがある。あの教師はこれらをエロ・グロ・ナンセンスで語る。当然、比較的まともな心を持っている子供は拒絶し、ひいては日本を拒絶し、自分を拒絶するに至るものもいるのである。数学にも思想が入る場合がある。多くの例が、買う事、売ること、借りること、賃金のために働くこと、そして利子の計算をすることを扱っていたりする。こうした例は資本主義システムをただ反映しているのでなしに、そのシステムを正当化し、支持し、当然で標準的な方法であることを示唆していたりする。比較的問題がなさそうだが立場によって違ってくる。例えば利子が禁じられているイスラム教徒が利子の問題を素直に受け入れるだろうか。借金してまで買う必要がないと考えている人もいるのである。単純に問題としてみるなら問題がないが、思想が盛られているのならちょっと問題かもしれない。アップルの故・スティーブジョブズ氏のように「俺のやり方が気に入らないなら出ていけ」という意識満々の商品の例もあるが、ここで挙げているのは公教育であり、その為、構成員のことを考えたものにせざるを得ないのではないかと私は思うのだ。
田中君041
2018年04月01日 06:41
自分の価値観に合致しているかどうかという基準だけで、あるコミュニケーションを、「教育」あるいは「宣伝」とラベル付けしてしまうのは危険である。「いかなる形態の教育や説得が自分たちの社会、そして自分自身のためになるのか」を問いかけながら、詳細に吟味しなければならない。ニュースも残念ながら偏向している場合が多い。ジャーナリストたちは、大量の情報の中から新聞やテレビで報道する内容をどのようにして選択しているのだろうか?公正でなければならないのはもちろんであるが、もっと重要な問題がある。それは、報道されるニュースがどれだけ視聴者の関心を引き付けられるかという問題だ。夕方のニュースを含め、すべてのテレビ番組は、視聴率を高めること、視聴者を楽しませるために力を尽くさなければならない。テレビニュースは一種の娯楽番組なのである。洪水に洗われた街の映像は、そうした洪水を防ぐために建設されたダムの映像より娯楽性が高い。暴動や爆破事件、地震や虐殺などの暴力沙汰のほうが、互いに助け合う人々や暴力事件を防止するために働いている人々の話より報道されやすい。平和的に秩序を保って活動する人々の映像よりも、暴力的な行動のほうが刺激的なのである。これらは娯楽性の高い情報だけを集めて編集することによって、現実を歪曲し単純化することに他ならない。ジュディ&マリーの曲で「つらいニュースばかり我慢できない」と歌っているのがあったが、もともとこういう傾向があったのである。
田中君042
2018年04月01日 06:43
最後にカルトの教祖になる方法について書く。多くの人々は信者が「洗脳」されていると主張する。この「洗脳」という言葉はかなり拡大解釈して使われ、謎めいた意味が伴うようになった。そしてこの言葉は、不可思議で実際上まず抵抗できない説得術を意味するようになった。テレビや映画では、洗脳の犠牲者たちがまるで催眠状態にあるように描写される。しかし、これは非常に誤解を招く表現である。カルトの説得術もこれまで述べてきたようなやり方を、われわれに馴染みの深いやり方ではなく、組織的かつ徹底して行うだけである、ここまで本文章を読まれていた方ならそう簡単に引っかからない・・・ハズだと少し自信がないが思う。くどいが念のために本書、プロパガンダ(誠信書房)を買って読まれることをお勧めする。基本的に7つの方法がある。順番に述べる。1「あなた独自の社会的真実を作りなさい。」カルト創設の第一歩は、教団本部が与える以外の情報をすべて排除して、あなた自身の社会的真実を構築することである。そのためには、カルト教団の本部を外部から隔離しなければならない。信者の手紙は検閲する必要がある。家族の信者訪問は禁止する。(オーム真理教なんぞまんまこれではないか。)「信者」と「未救済者」との間に厳しい境界を設け、それを維持することが必要であるこのような検閲は肉体的に行う場合もある。部外者を強制的に排除し、いうことを聞かないものを力ずくで押さえつける。しかし、「カルトでないもの」はすべて「悪魔のものである」と信者が自己検閲するように教えるほうが実用的である。アーサーケストラーあたりが言っていたが、共産圏のソ連でも貧乏人がいたのだそうであるが、彼らを見ると自動的に過去に属するものであると考えるように徹底的に仕込まれていたのだそうである。実際は過去ではなく現在および未来の問題だったのだが。これも自己検閲の一種である。
田中君043
2018年04月01日 06:45
社会的真実構築のための第二段階では、信者たちにカルト的世界観を与える。この世界観によって、信者たちはすべての出来事を解釈する。カルトの威力を実感するには、ほんの少しの間、彼らの信仰に浸ってみるといいだろう。一風変わった方法で、おそらく生まれて初めてその世界が理解できるだろう。とのことであるが脱会者に厳しい教団もあるようなので私としてはどうかと思う。しかし入団しなくても気分を味わうだけというのもできるかもしれない。社会的真実の構築に便利な方法の一つは、独自の言語と専門用語を創作することである。オーム真理教の「ポア」や「サティアン」。統一教会の救われていない人にうそをつくことの「天の欺瞞」。共産主義の「プロレタリア独裁」「水平線上のコミュニズム」。よい言葉?は物事を「正しく」動かすのに役立つ。どんな出来事も即座に善か悪に振り分けるようになり、批評する精神をなくしてしまうのである。あと心にとどめておくべきこととして、メッセージを何度も何度も繰り返すことがあげられる。繰り返しによって親しみが生まれ、何度も聞いているうちに、嘘も真実のように思えてくる。
田中君044
2018年04月01日 06:47
2「グランファルーンを作りなさい」信者からなる内集団と、救済されていない人からなる外集団が必要である。信者からなる内集団を確立するのに必須の要素は、社会的アイデンティティ、すなわち、「われわれ」が誰であるのかというイメージを構築することである。カルトに加入することは、「他の」世界からの離脱、新しいアイデンティティの受容を意味する。多くのカルトは受容の証として「洗礼」その他の入会儀式を受けることを信者に求める。信者に新しい名前を与えることもある。たぶんカトリックの真似をしているのだろう。統一教会の信者は自分自身の服を持たず、信者の間で共有する。「何を着るか」という個人のペルソナ(仮面、及びラベル)を自分で選ぶのでなしに、集団のペルソナを身に着けることとなる。新しい名前、特徴ある服装や特別な食事などの外面的な装いはすべて、自分は選ばれたのだという確信を信者に与える。彼らにとってこの貴重な地位を保つために必要なのは、新しく見つけた生活の中で成長すること、そして従順であり続けることだけである。
田中君045
2018年04月01日 06:48
もう一つの側面は、外集団に対する憎しみを作り出すことである。憎まれる邪悪な外集団を作ることは、2つの面で好都合である。一つは信者たちに集団に属していることを快適に感じさせること(彼らのようでなくてよかった)二つ目は、集団から離れることを恐れる気持ちを強めること(彼らのようになりたくない)である。とのことであるが、ふつうは厳しい戒律などのルールを信者は課せられ、むしろ客観的には信者は不自由な暮らしを送っている。信者もそのことをわかっており、外集団に対する妬みから外集団を憎まれる邪悪なものと判断することになる。彼らのようでなくてよかったというのは私の個人的な経験ではそこそこ人生に満足しているのがカルトに入っていないとカルトにとって都合が悪いので攻撃して苦難を味あわせるといったものだ。一番不幸なのはたぶんカルトだが、彼らはうすうす分かっていてもそれを認めないだろうし、幸か不幸かは本人が決めることなので私がつべこべ言うことではないのかもしれない。
田中君046
2018年04月01日 06:51
3「不協和低減を用いてコミットメントを引き出しなさい」最初は簡単な要求だが、その要求はだんだん手ごわいものになってくる。ある教団では、信者は同性愛の感情を認めさせられ、常軌を逸した性行動を行わせられた、それから家を売却させられ、その利益を教会に寄進させられた。最初のコミットメントの後、それから手を引くのは決して気分がよいことではない。最初のコミットメントの感覚を正当化するために、さらに多くのことを進んでするようになる。その結果、際限なく高まる要求に対し、さらにコミットしていく。また、両親などの外部の人に対する残酷さは、もっと残酷なことをする必要を知れば正当化される。すべてを教団に捧げてしまうことのばかばかしさは、神聖な目的に対する献身なのだと合理化できる。これらをすべてやってしまった後、信者はジレンマに直面する。「私のしたことを教団の外部の人にどう説明したらいいだろうか」そこでさらに教団に入れ込むこととなる。4「教祖の信頼性と魅力を確立しなさい」ほとんどのカルトでは、教祖の経歴に関して、物語や伝説が信者から信者へ語り継がれている。要するに神格化だが、私も当然民主主義者として反発を感じる。しかしながら、私個人に対する非難にそろそろ参ってきた。私も人間だ、それより上でも下でもない。それでも何故かかつがれがちで、その為ネガティブキャンペーン(イメージを悪化させるための宣伝)をそれとなくはられる。結果一般市民に過ぎない私が過大なストレスにさらされることとなった。私も市民として公共に貢献しようという気もあるが、勝手に使われたり、そのせいで叩かれたり、全く理不尽だと思う。かといって私個人には世間に対して貢献しようにもどうしようもない。身近にある仕事をまじめにやるのみである。
田中君047
2018年04月01日 06:53
5「未救済者を転向させるために信者を送り出しなさい」カルトに転向しない人たちに対して、信仰の正しさを証明することは、新しい信者を獲得するうえで非常に役に立つ。それと同じくらい重要なのは、信者は人に転向を進めることを通じて、自己説得あるいは自発的な説得を常に行っていることである。反論などされても考え方を変えなければそれは強い信念になってくる。これもよくみられる。ものみの塔がしつこかった時期もあり私は論破してやったのだが、相手は頷いていた。反論して来いよと思ったものである。また創価学会にも通じるが法華経には信者を勧誘すると勧誘したものが救われるということが書いてあるらしい。そしてひたすら議論を吹っかけて勧誘してくる。よく言われたものだ。「死んだらどうなるん?」(個人的には速やかに肉体は火葬されて、精神は神に帰っていくのだと思う。)また創価学会の信者に会いに行ったら複数の信者に囲まれたという話もよく聞く。宗教の勧誘は多い。
田中君048
2018年04月01日 06:55
6「信者たちを『好ましくない』考え方から遠ざけなさい」ある教団では新しい信者を決して一人にさせず、自分で考える余裕を与えないようにするらしい。私は孤独な男でいろいろ考えるのでわかるが、世間の人を見ているとテレビの言っていることをおうむ返しに言って会話しているだけな様に見える。つまり自分で考えていない。前にも述べたが、人はエネルギーを節約しようとする傾向があり、そのせいでよく考えずに適当に人生を流している。私からするともったいないことだ。せっかく頭脳が与えられているのに使わないというのは宝の持ち腐れだ。続いて、聖書の内容が拡声器で絶え間なく放送され、訓練担当者が新しい信者につきっきりで聖書を読み続ける。トイレにまでついていく。新しい信者には、食べ物と水と睡眠を制限する。(この辺はシェイクスピアのじゃじゃ馬馴らしに似たような話が出てくる)カルト協議に対する反論を封殺するには他の方法もある。経を唱えることと歌うことにより、その教と歌以外を考えることが妨げられる。また、伝道活動、労働、他人のための掃除や料理のような活動を絶え間なく行うことで、注意深く考えたり、内省したりする機会をさらに制限する。ユダヤ教では土曜日は外出及び労働してはならないのだそうである。そうすることで注意深く考えたり、内省したりしているのだろう。ユダヤ人の優越性はジョークと並んでここにあるのかもしれない。カルトとしてはどのような「疑念」も邪悪であり、悪魔からのものであると教えるのが良いとのことである。前にも述べたが自己検閲をするように信者をもっていくのである。
田中君049~とりあえず終わり~
2018年04月01日 06:58
7「信者の視野を幻に集中させなさい」信者の目を幻にくぎ付けすることで、教団への奉仕を続けさせる強力な動機を与えることができる。信者たちは、もし一時でも休んだら、彼らや世界が求める理想が失われるのではないかという恐怖感から、働くのをやめようとしない。平均的な統一教会の信者は、週におよそ67時間働く。幻は、目的意識と使命感を信者に与えることによって、人間の行動の強力な推進力となる希望を築きあげるのである。以上がカルトの基本的なやり口であるが、他の宣伝家たちも使う手口である。「あれ、どこかで見かけたなー」「なんだこりゃー、共産じゃねーか」などと思っていただければ私としては会心の出来事である。これで本プロパガンダの要約をやめる。これまで本文書を読んでみて難しいとか分からないと思った方、あなたには民主制は向きません。誰か信頼できる人に保護してもらうことをお勧めします。本文書を読んでよくわかったという方は、よりこの世の中が生きていきやすくなったものと思われます。くどいですがプロパガンダ(誠信書房)をよかったら買ってみてね。といっておきます。
以上。
気分はエンブリオ001
2019年04月01日 10:43
あぁ。今日も保守的だがどこか革命的な一日が過ぎていく。-チェゲバラ・革命日記を読んで-
エンブリオ002
2019年04月01日 10:44
孫子と日露戦争に関して書く。孫子に限って書けばもっと突っ込んだことも言えよう物だが、あえて日露戦争を取り上げたい。ロシアに関しては個人的にはあまりいい印象を持っていない。何度か殺されかけたことがある。しかし別に恨みには思っていない。なぜ日露戦争かというにこのころの日本が一番輝いていたように思うからだ。日露戦争に関してはロシア人の気分を害するかもしれないが、似たようなことは第二次世界大戦で日本が勝ったと言い、理由は、戦争目的の植民地の解放はされたからだ。というのにもある。当時の植民地の宗主国の気分を害するかもしれない。誇りをもって主張すべきだという人もいるが、戦争の犠牲になった人も少なくなく、損害を被った国や人もいるので老子の言うように葬礼を以て臨むのがいいところだと思う。
エンブリオ003
2019年04月01日 10:45
大橋武夫氏の「戦略と謀略」というおそらく絶版になってもはや手に入らないであろう本が日露戦争を扱っているのでこれを中心に述べていきたい。世界の歴史には、一つの大きな筋が通っている。それは、北方民族の南進と、これを阻止する南方民族の闘争の記録である。ロシアの国は領土は広いが、そのほとんどは荒涼たる寒国である。ロシア民族の南進執念は、人間の必死の本能に基づくもので、時代や政体に変わりなく執拗で、ロマノフ王朝のロシア帝国と共産ソビエト連邦とでは主義も生活も違うが、南進政策だけは一貫して不変である。さて、日露戦争に至る大まかな歴史が書かれている(特に三国干渉後の臥薪嘗胆は重要だ)が、飛ばして先を急ぐ。
エンブリオ004
2019年04月01日 10:46
ロシアが極東に侵攻するに至った。当時のロシアは世界無比と自他ともに認めた強大な武力を行使するものだけに、日本の運命は風前の灯火であった。これに対して我々の父祖はいかなる対策を講じたのか?日本の打った国家戦略の主なる手は、次にように6つある。1.国際情勢を有利に導いた外交工作、特に日英同盟。(当時のイギリスは強大だった。)2.ロシアの内部崩壊を策した明石元二郎の謀略工作。(革命工作を行った。第一次世界大戦でドイツがロシア対策にレーニンを送り込んで革命工作をしたが、レーニンが使ったのが明石の残した工作網だったらしい。)3.開戦時に手を打った金子堅太郎の終戦工作。(なかったら歴史が大きく変わっていただろう。)4.わが戦費を到達し、敵の資金源を絶った高橋是清の資金工作。(敵の資金を絶ったというより、日本に金を出したんでロシアに回す金がなくなったんだろうと思う)5.連戦連勝の軍事行動(歩兵銃や火薬などの兵器の性能が良かったという説もあるが、なんといっても肉弾突撃を辞さない精神力が大きいだろう)6.満州作戦の舞台裏で活躍した特別任務班(軍事探偵団)以上だがすべて成功している。
エンブリオ005
2019年04月01日 10:47
日露戦争では乃木大将とか有名な人もいるが、舞台裏で働いていた人達がいた。彼らの多くは遠く祖国を離れ、人に知られないところで、死力を尽くして活動していた。そのほとんどが単独、または数人の行動であり、怠けていても叱られず、働いても人目につかず、まかり間違えば闇から闇へ葬られるという、どう考えても採算に乗らない仕事を一生懸命にやり遂げ、その職責を果たした。まさに精神力だ。こういった成果を総合的にまとめ上げるのは偉大な中心人物が必要だという事である。まさに全方位攻撃で、ロシアは対外的に孤立し、国内でも革命運動のあおりを受けることとなった。日本対ロシアというより、世界の代理人対ロシアという構図だろう。当時の日本は良かった。
エンブリオ006
2019年04月01日 10:48
1.国際情勢を有利に導いた外交工作、特に日英同盟から述べる。孫子に、この故に諸侯の謀を知らざる者は、予め交わること能わず。とある。というわけで当時の情勢判断を述べる。フランスの国家戦略の重点はドイツに勝つことだった、ドイツに勝つためにはロシアと組んで挟撃するというのがよかった。ロシアが日英に負けるのはもちろん、勝つのもよくなかった。負ければドイツを背後から脅威するものがなくなり、勝って満州にロシアが乗り出しても、対独圧力が弱まり、露仏同盟の効果がなくなる。フランスはまた、イギリスと争ってインドに進出し、仏領インドシナ(ベトナム、ラオス、カンボジア)を獲得し、台湾に海兵を上陸させ、広州湾を租借して、逐次、極東に地歩を進めていたので、ロシアが南下するとロシアと衝突する恐れがあった。フランスは、日露戦争の渦中に放り込まれることを過度に恐れた。したがって、1902年に日英同盟が出来て「日露戦争に第三国の介入を許さぬ」と宣言した時、さらに、1904年に英仏協商が成立した時は、ロシアのために参戦するのを拒否する口実ができたので喜んだ。
エンブリオ007
2019年04月01日 10:50
ドイツは、バルカン半島を経てトルコ方面に進出する国家戦略、3B政策を進めており、ロシアが気になっていた。ドイツは露仏二国、特にロシアの目を、できるだけ欧州以外に向けさせようとしていた。ドイツは、ロシアの満州進出をけしかけ、三国干渉により日ロの対立を激化させ、日英同盟を促して、ロシアの関心を一層極東にひきつけ、その戦意を刺激するとともに、日本の軍費調達に協力するなど非常に複雑なキャラクターを演じていた。私なりに解釈すると、ロシアの目をよそに向けさせてその行先に地雷(日本)を仕込んでダメージを受けさせようとしていたのだと思う。列強中、純粋に日ロ衝突を喜んだのはドイツだけだった。ロシアが勝っても負けてもロシアに損害が出ればよかったのだった。日本の対ロ国際地位を決定的によいものにした日英同盟を最初に提案し、その成立に陰ながら奔走したのは、イギリスに駐在していたドイツの代理公使ヘルマン・フォン・エッカルトシュタインだった。
エンブリオ008
2019年04月01日 10:51
高橋是清が外債を募集していて、イギリス・アメリカの二国で行われていたが、第四回の募集となると、この両国だけでは無理となった。そこで、従来ロシアの親交国として遠慮していたドイツで行ったら、これを聞いたウィルヘルム2世が即座に許可したので、関係者には疑惑が走った。ドイツはメッケル参謀を日本に派遣した日本陸軍の軍制の整備(専守防衛用の鎮台編成を侵攻作戦用の師団編成に改めるなど)と参謀教育に非常に貢献した。日本戦勝の影の主役と言われるメッケルは、ドイツの名参謀長モルトケの秘蔵弟子で、帰国後は累進して参謀次長になっている。モルトケは、メッケルにより日本を強くして、背後からロシアをけん制するために一手を打っておいたのである。露仏に挟まれている自国を鑑みた発想だろう。アメリカは日本を応援した。しかし、アメリカの希望したところは、日ロ両国が満州地方において、バランスを保って対峙していることであり、日本が完勝して、満州の市場を独占したら困ることになっていた。この点はイギリスも同様だった。フランスもロシアが完敗すると都合が悪かった。彼らは戦争を日ロ両国だけに限定し、適時、仲裁することを、自国の利益のためにも、真剣に考えていた。
エンブリオ009
2019年04月01日 10:53
しかし、以上のような考慮は別にして、アメリカ国民の日本ブームはすごかった。もともとアメリカの上流階級の人々は成り上がり者で、その家の格式をつけるために、ロシア貴族と婚姻関係を結ぶのに熱心で、その社交界はロシアムード一色だった。それに有力な実業家はロシア人と密接な商取引関係にあり、実利方面からもロシアの味方だった。こんな中に日本ブームが起こった。個人として日本軍に従軍したいという人が数えきれないほどあり、軍艦を一隻寄付したいという申し込みがあった。日本の国家予算の半分の値段の軍艦だった。海洋づたいに近東から中東へと東進をつづけたイギリスの勢力は1860~80年ごろ、アフガニスタン北域においてロシアの南進と衝突した。インド・パキスタン・アフガニスタンはイギリスの宝庫で、ロシアの進出を断固阻止する構えだった。窮余の策としてロシアの目を東方に向けさせることも考えた。この辺がドイツの考えと一致し、ドイツの代理公使ヘルマン氏のアイディア(日英同盟)の源泉だったのではないかと思われる。しかし、英ロ両国は極東においても衝突することとなった。
エンブリオ010
2019年04月01日 10:55
イギリスは揚子江以南において利権を獲得していたが1898年に威海衛を租借するにあたって、旅順大連に南下してきたロシアの勢力と相まみえることとなった。イギリスは孤立しがちで、ボーア戦争で体力も消耗しており、独力でロシアに対抗できずパートナーを探し求めていた。イギリス人の目に映ったのは北清事変で共同作戦をした日本軍の実力だった。イギリスは極東で頼るべきは日本のみと結論し、従来は反日的だったが、日本に接近しようとしだした。さて日本としては取りうる手は二つしかない。ロシアと妥協するか、戦うかである。妥協派は伊藤博文・井上馨らであり日本が朝鮮において優越権を確保する代償として、ロシアの満州経営を認めるという事を「希望する」親ロ路線だ。山県有朋・桂太郎・小村寿太郎らは親英派で、日英同盟によってロシアと戦うべきだという意見だった。しかし、ロシアのとどまるところを知らない侵略を見て、日英同盟側に世論は傾いていった。そして日英同盟に至った。桂・小村の卓越した外交眼が今まで述べてきたようなことをとらえて、必ずしも親日的ではなかったイギリスの要求と弱点を突いて同盟締結に至ったのだった。ドイツ人のテコ入れもあったのではないかと思われる。
エンブリオ011
2019年04月01日 10:57
2.ロシアの内部崩壊を策した明石元二郎の謀略工作に移る。日露戦争が終わり、日露講和条約がめでたく調印されたとき、「長蛇を逸す」と悔しがった男がいる。明石元二郎だ。要するに戦争を続けていればロシアは革命で崩壊していたという事なのかもしれない。一般に言って追い詰めた相手を助けてしまうのは喧嘩上手ではない。相手を追い詰めるとその相手にとどめを刺すか、相手の闘争心を折るかするのは喧嘩しているものの義務である。少し前からやたらと追いつめておいて助けるという事をやっている奴がいたようだが、喧嘩しているというより、相手の成長を促しているという事だろう。恨みは残っているのだが。明石工作には次のような成功の条件がそろっていた。1.日本はロシア政府を倒したかったし、ロシア革命諸党もその政府を倒したかった。すなわち共通の利益を持っていた。
エンブリオ012
2019年04月01日 10:58
2.ロシアの革命勢力は有力で、革命機運は醸成されつつあったが、革命実行のためには武力が足りなかった(要するに革命は銃口から生まれるというわけであるが、平和路線にも理解を感じる。ラブアンドピースという団体があるが、小野洋子はともかくジョンレノンの考えが実力行使的だった。知っての通りジョンレノンは暗殺された。力で屈服させようとして力で屈服したのである。しかし政府の回し者であったガポン僧正の例もある。彼は武器を持たずしてロシア政府にデモを行い、その不平分子である自分の信者をロシア兵に虐殺させている。どういう意図だったのかはわからないが結果を言えばこういう事になるという事だ)。日本にはロシア軍を反撃する武力はあったが、攻め破って、首都を占領するだけの力はなかった。すなわち、お互いに助力を必要とした。3.日本軍が満州でロシア軍を攻撃することは、ヨーロッパロシアの軍隊を引き付けて、ロシア政府の革命運動弾圧圧力を弱めることになったし、ロシア革命諸党の騒乱行動は、在満州のロシアをけん制して、日本軍の作戦を容易にすることができた。すなわちお互いに役に立った。
エンブリオ013
2019年04月01日 10:59
明石は、長いことかかって、徹底的にロシアを研究した。明石の対ロ諜報工作は、彼のロシアの体質研究に源を発している。彼を知り己を知れば百戦して危うからずという奴だろう。ロシア研究の大まかな結論は1.ロシアの支配層は統治力に乏しく、人民から浮き上がっている。2.ロシアの領土は荒涼とした広漠地である。3.人民は革命工作に弱い。4.政治体制は複雑、脆弱である。すなわちロシアには、歴代政府の暴政と長年にわたる人民の困窮などのため、革命機運が醸成されていたが、政府が強力な軍隊で弾圧しており、革命諸党に団結がなく、各種革命党が各地でバラバラな行動をとっていて、革命党には資金と武器がなかった。これらはすべて日本の介入で解決されることなので、明石は自分の企図する謀略は必ず成功するという見通しを持った。(蛇足だが政策至上主義というのがあるらしい。しかし、どんなに立派な政策でも実行する人を得なければ絵に描いた餅である。この謀略には明石その人がいた。当たり前だが大事な話だ。なんでこんな分かり易くて致命的な要素が省かれるのか理解に苦しむ)
エンブリオ014
2019年04月01日 11:01
早い段階でフィンランド反抗過激派の首領であるシリヤクス及び弁護士を職業とし、不平党の元老であるカストレンと知り合えたのが大きかった。人間関係というものはネットワーク状になっているらしく、その中心人物や有力な人を押さえればそれから下も一気に手に入る。明石は幸運であった。工作資金に苦労したのだが参謀本部を説得して当時の金で百万円の資金を得て、その金を不平党の活動資金に使った。1904年の不平党の連合運動・1905年のテロ騒動、不平党の武器装備、戦艦ポチョムキンの反乱などが起こった。彼らは、日露戦争によりロシアが負けても、ロシアの現支配者が滅びるだけで、ロシア人民は決して痛手は受けることがないと考えていた。あまり搾取が激しいとこういう考え方が妥当になる。マキャベリや武田信玄は城を築くよりも住民や兵士の支持を得るほうが大事だと言っていたが、全くその通りだと思う。かといって今の日本の市民は少しおかしくないだろうか。もともとおかしい訳はないのでおかしくされているんだろうが、やたらと人を飼い殺そうとする親や女、自分を慰めるために他人を不幸にし、それを見て満足する人。自分の重要度の欲求を満たすために変な行動をする人。こういうことを考えているとうんざりしてしまい、心が折れそうになる。
エンブリオ015
2019年04月01日 11:03
というより過度のストレスにさらされ、何度かへし折れて、エロ画像を堪能する日々を送っている。暴行するとか妊娠させるのではないから女性に優しいし、何より金がかからないので貧乏な私にぴったりだ。生まれてこのかた自分は特別な人間だと思っていたが、ただの男だったという事だ。話はそれた、日露戦争に戻る。パリ連合会議というものがあった。ポーランドのブンド党(ユダヤ社会党)とロシア民権社会党だけは参加しなかった。参加したのはロシア自由党、ロシア革命社会党、フィンランド憲法党、ポーランド国民党、ポーランド社会党、アルメニア党、ゲオルギー党などである。会議は成功し、直ちに示威運動をすることに決定し、各地方ごとに一団となって、それぞれ得意な事をすることとなった。騒乱は各地で起こった。ポーランド社会党のゼネラルストライキ。フランスにおける反露デモ。ロシア本国内での不平党の運動(ロシア公債を暴落させる効果があった)。コーカサスのテロ。ネバ祭の皇帝狙撃事件。ガポン僧正の騒乱。続いてジュネーブ会議が開かれた。そして、ロシアの現政府を倒し、各属地(フィンランド・ポーランド・コーカサスなど)は独立して純ロシアと連邦を組織するか、完全なる自治体になる。という事が議決された。この決議はレボルチャラシャ新聞により、公然と天下に宣言された。
エンブリオ016
2019年04月01日 11:05
今の世の中、監視社会で店に入ろうが、道路を歩こうが、家に帰ってこようがどこに行っても監視カメラがある。ひとりで腹を立てても捕まるだけだが、フランスのデモのように何千人が一斉に行動すれば、監視カメラを無意味化できるだろう。この際、監視ネットワークの重心をたたくことが必要でこれを行うには散発的な暴動ではなく、組織化された目的に従って行動する集団というのが必要で、偉大なる中心人物なり中心集団なりがいる。私は、人権にはプライバシーの権利があると信じるのでこのように書く。 騒乱は激化する。軍隊への動員が阻害された。妨害行動を阻止する軍隊が逆に暴徒に包囲される始末だった。ポーランドで軍隊が釘付けされた。不平党の騒乱工作のため、多くの軍隊が釘付けされ、満州派遣などは思いもよらなくなった。フィンランドで地方官史が暗殺された。ロシアの皇族が暗殺された。戦艦ポチョムキンの反乱。皇帝も頼みとする軍人までが・・・。とひどく落胆した。
エンブリオ017
2019年04月01日 11:06
三軍は気を奪い将軍は心を奪うべし。だったか?孫子に載っている。勝ったほうの軍隊と負けたほうの軍隊の違いは何だろうか。兵力差があり、殲滅されてしまったという場合は別だが、たいして損害を受けていないか相手に変わらない損害しか出ていないのに負ける場合がある。なにが違うかというに戦意が違う。補給線を絶たれて兵糧攻めを受けそうだとか受けるとかなると恐怖が先に立って戦意が下がる。また包囲されるとこれまた恐怖が襲い戦意が下がる。囲師は欠く。と孫子に載っており、包囲する際は相手の逃げ道を開けておくと制圧しやすい。作戦要務令に敵軍を包囲する図が載っているのだが中途半端な包囲だと初めは思った。しかし、孫子の考えをくんでいるのだと後で分かった。明石の意見として、「ある国の全国的な組織(鉄道、通信、金融、個人的な感想として消防を挙げたい。などなんでもよく)を押さえ、これに資金と武器を与えたらどういう事になるであろう。その国を武力占領したも同然ではあるまいか。」というのがある。事実を見ているだけに重い発言だ。現代においてもこのようになった国は敗戦国であり、原子爆弾や、上陸作戦を待つまでもないのだそうで、比較的環境にやさしい戦略かも知れない。武器の補給をした。
エンブリオ018
2019年04月01日 11:07
武器については各党好みがあり、労働者を主とするのは小銃を好まないが、農民を主とする各党は小銃大歓迎だった。なぜかスイスで数万挺の小銃が売られていてそれを買い付けた。買い付けた武器の輸送は難事業だった。当然のごとくロシア政府の妨害があった。しかし、シリヤクス・在英日本商会・その取引先であるイギリス商社の協力を得て強引にやってのけた。スイスのハールからオランダのロッテルダムにあるコルネド商会(高田商会の代理店)まで荷物を送りつけることに成功した。ここから海上輸送だが船を買い付けた。ロンドンの酒商名義にし、アメリカの無政府党員が借りて使う形をとった。紆余曲折を経て武器が不平党にいきわたった。騒乱は全面的に激化した。コーカサス方面で国立銀行を襲撃して当時の金で3万円を奪った。また、ポーランドでは社会党が、バルチック沿岸ではレットン党が、国立銀行を襲って3万円前後を手に入れている。なんか戦後の昭和時代の銀行強盗で3億円強奪事件というのがあったが、どこか似ているような気がする。
エンブリオ019
2019年04月01日 11:09
極東では日本の圧迫を受け、首都近くの治安は乱れて手の施しようがなかった。日露平和交渉はこのような背景をもとに、アメリカ大統領ルーズベルトの斡旋で始まり、アメリカのポーツマスにおいて折衝を開始し、9月5日に全権の調印、11月25日、批准の交換を終わった。このころ日本は苦しかったがロシアはさらに苦しかった。でなければ猿の一種のマカクだと日本人を見て判断していたロシアが折れるわけがない。環境の圧力(大和魂)が彼らのプライドに勝ったのだろう。明石は突然帰国命令を受けた。彼は帰りたくなかったし、仲間も帰したくなかったのだが、上司の強い要請で、断腸の思いをもって、欧州を去った。彼としては、今一息で敵国政府を転覆するところまで漕ぎつけたところで、ストップをかけられたのだから残念だったに違いない。
エンブリオ020
2019年04月01日 11:10
結論として、現代の日本をめぐる世界情勢は、日露戦争当時と本質的に変わりはないが、全く違った点もある。それは、日本が諸外国より注目され、羨望される地位にいることである。したがってこれまで述べてきた明石の謀略工作のようなものが、各国のそれが我が国に集中指向されており、工作網は日本全国にわたり、各国のものが幾重にも張り巡らされているに違いない。特に韓国がらみだろう。現在ニュースとして伝えられる各種不可解な事件も、この工作網の局部的発火現象とみれば納得できることも多く、明石工作の時のそれと、驚くほど似たものがある。現代のわれわれに必要なのは、謀略することではなくて、謀略に踊らされないことである。国家社会のため、民衆のためを念じ、泥まみれになって奮闘している者も、時には冷静になって足元を見つめ、自分はいかなる基盤の上に立ち、自分の活動は結局誰を喜ばせることになっているかを追求してみる必要があると思う。とのことで、全く至言である。生兵法は大怪我の基という言葉があるが、私を空振りして打撃を食らっている某国の塩梅を見ていれば本当によくわかる。自分はいかなる基盤に立ちというのも重要だ。基盤にそっている間は勢力があるが、反したことをやると一気に弱くなる。弱いのが本来の自分のポジションで、勢力があるのは何かボーナスがついているのだというのは多くの人に当てはまるのではないかと思われる。明石大佐の冥福を祈る。
エンブリオ021
2019年04月01日 11:12
日露開戦に至る経緯が書かれているが、重要と思われる部分を書く。もし、ある国が朝鮮半島に進出すると、我が国は、わき腹に短刀を突き付けられた形となり、独立を保つことができなくなる。明治維新以来、朝鮮と折衝を重ね、ついには日清戦争まで敢えてしたのはこのためである。…日清戦争は、朝鮮半島から清国を追い出して、より危険なロシアを招来したという皮肉な結果になってしまった。当然今の朝鮮半島にも当てはまる。ロシアから見て樺太があるじゃないかと言われるかもしれないがあっちのほうは間宮海峡が凍るのである。ともあれ開戦を決意した。3.開戦時に手を打った金子堅太郎の終戦工作。に移る。
エンブリオ022
2019年04月01日 11:13
およそ、戦いを始めるには、その前に終戦の見通しをつけておかねばならない。開戦を決意した日本の国力は貧弱で、ロシアに勝てる見通しはなかった。それどころか一年間戦い続けれるかも怪しかった。日本としては何とか1年間頑張っている間に、有利な第三者調停の出るのを期待し、開戦を決意すると同時に、早くも終戦工作を開始した。この重任を負ったのが金子堅太郎だった。1904年2月4日御前会議によっていよいよ開戦に決まった。その晩、伊藤博文がぜひアメリカに行ってもらいたい。と言ってきた。戦争となって、勝つ見込みはなくとも、日本軍が1年か2年、頑張っていれば、外国が仲裁してくれると思う。この仲裁役を買ってくれるのはアメリカしかいない。フランスはロシアの同盟国である。ドイツはロシアを扇動している形跡がある。イギリスは同盟国だから口出しできぬ。真に中立で実力のある国はアメリカだけである。成功不成功は問うところではない。ただ、アメリカに行ってくれさえすればよい。とまで言われたので金子は受けた。
エンブリオ023
2019年04月01日 11:14
ともかくシカゴに行った。しかし、シカゴの富豪はみなロシア人と姻戚関係にあり、手が付けられない。そこでニューヨークへ行った。やたらとユダヤ人と因縁のあるところを回るが気のせいだろうか?ポオルドーフという大きなホテルで大夜会が開かれ、ロシア大使のカシニーが、わざわざ代理者を出して、日本の開戦は国際公法違反であるから(事実は違反でなかった)、皆さんと協力して、この日本を懲らしめよう。とぶち上げ、これが、翌日の新聞にデカデカと載った。さらにロシア大使カシニーはアメリカの新聞を買収して、連日、日本攻撃を続け、今度の戦いはキリスト教国と非キリスト教国の戦争である。欧米のキリスト教国は一致して日本をたたけ。とか、日本の低級文明が欧米の高級文明を傷つけようとしている。日本を撲滅しなければ世界の文明は進まない。と、宗教・文化の両論で攻め立て、さらに、我々神聖なる白色人種に反抗する黄色人種を滅ぼせ!という人種論まで持ち出す始末だった。この大多数のアメリカ人のロシアびいきの人気を、どうしたら、ひっくり返すことができるかと苦慮し金子は暮夜ひそかに泣いていた。ともかく大統領にあってみなければならないと、ワシントンに向かった。
エンブリオ024
2019年04月01日 11:15
ホワイトハウスの玄関に行くと、ルーズベルトが走り出てきて、「待ちかねていた!なぜ、もっと早く来なかったのか!」と言って、奥に引っ張っていき、「アメリカ大統領は厳正中立だが、ルーズベルト個人は日本びいきだ。それに、今度の戦争は日本が勝つと信じている」と断言した。思うにアメリカのスパイ網はこの頃すでに形を成しており、その情報を吸い上げて言っていたものと思われる。金子が泊まったホテルにも盗聴盗撮器かもしくはスパイがいて、暮夜、泣いていた金子の状態を報告していたものと思われる。それで、「なぜ、もっと早く来なかったのか!」という事になったのだろう・・と勝手に考える。ロシア側は、恐喝手段にでれば、日本は一縮みで言う事をきくと思っている。日本が外交交渉で戦争を避けようとしたのは、無理であった。ところがいざ開戦となり、国交を断絶するといきなり、「仁川港外でワリヤーク、コレーツの2軍艦が日本海軍に沈められた」という急電が入って、ロシア皇帝も大官も恐怖に陥った。戦わずして恐喝圧伏しようとしたのが、本当の戦争になってしまい、緒戦で痛撃を受けたのだから、その驚きと慌て方は、一通りでなかった。
エンブリオ025
2019年04月01日 11:16
孫子に上兵は謀をうち、その次は交をうつとある。謀をうつに関しては大体、解釈は一致しているが、交をうつに関しては私の知る限り2通りの解釈がある。一つはよく知られ、さらに成果を上げている敵のつながりを絶つという解釈だ。大きくは国交から、個人的な人間関係まで広く応用が可能である。しかしここで挙げたいのはもう一つの解釈である。交とは交わるところであり、敵と接触する一番初めのことである。敵が斥候で様子見しようと繰り出して来たら、それを完膚なきまでに叩き潰す。これで相手の士気を大いに削げる。聞いた話で戦争とは関係がないが、生徒指導のベテランの人は入学式で一番悪そうなやつを判別し、早速その生徒にあいさつするのだそうである。すると生徒のほうは参ってしまうらしい。初めが肝心という事だろう。いろいろ書かれているが、結局のところ、欧州諸国の金権を握っているユダヤ人の支持を得ようとしたのだろう、ワシントンをわざと避け、ニューヨークに拠点を構えて、金子は活動しだした。
エンブリオ026
2019年04月01日 11:17
ニューヨークはかつてオランダの首都のアムステルダムを模してニューアムステルダムと呼ばれ、今でもオランダの民族衣装を着た観光大使が観光をアピールしている・・らしい。若干情報が古いので今どうなっているのかは分からない。金子は母校のハーバード大学で講演をした。ロシアとは比較にならないぐらい劣勢で、とても勝てる見込みはない・・。日本は滅んでもかまわない。「日本は正義のために武器をとったが、いかにせん、凶暴なロシアのために滅ぼされた」ということを、世界の歴史の一ページに残せば満足である。日本とロシアのいずれが是か非か?諸君の公平な判断に任す・・。とぶち上げた。ハーバード・クラブでは、早速この話を小冊子にして3千部ほど印刷して、各地の支部・公共団体・政治家などに配布した。世界大博覧会のスミスという主催者が、この小冊子を自費で2千部刷って、博覧会関係者に配ってくれたりした。このような連鎖反応が各地に起こって、日本は大いにアメリカの信用と同情を得るに至った。
エンブリオ027
2019年04月01日 11:18
古き良き時代だと思う。単純に正義を理解し信じることができたのだから。今の世の中正義の観念が捻じ曲げられている。これでは正しいと思っていることをやっては誤りであるし、悪いとされていることをやっても時にはうまくいくかもしれないがやはり誤りである。ではどうするかというに実際に正しいことをやるというのが解決策だ。しかし、なぜこの実際に正しいことが隠されているかというに、それをやられると困る人なり団体などがいるからで、行うにあたって彼らとの摩擦を覚悟しなければならない。それを行うにあたって本文章をご参考にいただければ幸いである。もちろん無難に一市民としてそれなりに苦悩しながら平々凡々と過ごすのも読者の自由である。もちろん自己責任で。
エンブリオ028
2019年04月01日 11:19
日本軍がこのころ陸海軍で連戦連勝していた。小国の日本が世界最大の陸軍国ロシアに手向かって勝ち目などあるものかと言われていたのにこの成果を上げたので、日本人に対するアメリカ人の認識が一変した。「戦争は勝たねばならない!」軍の勝利なくしては、戦時外交は成功しない。いくら正義人道を説いても、戦争に負けては何の役にも立たない。出所は悪いが、ヒトラーが言うには人々には強さに対するあこがれのようなものがあるとの事である。悪党だが善良な心も持っておりそれを強調して前面に出していた日本マクドナルドの創業者の藤田田(フジタデン)という人に若かりし頃の私はしびれた。なににしびれたか?彼の強烈な性格と頭の良さ、そして強さにしびれたのである。彼が勉強しろというので、私も納得して勉強し始めた。この文章を書いているのも彼の影響力の一端だ。どんなにいいことを言っても弱ければだれも相手にしない。むしろ気違い扱いされるのが関の山だ。逆に強ければマヌケなことを言っても誰もが納得する。もっともいつまでそんなマヌケな奴の強さが続くかわからないが。
エンブリオ029
2019年04月01日 11:20
旅順が陥落した。アメリカの主だった人々と次のような決議をした。日本は旅順を永久に占領せよ。日本は、満州の特殊権益を永久に所有する権利を持つ。日本は、将来、満州において自国の利益のために政策を立てよ。これについて、外国政府に遠慮はいらない。旅順は陥落し、これでロシアは講和を提案するだろうと、アメリカ人一般は考えていたが、ロシア人はハルビンはまだ持っており、日本の財力は底をついている。講話など思いもよらないと頑張った。5月27日にバルチック艦隊がやってきた。この艦隊は壊滅した。そこでもうよかろうと、ルーズベルト大統領が立ち上がって、両国の講和を提議し、ポーツマス条約締結の運びとなった。4.わが戦費を到達し、敵の資金源を絶った高橋是清の資金工作。に移る。
エンブリオ030
2019年04月01日 11:21
戦争には莫大な金がいる。日本は日露開戦に踏み切ったものの、肝腎の資金が足りない。日本には三国干渉後の臥薪嘗胆、富国強兵にかかわらず5千万円しかなかったが、高橋是清は最終的に14億円にものぼる募債をやってのけた。ちなみにこの借金で日本は後に潰れかかっていたが、たまたま第一次世界大戦が勃発して戦争特需で持ち直した。世の中何が起こるかわからない。当時の世界の金は英仏両国に集まっており、ロシアの南進政策、(ユーロダラーが利益を極東に求めロシアが実行する。)の資金源をここに求めていた。高橋工作は、ここからロシアに流れていた資金のパイプを、日本に向けて切り替えた。ヨーロッパの金融業界に大きな期待をかけてロンドンに到着した高橋は、この地で直ちに募債工作にとりかかったが、日本公債に対する人気は極めて悪かった。日本の国力は貧弱で、世界最強のロシアと大勝負に出ているのだから、金を貸す者のないのは当然だった。が、高橋の人柄と熱意はいつの間にか多くの同情者を獲得していた。日本は信頼できるとの事で、金融市場の人気に微妙な変化が起こった。彼はこのチャンスを逃さず、まず銀行家の線で募債工作を強行するに決し、粘り強く折衝を続けた結果、ロンドン到着後わずか一か月で、500万ポンド(5千万円)の公債募集(外資借入)に成功した。
エンブリオ031
2019年04月01日 11:22
さらにクーン・レーブ商会の代表者のシフというアメリカ人と知り合った。彼はユダヤ人で、ロシアにいる同胞は、非常な虐待を受けてきており、同族のユダヤ人を救うため、ロシア政府から資金の相談があるたびに、出来るだけ援助をしてきたが、ロシア政府は、金を借りる時だけは、願いを聞くようなことを言うが、借りてしまうと、一向に約束を実行しない。いくら資金を出しても、ユダヤ人の待遇は少しも改善されない。このためパリのロスチャイルド家も非常に憤慨して、すでに十数年前よりロシア政府との関係を絶っている。ロシアが負ければ政治が改まって、ユダヤ人は今の虐政から救われるだろう。ぜひ日本に勝ってもらいたい。日本兵は強いから、軍費さえ続けば必ず勝つ、という事でさらに500万ポンド資金を融通してくれた。
エンブリオ032
2019年04月01日 11:23
うらやましいまでのユダヤ人の団結力だ。少し強引に孫子的に解釈すると、ユダヤ人は当時は本国がなく、異民族に囲まれた暮らしをしていた。孫子の敵国深く進攻することで団結が強まるという、「重地」の状態にあったものと思われる。蛇足だがついでに述べると、孫子は敵を組み込んで味方の数を増やせと言っているが、どうやって敵味方だった人々を団結させるかというと、孫子の言う呉越同舟(呉と越の人は仲が悪いが、同じ船に乗って危機に遭遇すれば助け合う)を行うことによってであり、それを行う一つのやり方が敵国深く進攻する重地である。元敵兵だったものには自国で戦う散地にあたることになるので、別のところで述べているがごとく、卒を見ること嬰児の如し、ゆえにこれと深豁に赴くべし。という事になる。兵卒は赤子のようなものであるから何も知らせず深い谷に一緒に行くという意味だ。兵卒は訳が分からないまま連れていかれ、急に危機に陥り、団結して乗り切るという風に孫子には書かれている。日本公債が一般に売り出されることとなった。
エンブリオ033
2019年04月01日 11:24
日本軍が緒戦の大勝をしたという電報が、大きく新聞に出たので、日本公債は爆発的な人気を呼んだ。当時日本では、開戦以来、予想外に多額の正貨(金銀貨)が国外に流出し、日本銀行ではもはや紙幣を持ってこられても、これを正貨に交換する余力がなくなりかけていたので、公債発行の日を待ちかねていたが、公債発行日の光景が世界中に電報されると、ピタリ!と正貨流出が止まり、松尾日銀総裁も一息ついた。一億円の公債募集に成功して、与えられた任務を完了した高橋は、帰国しようとしたら「さらに第二回目の軍事公債2億円を募集せよ」という政府命令が届いた。政府からは、第一回公債の担保とした関税収入のほか、新たにタバコ専売益金と国鉄収益を提供してよい。といってきたが、高橋はこれを押さえて、第一回の担保を二番抵当にして、前回と同じ条件(6分利付7年期限)で、ロンドンとニューヨークにおいて、2億円の公債に成功した。
エンブリオ034
2019年04月01日 11:25
孫子には次の言葉がある。故に戦道必ず勝たば、主は戦うなかれというも必ず戦いて可なり。・・・故に進んで名を求めず、退いて罪を避けず、唯民を是れ保ちて而して利の主に合うは、国の宝なり。上はいろいろ命令を出すが、現場のことを知っているのは現場の人間である。戦道「必ず」勝たば・・必勝に近い確信があるのなら、この時のような高橋の判断も可であります。ただ軍事となると最近はシビリアンコントロール(文民統制)がうるさく、また核戦争に至るであろう全面戦争を避ける意味でも目的を制限した制限戦争が望ましい状態にあり、現場の独断はかえって危険なのかもしれない。しかし、軍事以外には今でも十分通用する教訓だと言える。この辺で戦争をやめないと終戦後の借金の返済が大変だ。と日本の首脳は思いつつ第三回の公債募集を行った。ニューヨークで高橋はシフと会談し3億円の公債を発行した場合は、その半額をシフが引き受けるという内諾を得て、ロンドンに行った。3億円の募債は翌20日に成立の見通しがついた。条件は、利息年4分半・発行価格は額面の90%・期限20年・担保はタバコ専売英金。募集地は米国および欧州諸国で、前2回と比べると格段に有利だった。申込人は約5万人、金額は5億ドル(10億円)の多きに達し、そのうちの4万3千人が2千ドル(4千円)以下の小口の申し込み者だった。さらに和平促進のため、第4回公債募集を行った。
エンブリオ035
2019年04月01日 11:26
シフに相談するとどういう訳だ!と腹を立てた。が、高橋はこのように説明した。講和するために金がいるのだ。ロシア政府内で、いまだに強い勢力を持っている主戦派の論拠は「日本は軍事費で行き詰まる。ロシアは償金を払うよりも、その金をもって戦争を継続すべきである」という点である。したがって、日本はこの際ことさらに公債を募集して、軍費に余裕のあるところを、事実によって示す必要がある。この公債公募は講和談話の始まる前にしておかないと、終戦促進の効果がない。この説明でシフが納得し、ドイツにいるシフの一族の銀行家のワーバーグに、ドイツにおいて一億円引き受けてくれ。と電報を打ってくれた。ドイツ皇帝にお伺いをたてたところ、「やってやれ!」と言いこの一言でドイツの1億円引き受けが決定し、ドイツの主力13銀行が共同して、日本公債を引き受けることとなった。ロンドン、ドイツ、アメリカなどで公募した。公債の条件は前回と同様だった。
エンブリオ036
2019年04月01日 11:27
孫子とは関係がないが営業マンにはおなじみのフットインザドアテクニックが効いていたものと思われる。初めにささやかな要求を承諾させて、立場を固定させたらだんだん要求を吊り上げていく。吊り上がった要求を呑む人の割合いが、初めにささやかな要求をした場合のほうがそうでない場合より大きいのだそうである。日本の場合は、日本国が持っている金の2倍の金額の要求から始まっており、ささやかな要求ではないが相手の立場を固定化させるには十分な要求だった。なんでもそうだが規模がでかくなるとわかりにくくなる。営業マンが使うこのテクニック、分かり易すぎてもはや効力を私に対しては持たないが、トランプ大統領のように、国家レベルで次々と譲歩を要求してくるのは深刻な状況だと思う。結局のところタックスヘイブンとか、アメリカの税金が安すぎる問題などの解決もしくは改善。および政府の合理化などが進まないと、ほぼ永久的にアメリカに譲歩させられるような見通しが立つ。日本は金持ちだという。しかし、アメリカばかりか、ロシアも経済面でゆすってきている。日本は金を持っているが、その金は日本のものではない。
エンブリオ037
2019年04月01日 11:28
最後の日露講和を成立させた第5回公債募集に移る。日本びいきの英米両国は、もちろん日本に勝たせたかったが、それかといって、ロシアがあまり大敗するのは、政治的・経済的理由から、絶対に防止したいのであった。旅順要塞が陥落すると、「戦争は日本の勝ち」と断定し、「日本は当然、償金を要求するもの」として対策を練っていた。ロシアの破綻を一番恐れていたのはフランスである。当時のフランスは世界一の金持ちで、ロシアに70億円余りの金を貸していたし、ドイツを挟むためにも、ロシアを強力にしておきたかった。フランスはユダヤ人の国だとこの本の著者の大橋武夫が別の本で言っている。パリのロスチャイルド家が十数年前よりロシア政府と関係を絶っている。と上のほうにも書いたが、この手の債権があったという事だろうか。フランスの財務大臣が、もし日本が償金をとらないなら、調停者となり、ロシアを促して講和させたいと思う。なお日本は多額の戦費を使っており、償金をとらないと、財政上苦しいであろうから、その代わりに、パリの金融市場を日本に開放し、5~7億円の公債を募集出来るようにする。そうすれば、日本は豊かなフランスの金融市場を末永く使用できるようになり、一時的な償金よりよほど有利だと思う。
エンブリオ038
2019年04月01日 11:29
第五回公債の条件は次の通りだった。発行額5億円・年利4分・発行価格額面の90%・担保なし。募集地はロンドンとニューヨークで2億5千万円、英・米・独・仏の4国で2億5千万円。その結果は非常な盛況で、日本公債募集は成功だった。それは同時期に債券を募集していたロシア公債募集の不成功を意味した。ロシア政府は、ついに日ロ経済戦争に完敗し、財政破綻に直面するに至った。それにしても国際資本勢力とその威力は強烈だ。当時の欧米にはロスチャイルド・カッセル・シフらを中心とするユダヤ系の大財閥があって金融界に君臨し、国家を超えた大威力を持っており、ロシアが日露戦争末期に財政破綻を起こしそうになったのは、このユダヤ資本に背かれたためである。ユダヤ人の金が日本に行き、日本の借りた金がロシアの革命運動に使われた。簡略化するとユダヤ人→日本。日本→ロシアの革命分子。という事になり、三段論法でユダヤ人→ロシアの革命分子で、ユダヤ人がロシアの革命運動に金を使ったという事になる。もちろん少し冗談だが。
エンブリオ039
2019年04月01日 11:30
5.連戦連勝の軍事行動.に移る。前に述べた如く、慢心していたロシアの軍艦ワリヤーク・コレーツ2隻を撃沈した。韓国に上陸していた第一軍は、4月29日より鴨緑江を渡河攻撃し、ロシア軍東部支隊を撃破して、北進した。第2軍は5月5~13日の間に、遼東半島の大沙河河口付近の塩大オウに上陸し、26日に南山を、29日に大連を占領した。独立第十師団は5月19日に、第一軍と第二軍の中間、大孤山付近の海岸に上陸を開始した。6月13日ごろより第一軍・第二軍・独立第十師団は相呼応して発進し、南下するロシア軍を撃破しつつ、北進をつづけた。この時期のロシア軍の配備は鴨緑江、旅順要塞、蓋平付近、遼陽付近と全兵力をほぼ四等分して東西南北に分置して、配備に重点がなかった。孫子のいうところのゆえに前に備うれば後ろ則ちすくなく、後ろに備うれば則ち前すくなく、左に備うれば則ち右すくなく、右に備うれば則ち左にすくなく、備えざる所なければ則ちすくなからざる所なし。という事だろう。戦いの地を知らず、戦いの日を知らざれば、前後左右、ともに救うことはできないと言ってもいる。戦いの日を決めることができるのは攻めるものの特権であり、防ぐものは相手の暗号を解読したり、スパイを送ったり、のちに出てくる東郷平八郎のような勘でその日にちを特定する。
エンブリオ40
2019年04月01日 11:32
人に形せしめて我に形なければ、則ちわれはあつまりて敵は分かる。とあり、この場合の日本軍では水の流れるように侵攻し、固定した形は持ってなかったと言える。さらに突っ込んで言うなら、昔の善く戦う者は、まず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ。と形篇の冒頭に書いてある。勝つべからざるとはこちらの態勢を相手にわからないようにすることであり、軍隊そのものを隠したり、移動させたりすることで、敵の勝つべきとは敵の士気が低下したり、敵の急所になる部分もしくは撃破すれば急所に連なる部分が手薄になっていたりする状況で、そういう状況が出現するのを待つという事だ。故に兵に常勢なく、水に常形なし、よく敵に因りて変化して勝を取るもの、これを神という。とある。赤いナポレオンと謳われたヴォー・グエン・ザップ式に解釈すると、相手がとっている態勢を分析し、その体制の矛盾を攻める様な体制に自軍を組織するという事だ。多分、理系が読んだらちんぷんかんぷんだと思う(Aが同時に非Aであるというのが理解できるだろうか。ついでに書くと、Aと非Aは両方で全事象を表すこととなり、世界、則ちAであるということでAは世界の一部でありながら世界そのものであるという事である。昔の中国人の書いた石の絵なんかはこういった味わいがある)が、老子を読むことをお勧めしたい。
エンブリオ041
2019年04月01日 11:33
敵将クロパトキンは旅順の心配と黒木軍の脅威との、2つの相反する問題の処理に迷っている間に、日本軍の各方面巧みに相策応しての進撃、とくに、鴨緑江方面よりする黒木軍の先制果敢な突進によって、なんらなすところなく、遼陽付近まで後退してしまった。この大規模な敵前上陸が成功したカギは、海軍が敵艦隊を制圧し、陸軍が、ロシアの機先を制して、朝鮮半島に根拠を構えたことにある。朝鮮半島を先有したことは、日露陸戦の全作戦を貫いて、日本軍の勝機を生むカギとなっている。朝鮮半島は極東のキーポイントである。明治政府の首脳者が、このために必死の抗争をした気持ちがよくわかる。各方面の日本軍は各々その正面のロシア軍を撃退して、8月27日までに遼陽平地に出揃い、8月30日、全軍手を携えて、遼陽陣地の攻撃を開始した。このころ、ロシア軍は続々増援部隊を得て著しく強化され、日本軍13万5千に対し22万5千の優勢を誇っており、彼我の兵力差は一日ごとに大きくなっていた。ロシア軍は我が正面に向かって攻勢に出、激戦が展開された。日露戦争の全体的に言えるのが、戦略におけるロシアの兵力の逐次使用と、日本の兵力集中である。これによりロシアは地理的に兵力が分散しているのに加えて、時間的にも兵力が分散するような状態となった。
エンブリオ042
2019年04月01日 11:34
もっともこれが常に悪いとは言えない。マキャベリの戦術論には、戦闘のため軍団の編成をする立場にある人が犯してきた大きな錯誤は、隊をただの一度だけ前線に使ったり、また隊を一度の合戦や一度の幸運にまかしてしまう事だ。とし、前衛、中衛、後衛と分けて、前衛が敗退したら中衛に合流して戦い、中衛も敗退したら後衛に合流して戦うとあった。考え方の違いである。勝ったのは孫子、(およびクラウゼヴィッツ)日本だが。8月30日夜、日本軍は包囲攻撃に出た。東方よりする側背攻撃は、クロパトキン総司令官の最も怖れていたことだったので、ロシア軍は直ちに対応策をとり、戦線を縮小させて、出来るだけ多くの兵力を抜き出して、反攻に出た。9月1~3日の間、遼陽東方、太子川北岸で、両軍の激突が起きた。歩兵90大隊を基幹とするロシア軍は、3分の1以下の歩兵24大隊を基幹とする日本軍に対し、猛攻を加えてきたが日本軍の気力勝ち(気力に加えて兵器の性能もよかったのだそうである。孫子には書いていないが、呉子や管子には兵器を整備せよといったようなことが書かれている。)で、9月3日早朝、クロパトキン総司令官は、軽率にも攻撃を断念し、奉天に向かい退却するに決した。9月4日日本軍は遼陽を占領した。沙河会戦は、日本軍の疲労に乗じ、ロシア軍が開戦以来、最初の大攻勢に出たもので、わが兵力は12万(損害2万)、彼の兵力は22万(損害4万)である。
エンブリオ043
2019年04月01日 11:36
ロシア軍は、遼陽会戦で大きな損害を受け、遠く北方に退却しようとしたが、日本軍の追撃が意外に緩慢なので、奉天付近で停止し、さらに、日本軍が劣勢で甚だしく疲労しているのを偵知し、大挙反撃に出て、今までの不名誉を一挙に恢復しようとした。有名な「花の梅沢旅団」が活躍したのはこの時である。歩兵45大隊・騎兵18中隊を基幹とするロシア軍が梅沢少将の指揮する近衛後備歩兵旅団の8個大隊に襲い掛かったが、梅沢旅団は持ちこたえた。全く不思議な話だと思う。ロシア人にやる気がなかったのではあるまいか。孫子には、囲師には必ず欠き、窮寇には迫ることなかれとある。要するに相手の逃げ道を開けておき、追い込まれた相手に向かうのは窮鼠猫を嚙むで危険だという事である。日露戦争において美談の一つになっている「松山」という捕虜収容所があった。捕虜に対する待遇がよかったらしく、どういう経緯でか、ロシア兵にこの情報がいきわたっていた。ロシア兵にしてみれば、へぼ上司のいう事を聞いてわが身を危険にさらすよりも、さっさと降伏して捕虜になったほうがいくらかよかったに違いない。実際彼らの大部分はそうしたのだろう。
エンブリオ044
2019年04月01日 11:37
大山司令官はロシア軍の東部兵団の猛攻を阻止し、軍主力をあげて、我が西翼方面より東北方に向かい総攻撃を開始した。ロシア軍の東翼側背に深く進撃した騎兵第二旅団の脅威と相まって、クロパトキン総司令官の企図を挫折させ、ついにロシア軍の総退却となって、日本軍は沙河の線まで追撃し、彼我対峠の態勢となり、ここに沙河の対陣が始まった。しかし旅順要塞が健在で、旅順要塞に本拠を置くロシア軍の精鋭部隊は、機会をうかがっては満州本土のロシア軍主力と呼応して、遼東半島の日本軍の背後をおびやかそうとしていた。また旅順港のロシア艦隊は、絶えず脱出を試み、日本軍の補給線を断ち切って、制海権を取り返そうと謀っていた。旅順要塞をこのままにしておけない。遼東半島を大陸から切断して旅順要塞を孤立させるために南山を死闘の末攻略し、旅順要塞の攻略へと移った。軍司令官乃木希典(ノギマレスケ)は6月6日戦地に到着した。
エンブリオ045
2019年04月01日 11:38
6月26日、前進を開始し、ロシア軍の陣地前部隊を駆逐しつつ要塞に近接し、7月30日、攻囲陣地(攻撃を準備する陣地)を占領した。第一回の総攻撃をかける。8月19日午前6時、強襲戦法をもって攻撃を開始し、主攻撃を旅順要塞の最重要部に指向して、2日間の猛砲撃の後、21日未明、突撃を敢行したが、全要塞たちまち起こって頑強に抵抗し、特に新兵器の敵機関銃が猛威をふるい、21日、突入した部隊はほとんど全滅し、23日夜には望台の砲台を一時占拠したが、敵の逆襲によって、たちまち奪い返されるという有様で、やむ得ず24日夕、涙を呑んで攻撃を中止した。ロシア軍損害約千五百に対し、日本軍の損害は約一万九千だった。しかし、22日に東及び西盤竜山堡塁を奪取するという戦果もあった。二回目の総攻撃をかける。前回の経験により正攻法によることとし、9月1日以来、攻撃陣地を構築しつつ近接し、10月26日、28センチ砲の支援射撃のもとに総攻撃を決行したが、ロシア軍の抵抗は依然として頑強で、26日に鉢巻山、31日に一戸堡塁を、同31日に瘤山を占領しただけで、11月1日攻撃を中止した。わが軍の損害、約三千八百、ロシア軍の損害は5千であった。第三回総攻撃。11月11日、第7師団を増加せられた。北方主力方面においては、沙河開戦後、ますますロシア軍が増加し、攻勢に転ずるおそれがあり、バルチック艦隊は10月15日、すでに本国のリバウ軍港を出発したとの報せもあり、一日の遅れも許されない切迫した事態となった。
エンブリオ046
2019年04月01日 11:39
軍司令官は、必ず望台一帯の高地を奪取する決意をもって、11月26日、突撃を開始したが、ことごとく撃退された。軍司令官は27日、正面の攻撃を中止して、二百三高地を奪取するに決し、27日以後、連続猛攻撃を行い、12月5日、ようやく確実に占領した。28センチ砲部隊は、直ちに観測所をこの高地上に進め、港内の敵艦を狙い撃ちにして、瞬く間にその戦力を奪ってしまった。わが軍の損害は一万七千にのぼった。先に行われた旅順港閉塞作戦で、海軍は陸軍の踏み台になったが、今度は甘んじて海軍の踏み台になり、陸海共同の実をあげたのだった。大東亜戦争の敗因の一つとなった醜くて激しい陸軍と海軍の争いとは対照的である。こういうのを常山の蛇というのだろう。窮地に陥っていることはもちろんだが何より想像力がいる。味方がやられれば次は自分だとか、不利になるだとか、あそこを攻略すれば味方に有利だとかである。「想像力のないところ民族は滅ぶ」とソロモン王は言っているがこういうことを言っているのだろう。左翼正面においては、各師団は坑道作業による爆破攻撃を強行し、12月18日、東鶏冠山堡塁を、28日、二竜山堡塁を、30日、松樹山堡塁を、それぞれ爆破して占領した。ここにおいて大勢定まり、明治38年1月1日、望台一帯の高地を占領して、一挙に旅順に突入せんとした時、ロシアのステッセル中将は降伏し、2日に調印し、3日に開城した。俘虜約2万5千人、食料の尽きた状態での降伏だった。攻撃開始より開城に至るまで約7か月、日本軍の参戦人員累計約13万、死傷は約6万だった。
エンブリオ047
2019年04月01日 11:41
この後乃木大将の名声は大いにとどろいた。おそらくロシアの最も優秀な精鋭部隊が旅順にいたものと思われる。一般にたやすい抵抗力のものを平らげても、そんなに有名にならないが、難関を突破すれば名声がとどろく。孫子は名声が出ないほうを志向しているようで、古の所謂善く戦う者は、勝ちやすきに勝つ者なり。故に善く戦う者の勝や、知名もなく、勇功もなし。・・その勝を措く所、すでに敗るる者に勝てばなり。とある。これも少し突っ込むと夫れいまだ戦わずして廟算勝つ者は、算を得ること多ければなり。・・算多きは勝ち、算少なきは勝たず。とあり、相手より計算高いものが勝つという解釈と、すでに敗るる者、要するに前哨戦で負けた者に勝つという解釈がある。この後のほうの解釈は孫子に何回か出てくる。またこちらは日本軍の行動に合っているが、攻城の法はやむを得ざると為す。とあり、城攻めはやむを得ない時に限る。という事だが、旅順要塞を攻めたのは陥落させるためだけでなく、旅順のロシア部隊を拘束する意味もあったものと思われる。明治37年10月以来、沙河の線において、劣勢疲弊の日本軍は、日々増大する優勢なロシア軍を、よく拒止して年を越した。1月1日、乃木第三軍は、ついに旅順要塞を攻略し、1月15日北進を開始し、主力戦に参加できることとなった。ロシア軍は12月中旬、旅順救援のための大攻勢を企図していたが、戦機を逸した。
エンブリオ048
2019年04月01日 11:42
1月25日、ロシア軍は日本軍西翼の黒溝台方面を包囲攻撃してきた。25日、攻撃してきたロシア軍は、黒溝台に二ヶ師団、沈旦堡に一ヶ師団、ミシチェンコ騎兵集団は我が左側背深く突進してきたが、各地の部隊は、よく孤軍奮闘して、戦線に破綻を起こさせなかった。大山総司令官は後方にあった第八師団をとりあえず黒溝台方面に急派するとともに、各戦線からできるだけ兵力を抜いて、臨時軍を編成し、反撃に出た。1月26~28日の間、我が西翼の各部隊は死闘した。そして大山総司令官はこの苦境にもめげず積極策に出て、1月29日払暁、臨時軍をもって、柳条口よい長灘に向かい、西北方に敵陣を分断する如く攻撃させて、黒溝台以南の敵を各個撃破しようとした。ロシア軍は、クロパトキン総司令に決断なく、黒溝台の戦果を積極的に拡張することよりも、その方面の第二軍が各個撃破されることを怖れ、とくに、28日の日本軍の中央の牽制運動に引っかかって、正面に不安を感じ、退却を命じてしまった。孫子に、故に善く戦う者は、人を致して人に致されず。とある。主導権を握れという事だが、戦機というものがあり、これを見分ける目が必要である。戦機をとらえたほうが主導権を握れる。クラウゼヴィッツの言う重心だろうか?ここを撃破すれば全体が崩れるというものがクラウゼヴィッツの場合は固定的に述べられているが、私の知る分野の社会においてはもぐら叩きのごとく、ひょっこり出ては引っ込んで別のものが出てきてという具合に戦機が移動する。祖父の話によると、中国の兵隊がちょうどこのもぐら叩きのような行動をとっていたのだそうである。私が見ているのは日本だけなので、もしかしたら本当の重心は海外にあるのかもしれない。
エンブリオ049
2019年04月01日 11:44
奉天会戦は、約25万の日本軍が約32万のロシア軍を、奉天付近で包囲攻撃し、約12万の損害を与えて完勝し、日露陸戦の勝敗を決した会戦である。日本軍は乃木大将の部隊と新編鴨緑江軍の戦列参加の好機をとらえ、氷が解ける前に、2月20日奉天付近のロシア軍を攻撃する命令を下した。2月23日、日本軍の東翼は他に先立って活発な攻撃を開始し、ロシア軍の東翼を脅かして、その総予備を東方にけん制し、この間、我が西翼後方に待機していた乃木軍団は、27日、一斉に発信し、ロシア軍の西翼外側を回って進撃し、3月7日に奉天西北に進出し、まさにロシア軍の退路を断とうとした。同3月7日、クロパトキン総司令官は敗戦を自認し、武将の反対を押さえて退却を決心し、自ら指揮をとって、乃木軍団の進撃を阻止し、辛うじて軍の大部を四平街付近に脱出させた。損害は日本軍約7万、ロシア軍12万だった。クロパトキンに決断力がなかったというが、一応、孫子を主軸に解釈しようと思っているので、また孫子からの引用になる。
エンブリオ050
2019年04月01日 11:45
激水のはやくして、石を漂わすに至る者は勢なり。とある。激しい水の流れが、どっしりとした石を浮かべて押し流すのは、勢いであるという意味だ。クロパトキンは日本軍の勢いに浮かされて押し流されてしまったのだろう。奉天会戦の結果は旅順戦勝によりほぼ確定しており、日露戦争全般を貫いているのが初めにロシアの軍艦、二艦を撃沈し、速やかに朝鮮半島を押さえたときから発生している勢いの持続である。軍事だけではない、明石の革命工作や、日本の宣伝の意味合いもあった金子の終戦工作。高橋の資金工作などすべて勢いを持っている。故に善く戦う者は、これを勢に求めて人に責(もと)めず。故に善く人を択(えら)びて、而して勢に任ず。手元の本には勢いから勝利を得ようとするが、人の能力には期待しないと解釈してあるが、そんな訳はない。実行するにあたって人材を得なければ何もできない。引用した孫子にも善く人を択(えら)びてと書いてある。人に責(もと)めずとは、人の能力に期待しないという意味ではなく、人を責めない(非難しない)という事でないかと思われる。従って孫子的に解釈するなら、勢いは首脳部が作り出したり、たまたま発生したのに首脳部が乗っかかるというようなことをしなければならないという事である。旅順陥落後の東郷艦隊の問題は、まず敵情判断だった。
エンブリオ051
2019年04月01日 11:46
予測として敵艦隊は、1、万難を排してウラジ・ウォストーク港に入る。2、東シナ海または黄海沿岸に直進して、戦勢の挽回を図る。3、台湾付近または南清(南部中国)以南に根拠を構えて、後のことを図る。さらにウラジ・ウォストーク港に向かう場合、1、対馬海峡。2、津軽海峡。3、宗谷海峡(北海道と樺太の間)のいずれか通ってくるだろう。というのがあった。我が艦隊を三分して三海峡を守れば、いずこも突破される。一か所を守っていて、敵を逃しては大変である。奥に引っ込んでいれば、東京を艦砲射撃されて収拾がつかなくなる。しかし東郷司令官は、敵は全力をあげて対馬海峡を通り、ウラジ・ウォストーク港に直行する。と最初から信じて疑わなかった。長途航海の疲労・海峡の状況・大艦隊・補給という4条件を並べて検討すれば、それ以外に方法はないとの結論である。こういう理詰めの勘というのが、戦機を見分けるのに役に立つ。かといって理だけでは駄目である。ナポレオンは言っている。「天才は偶然をも考慮する」なんというか空中にそこに足場があるような気がして一歩足を踏み出したら、本当に空中に立てたといった感じだろうか。タロットカードの「愚者」のカードがそれを表している。勘も大事だという話である。
エンブリオ052
2019年04月01日 11:47
朝鮮半島南部の鎮海湾に待機していた、我が連合艦隊は、明治38年5月27日午前4時40分、哨艦信濃丸の発した「敵艦見ゆ!」との警報を受信した。東郷司令官は、敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、これを撃滅せんとす。本日、天気晴朗なれども波高し。と電報し、全艦隊は逐次錨を抜いて、予定の航行序列をつくり、午前7時、残らず根拠地を出発した。敵艦隊の壊滅を悲願しての出航だった。ウラジ・ウォストーク港に敵の一艦でもいる限り、大陸に対する我が補給線は非常な危険に見舞わられるからである。午後2時50分敵のバルチック艦隊と行き違い態勢で西南進していた我が連合艦隊は、敵前八千メートルで突然左折した。変針(方向転換)中は射撃ができない。敵はチャンスとばかり猛撃を浴びせてきたが、有効射程距離(六千メートル)外である。午後2時10分、敵の進路をT字型に押さえた連合艦隊は、全火力を敵の先頭艦に集中した。敵は逃れようと焦って、東に変針したため射撃困難となり、ますます苦境に陥り、大勢は瞬間に決してしまった。我が変針が遅れたら、敵の有効射程距離内で悪い態勢をとることとなり、集中砲火を受けて、大損害を蒙っただろう。味方は、変針を終わった艦だけしか射撃できないからである。変針が早すぎたら、敵は事前に我が企図を察知して、有効射程距離外で態勢をとり直すから、敵の不利に乗ずることはできなかった。5分間が勝敗を決したのである。
エンブリオ053
2019年04月01日 11:49
との事だが、NHKの「その時歴史が動いた」で東郷司令官のT(丁)字型戦法について言っていた。しかし、NHKによると敵の射程内に入ってから変針したと言っていた。一体何を考えているのだろうか?真に受けたやつがボロ負けするではないか。そういえばNHKは有料だった。嘘を言って金をとるのを詐欺という。もっとも孫子は欺くのを肯定しているが。孫子に絡めて言うと、凡そ先に戦地におりて敵を待つものはいっし、後れて戦地におりて戦いに赴くものは労す。・・近きを以て遠きを待ち、いつを以て労を待ち、飽を以て飢を待つ。これ力を治る者なり。戦いの時間を決定するのは攻めるものの特権だが、場所の決定は守るもののほうが主導権がある。大体、隘路とか、川とか交通に支障をきたす線で守る。バルチック艦隊ははるばる喜望峰を回って極東までやってきてそれこそ労していた。日本艦隊は十分訓練もしていたが休養をとっていた。まさに近きを以て遠きを待つでもある。補給線は断然日本のほうが短かった。攻勢終末点というのがあり、どんな勢いのある矢でもその終わりには布切れさえも穿てなくなると説明されるものだ。要するに、策源地から遠くなると補給が伸びて、攻撃力が弱くなるという事だ。孫子には、智将は努めて敵に食む。とあり敵の食料を奪えと書いてある。単純に経済的な理由のみではなく、補給経路から進軍の方向を敵に読まれないようにする意図もあったものと思われる。また、この故に善く戦う者は、その勢は険にしてその節は短なり。ともある。勢いは激しく、それにかける時間は短い。という事だ。これは語れば長くなるのでこれぐらいにしておく。
エンブリオ054
2019年04月01日 11:49
6.満州作戦の舞台裏で活躍した特別任務班(軍事探偵団)に移る。ようやく最後の項目だ。飛行機のない日露戦争時代においては、遠く敵陣後方の状況を知り、通信・鉄道などの施設を破壊するには、人間が潜入するよりほかに方法はない。大本営は北京に、青木大佐を長とする諜報謀略機関を配置し、次の任務を与えた。1日本と中国協同して、敵情を諜知する。2敵軍背後の交通線を破壊する。3馬賊団を使って、敵の側背を脅威する。しかし、ロシア軍の強大さを見てきた彼らは、どうひいき目に見ても、日本に勝ち目がないと思った。何とかならないものか?と苦心検討の末、ついにロシアの弱点をつかまえた。それは、ロシアの背後連絡線が、はるばるシベリア・蒙古・北満州の荒涼たる大平原を走ってきているシベリア鉄道一本に頼っていることである。長大で、しかも援護物のない大平原を走っている鉄道は警備至難で、ゲリラの好餌である。青木大佐はこの交通路の破壊を中央に打電し、その結果、前記のような任務が、青木機関に与えられた。青木機関の人員は将校21、准士官・下士官9、常人41、合計71名である。常人(軍人以外のもの)は北京付近の在留日本人より、決死隊として募集したものだが、志願者が殺到し、選にはずれて自殺するものが出るほどの熱烈さだった。
エンブリオ055
2019年04月01日 11:51
青木機関は特別任務班を作り、開戦前より行動を開始し、開戦とともに八達嶺(ハッタツレイ)や大石橋付近の通信施設を破壊した。このため、明治37年2月8日午後の仁川沖海戦は、8日夜半の旅順港急襲時までロシア軍司令部に報告されず、8日夜、ロシアの首脳部は旅順の町で、ダンスパーティーに夢中であった。孫子からの引用になるが、ここでは、進みて防ぐべからざる者は、その虚を衝けばなり。と、故に兵は拙速を聞くも、いまだ功久を見ざるなり。を挙げたい。虚には物質的な虚と、精神的な虚がある。ここでは両方に効いているが、その虚をうつのが速やかな行動である。長々しく書いているが結論を言うと奇襲するという事だ。そこで、スピードが重要になってくる。このスピードは時速何キロがよいとかそういうものではなしに、相手との相対的な速さである。自分の速度を上げるほかに、相手の速度を落とすという選択肢もある。青木機関が行ったシベリア鉄道への攻撃や、通信設備の破壊は相手の動きを鈍くする行動である。後、蛇足だがアメリカがRMAと呼ばれる戦術をとっているらしく、概要は軍人は民間人から、戦闘員は非戦闘員から、戦火は社会から、組織的な暴力は日常生活から隔絶され、敵は大量殺戮ではなく、混乱と前後不覚によって敗北する。「衝撃と畏怖」とも呼ばれるのだそうだ。これなんぞは虚を衝いていると言える。私個人としてこのような境遇に陥ったことがあり、相手はアメリカだったのかと今頃思う次第である。(私情を除いて意見を言うと、これも環境にやさしい戦術だ。)私はひたすらフェビアン戦術(持久戦術)ならぬファビヨン戦術をとる韓国人に腹が立っていたが、ともかくいろいろ分かってきているのでもう少し様子を見てみることとする。
エンブリオ056
2019年04月01日 11:52
諜報班は、開戦前より主として遼陽に潜入して、ロシア軍の状況をスパイしていたが、開戦とともに錦州に後退し、約300人の現地諜者を放って、ロシア軍主力の動静及び遼陽陣地の状況につき、貴重な情報を集めていた。孫子に五間というのがある。(間というのはスパイのことである)。郷間、内間、反間、死間、生間であり、日本で言うと郷間は住人を使って情報を集めたり拠点にしたりすることで、朝鮮人が多いと言われる大阪のキャバクラなんかはこの郷間にあたるだろう。都会の闇に消えていく人がたまにいるが、これと関係があるのかもしれない。内間は官職についている人を使って情報を集めたり、自国に有利な政策を勧めたりすることで、韓国を叩いている河野大臣なんかがこれにあたるだろう。スパイかどうかはともかく、韓国を見る限り(案外、韓国側にも日本を叩く形態の河野大臣のような人がいるのかもしれない)では河野大臣のような人も必要である。反間は敵のスパイを逆用するもので、私個人としては言いたいことを言わせてもらった。死間は、デマやその国に打撃となるような情報を流すのでバレたら殺される。だから死間である。旧ソ連で政権を揶揄するジョークを命がけで言ってた人たちがいたそうだが中には死間(スパイ)がいたのかもしれない。生間は、ふつう我々が知っているスパイで、情報を得たら帰って報告するものである。最近、外国人観光客が多いそうだが中には生間が混じっているのかもしれない。後、スパイに関しては、下っ端のスパイは情報を持って帰るだけだが、上のほうになるとその国の政策を変えてしまうのだそうである。
エンブリオ057
2019年04月01日 11:54
行動隊第一班は遠くハルビン~ハイラル間の鉄道破壊の目的を以て、極寒零下40度の無人地域千キロを、志那馬で踏破しようとした。鉄道の爆破には成功したが、警備のロシア兵に追われた。そして捕らえられ、軍事法廷で死刑の判決を受け、武士の礼をもって銃殺された。行動隊第二~第四班は、志那および蒙古の馬賊団を操縦して、遠く遼陽~ハルビン間の鉄道を破壊するとともに、日本軍の攻撃に同調して、その西翼外の大平原を行動して、ロシア軍の側背を脅威した。特別任務班は、厳重な敵の警戒網をくぐって、その背後に深く潜入するのであるから、行動は困難を極めた。彼らはすべて現地民に変装し、最低の生活をし、時には乞食のようになり、風雪を冒し、炎暑に耐えて、任務に挺進したのである。したがって常に生命の危険にさらされており、行方不明となって、どこで死んだかも、分からなくなることが多かった。特別任務班員には東北地方と九州の人が多い。なお明治38年1~3月の間、ロシア軍の後方深く侵入して、75日にわたって大活躍をし、奉天会戦の戦勝に大きな貢献をした永沼挺進隊の参謀役を勤めたのは、別動隊院の宮内英熊大尉(31歳)であった。日露戦争において、日本の打った6つの手がことごとく成功し、総合効果を発揮してロシアを窮地に追い込み、特に陸海軍は連戦連勝の大戦果を挙げたが、軍をロシアの首都に進めるまでの力はなかった。明石大佐の革命が成功していたのかもしれないが。
エンブリオ058
2019年04月01日 11:55
ロシア軍は、大敗後も戦力を集めて、日本軍の進撃を阻止することはできたかも知れないが、進んで反攻に出、日本軍を大陸より駆逐するだけの気力はなかった。国内では革命が進み、財政破綻に直面して、これ以上戦争を続けることはできなかった。世界の列強も、日露戦争を自国に有利な時期に、有利な条件で締結させるよう、調停のチャンスを狙っており、フランスは、ロシアが致命的な打撃を受ける前にヨーロッパに復帰することを望み、アメリカは、日本がロシアに勝ち、しかも勝ち過ぎないことを期待した。結局、アメリカの斡旋による和平が脚光を浴びることとなった。日露戦争において、日本の国家戦略の各工作が互いに相乗作用を及ぼしあって、総合的に効果的な成功を収めていることがよくわかる。総合戦略においては、1+1=2ではなくして、1+1=3以上となるのである。たとえば、革命が起きそうなところからは資金は逃避する。資金がなくなれば戦争は負けるし、国民の生活は窮迫する。そうなれば一層革命気運は燃え上がり、資金の逃避、国民の窮迫、敗戦を促進する。このように総合戦略は、相手に与えた個々の衝撃に連鎖反応を起こさせ、事態を爆発的に進展させ、計算を超越する効果をあげることができるのである。
エンブリオ059~とりあえず終わり~
2019年04月01日 11:56
上のほうでも述べたが日露戦争には勝ったがその借金が重すぎて日本は苦しむこととなった。戦死者もばかにならない。国際間でも、人間相互間でも、実力行使ほど愚かな手段はない。負ければもちろん、勝っても損得つぐなわない。めったに行ってはならないことである。やむを得ずして戦う事となったら、金子のような終戦工作を含め全力を尽くさなければならない。最後に孫子の一番始めの言葉を紹介する。孫子曰く、兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。一部の日本の学者は、軍事の知識などいらないと言っているが、無いとものすごく弱くなってしまう上に、日本には金や技術のうまみがあり、カモがネギをしょっている状態になってしまう。それと何も軍事に限らず、商業や他人の話によると投資などにも応用が利くらしいし、もちろん警察などの治安維持にも応用が利く。使う人次第だという事である。長々と本文章にお付き合いいただきありがとうございました。以上。
エロと勉学の日々001
2020年04月01日 09:34
むかしむかし、あるところにおじいさんと少年が住んでいました。少年は好奇心旺盛でおじいさんのお話を聞きたがります。「おじいさん何か話してよ!」少年は言いました。おじいさんは遠くを見つめていましたがしばらくしてからゆっくりと話しだしました。「日本野球の話をしようかのー。」「聞かせて。」「ここでは人間がボールになるのじゃ。」「えー。そんなことってあるの?」「世の中いろいろあるのじゃ。その純白の真っ白なボールはピッチャーに汚い手でつかまれて投げ飛ばされるのじゃ。」「それでどうなるの?」「投げ飛ばされた先にはバッターがいるのじゃ。」「どうなるの?」少年は大はしゃぎです。「バッターはバットを振る。ボールにジャストミート。その瞬間、丸かったボールはいびつな形に変形するのじゃ。」「どうなるの?」少年はもう好奇心を抑えられません。「ボールははるか上空に、宇宙間に飛んでいき姿を消すのじゃ」「それでそれで?」少年はもはや半分狂っています。「お星さまになるのじゃよ。」「ぱみょーん!!」少年は爆発しました。おじいさんと少年は今もどこかでお話をしているのかもしれません。
エロと勉学の日々002
2020年04月01日 09:36
さて、今年のテーマは個人主義だ。辞書(大辞林)で個人主義を調べるとこのようにある。①個々の人格を至上のものとして個人の良心と自由による思想・行為を重視し、そこに義務と責任の発現を考える立場。②その人の属している組織全体・社会全体の事を考慮せずに、個人の考えや利益を貫く自分勝手な態度。だ。もちろん①を推したいが、②も個人主義である。良く解釈すれば①だが、悪く解釈すると②になる。同じ行為の裏表である。個人における個人主義はこれに尽きるが、ここでは属している組織全体・社会全体とのつながりを考えていきたい。まず有名なのは経済学者のケインズの解釈である。これも経済学者のアダムスミスが各人が己の利益を考えることが結果として全体の利益になると言っている。パン屋はいいパンを作ろうとするがそれは己のパンの売り上げを上げようとしての事であり、何も地域のことなど考えていない。しかし、パン屋がよいパンをつくることによりその地域ではよいパンを手に入れ食べることができるようになる。ケインズはこの考え方が社会主義(および全体主義)と個人主義を両立させる考え方で両者が共存できるようになったと言っている。しかし、現実問題としてライバルの足を引っ張るパン屋もいるかもしれない。
エロと勉学の日々003
2020年04月01日 09:37
悪口を言いふらしたり、ライバルのパンに異物を混入させたり、いろいろ手口はある。行きつく先は足の引っ張り合いの競争であり、社会的な利益を損なう形での競争だ。その地域ではパンを美味しく食べれなくなる。で、どのようにこの状態を改善するかだが、一つのやり方が思想による誘導である。「いいものを作ったら売れる」このスローガンにおおむね嘘はない。売れなければ品質が足りないのだという事になりもっと努力する。このスローガンにより、いいもの(品質)を競う方にパン屋などを誘導でき、足の引っ張り合いの方向に行きにくいようにできる。個人主義的にも問題はない。思想による誘導は受けているが個人で考えた筋に従って行動している。
エロと勉学の日々004
2020年04月01日 09:39
個人主義は人々が己の意思を持ち、それぞれの方向に向かって分化、発展していく傾向がある。従って、放っておけばバラバラになる。よって、(国などの)全体を維持するには人々の求心力となるものが必要であり、その一つのやり方が、共通の思想を持つとか、同じ神を信じる宗教を持つとかになる。あと、お金も一種の思想かも知れない。少し強引なやり方としては、外圧を作って内部の団結を計るというのもある。宗教においてはソロモン王が晩年、異教に寛容であったので滅んだと言われていることもある。求心力が損なわれたためとも解釈できる。共通の思想は資本主義やら社会主義やら共産主義やらがあるが、共通項としてまず経済が言われているという事がある。経済のまわし方の違いがそれぞれの主張であるし、その到達点たる理想像は異なるが、当面は共存できる関係である。精神的な価値観が欲しいならそれぞれの宗教や哲学などになってくるだろうが、こういうのを許し、思想、良心の自由という基盤の上に共存させているのが今の世の中だ。
エロと勉学の日々005
2020年04月01日 09:41
従って、自分はもちろんだが相手の思想、良心を尊重するのが共通の思想基盤を持っているという事になるだろう。ブタを食べてはいけない、酒を飲んではいけない、牛を食べてはいけないといった面では永遠に平行線で共存できる見込みは薄いかもしれないが、その大本には如何にしてよく治まった世の中にするかというのがあるので根本的には共通する考えの所が多いのではないかと思われる。外圧を作って内部の団結を計るだが宇宙人の脅威で地球人の団結を計ろうとするのや、国内の支持が弱くなったら外国の脅威を言い出すとかよく使われる手口だ。孫子という本がある。軍事の本だが、個人主義にも光を当てるところがある。くどいが個人とその集団の関係について考えている。如何にして、個人主義とその個人の集団を両立させるかという事に焦点を絞りたい。この外圧に関しても呉越同舟と言っている。呉の国の人と越の国の人は仲が悪いが、同じ船に乗って災難や苦難を共にすると協力する。という意味で、思想を改造しようとか、調教しようとかではなく、単純に過酷な状況に放り込んでその生きようとする意思に任せるという事で、兵士個人の人格には踏み込まない。
エロと勉学の日々006
2020年04月01日 09:42
マズローの欲求5段階説も参考になるかもしれない。まず、生理の欲求があり、食事、睡眠、排せつなど生命を維持するための本能的な欲求で、これが満たされると次の欲求、安全の欲求に移る。安全性、経済的安定性、よい健康状態の維持など、予測可能で秩序だった状態を得ようとする欲求だ。異論として、先が見えすぎるのが絶望的だという人もいた。理想的な人生、学生仲間と競争していい大学に入り、大学ではいい会社や役人になるために学生仲間と競争する。首尾よくいい会社には入れたら今度は出世競争だ。そこそこ出世すると今度は同業他社との競争がある。そして定年を迎え年金をもらい死んでゆく。これが絶望的だと言っていた。まあ、人それぞれだ。これが満たされると次の欲求、社会的欲求と愛の欲求に移る。自分が社会に必要とされている、果たせる社会的役割があるという感覚。他者に受け入れられている、どこかに所属しているという感覚だ。これが満たされると次の承認の欲求に移る。自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求だ。低いレベルと高いレベルがあり、低いレベルでは他者からの評価が主だが、高いレベルでは自分自身の評価が重視される。よく自惚れて勘違いしている人もいるようだがともかくこういうのがある。
エロと勉学の日々007
2020年04月01日 09:43
最後に、自己実現の欲求がある。自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求だ。なぜこういう事を書いたのかというと、自己実現の欲求の段階ではバラバラだが、その前の4つの段階では意見がほぼ一致する。孫子は欲求の段階を下げることで結束を図っている。将、能にして君の御せざるは勝つ。将軍が有能で、しかも君主がその将軍の指揮権に介入しなければ勝つ。という意味だ。また、軍の進むべからざるを知らずして、これに進めと謂い、軍の退くべからざるを知らずして、これに退けと謂う。是を軍をびすと謂う。とある。軍を進めてはならぬことをわきまえずに進めと命じ、軍を退けてはならぬことをわきまえずに退けと命ずる、こういうのを軍を繋ぎ縛るという。という意味だ。さて、ある程度の規模であると一人でもやっていけるが、規模が大きくなると権限を委譲する必要が出てくる。そこでこの孫子の考え方が出てくる。現場の事を一番よくわかっているのは現場の人間である。「将、能にして、」その現場を統率するものが有能ならいくさに勝つ。要するに問題を処理できるという事だ。
エロと勉学の日々008
2020年04月01日 09:44
個人主義的民主制ではだれか独裁者一人が分かりもしないことをすべて処理するのではなしに、こういう現場の人間の集合体がそれぞれの問題を処理し、全体を形作る。組織の下部構造はそれで問題はないだろう。ではその組織全体の方向性というのが必要なのではないか?戦争とか災害や、流行病、環境問題などを考える際、バラバラだったら良くないのではないか。これには日本の統帥綱領の言葉を紹介したい。「方向を示して後方を準備する」という事だ。細かくあれこれ個人に干渉するのではなく、起こった問題に対してこっちの方向に行くと全体の進むべき道を示し、後は組織を構成する個人が目的を達成しやすいように、後方、つまり補給を準備するという事だ。環境を整えたり、法律を整備したり、物資を用意したり、金を準備したりなどする。個人をがちがちに束縛して無理やりやらせるのではなく、個人の創意を尊重している。
エロと勉学の日々009
2020年04月01日 09:46
①個々の人格を至上のものとして個人の良心と自由による思想・行為を重視し、そこに義務と責任の発現を考える立場。というのが個人主義の定義であった。アメリカで言う個人主義ではドラッカーの意見によると自由という概念は、人間が使える主はただ一人、超自然的な神であるという意味で定義されていると考えています。それがアメリカで言われる自由です。なのだそうである。旧約聖書にはあれこれしてはならないことが書いてあるが「あなたはしてはならない」と書いてある。他の人がしてはならないことをやっていても自分はしてはならないという事だ。これが②その人の属している組織全体・社会全体の事を考慮せずに、個人の考えや利益を貫く自分勝手な態度。に映る場合がある。義利の弁というのがある。義(正義)と利(利益)は両立するという事だが、他の奴が悪いことをやっていて自分だけ善いことをしていたら、他の奴は没落して自分が利益を得る場合がたまにある。これは自分勝手といえば自分勝手だがそもそも信仰心や道徳的に正しいとされることに従っていただけで悪意はない。よくある終末思想というのがある。
エロと勉学の日々010
2020年04月01日 09:47
世界は滅んで自分たちだけが助かるというものだ。こういった信仰心や道徳的に正しいとされることに従う事を言っているのだろうが、他の奴は滅んで自分たちだけ助かるというのは精神がねじくれ曲がっているんじゃないかと思う。しかも自力で助かるんじゃなしに、神頼みときてもいる。そんな神様いるだろうか。ノアの箱舟やソドムとゴモラにしても助かった人は信心深かったからであり、自分だけが助かるなどとは考えていなかったものと思われる。中国の孔子は「欲するところに従って則を超えず」と言っている。要するにやりたいことをやるが、それでいて規則からは外れないという意味だ。個人主義とその社会が個人の中で調和しているいい例である。そこには社会など滅んでしまえという考えはない。堯舜の政治が民主的だというので書経を買って読んでみたが、どちらかというと法治主義に偏っているようなのでがっかりした。しかし、採るべきところはある。「党なく偏なく王道滔々、偏なく党なく王道平平」党派なく偏りなく王道はゆったりしている。偏りなく党派なく王道は平らかな事よ。という意味だ。
エロと勉学の日々011
2020年04月01日 09:49
ここでは党派(派閥)がなく、偏りが無くと言っている。すなわち、自分の信じるところの事を行うという事だ。党派は往々にして全体の利益より党派の利益を優先する。党派の構成員は、自分の意見を捻じ曲げて党派に合わせて発言、行動する。そこで、良識ある個人が正しいとされることを言ってこういった傾向を修正するのだが、何分、一人なので党派よりは弱い。思想、良心の自由を認める社会の基盤が必要である。日本の思想、良心の自由は少しおかしいところがある。ジェンダーフリーやフェミニズムなど左翼的な思想、良心は自由だが、宗教や哲学などの古い価値観に根ざした思想、良心は封殺される傾向がある。左翼的な思想、良心が攻撃しているのもこういう古い価値観である。彼らは守られているが、彼らと違う意見は彼らに抑え込まれる。先に言った、自分はもちろんだが相手の思想、良心を尊重するのが共通の思想基盤を持っているという事になるだろう。という事が重要である。しかしながら、別の所でも述べたが左翼的、新しい考え方というのはその時の状況を反映して出てくるものであって、その時の状況には適応している場合がままある。右翼的な人も現実を見て、左翼的な人が言っていることに一理あるなら採り入れるべきである。
エロと勉学の日々012
2020年04月01日 09:50
党派で考えると相手の意見は容認しがたいかもしれないが、今の世の中で言われている「世界か、個人か」というのは極端だがおおむね無難ではないだろうか。その中間が紛争やら争いを生むのである。ちなみに私は個人だが。あと、書経には鼓腹撃壌(こふくげきじょう)という故事が出てくる。いにしえの天子、堯(ぎょう)の治世の話である。平たく言えば君主制だが、その治績が個人主義的であるのだ。こんな話である。堯が天子の位について50年、はたして天下が治まっているのかどうか分からないので自分の目で確かめようと、微服して町に出てみた。大通りを進んでいくと老人が何かもぐもぐ噛みながら、腹づつみを打ち、足拍子をとって(鼓腹撃壌)、歌を歌っていた「お日様が昇れば野良仕事。お日様が沈めば帰りましょ。井戸を掘っては水を飲み。田を耕せば食べられる。天子様のお力なんぞ。あってもなくても同じこと。」これを聞いた堯は「ああ、天下はよく治まっているのだ」と、納得して宮殿に帰っていった。史記では堯舜(ぎょうしゅん)の政治は無為自然の政治だったと言われている。ことさらな行いはせず、自然に任せるという事だが、孔子と老子で解釈が若干違う。
エロと勉学の日々013
2020年04月01日 09:51
孔子は我が身を正してそれによって周りも正していく、周りが正されることによってその外も正されていくという事で、まず修身(身を修める)というのを言う。昔の天皇陛下が国内で不徳な事件などあると「朕の不徳ゆえ」と言っていてこれは偉い人だと思ったものである。これに比して老子はそれこそ無為自然であり、極力、手を加えない。「大国を治るは小鮮を煮るがごとし」という言葉にある様に小魚を煮るのにあれこれ手を加えればバラバラになってしまう。自然に煮える傾向を大事にするというのである。しかし、魚を煮るのに火は焚いているわけであり、全く何もしないというわけではない。デリケートに扱うという事だ。先に挙げた孫子の軍をびす、軍を進めてはならぬことをわきまえずに進めと命じ、軍を退けてはならぬことをわきまえずに退けと命ずる、こういうのを軍を繋ぎ縛るという。にも通ずる。君主制においては下が、自浄作用で何とかうまくしようとしているときに上があれこれ手を加えようとすると、むしろ治まる傾向を阻害していることになる。非情な独裁制をしいていて人民から搾取しまくっているというのなら、こういう不干渉はむしろ独裁者にとっては危険かもしれないが、普通に良識のある国では、極力、手を加えないのがいいのでないかと思われる。その方が人材も育つし問題が少ない。
エロと勉学の日々014
2020年04月01日 09:52
がちがちな法治主義では人材が育たない。その法律がどういう理由であるのかを考慮せず、ただそれが先代から行われているから行うという事になり、全く考えない人材が大量発生する。書経を読む限りでは堯舜(ぎょうしゅん)も法治主義に傾いていたようだが、横井小楠が西洋の自由主義経済を聞いて、「堯舜の政治ですな」と言ったのが印象に残っている。西洋人は未来にキリストが再び降臨してハルマゲドン(最後の審判)の後に理想社会(千年王国)をつくると言ったような考え方をしていたと思う。過去ではなく未来に理想を持っている。これに比して、東洋人、特に中国人は共産がぶち壊してしまったが過去に理想が実現されたものとして過去に郷愁や理想を持つ。その理想像が一時的かもしれないが自由主義経済と堯舜の政治でかぶっているのは感慨深い。多様性は集団を一丸にし、過激化するのを防ぐ傾向があるが、もう一つメリットがある。
エロと勉学の日々015
2020年04月01日 09:53
その集団の満足度を上げることである。アドラーによると人は他者より優越したいいう欲求を持っているのだそうで、ほぼすべての人が持っているのだそうである。しかし、そのあらわれ方は異なる。多様性を認めず、画一化された集団では優越するための方法と結果が一つしかない。この一つをめぐって熾烈な争いをすることとなる。これに比して多様性が認められているとあるものは運動で優越し、別のあるものは学問で優越する。運動と言っても水泳や陸上競技など様々な分野があり、学問と言っても大きくは文系、理系から 様々ありそれぞれの頂点を目指して頑張れる。これも争いを含むが、画一化されている場合より穏やかであるし、世の中に深みがある。別の所でも述べたがアドラーが言うにはこの優越するためにとる行動の評価の基準は社会に貢献したがどうかなのだそうである。ここを押さえておきたい。多様性といっても何をやってもいいというわけではない。人々が共存できる道を探るのが多様性の本来の在り方だ。
エロと勉学の日々016
2020年04月01日 09:55
組織について考えると問題はタダ乗りする人である。私が警備員をやってた頃「要領よく働きなさい」と言ってたおっさんがいた。ここでは具体的なことは伏せるが、彼の言う要領がいいは他の奴がしわ寄せを喰っていた。それでいて上司からは信用されていた。この「要領よく」のおっさんがしかるべき制裁を受けなければ全体がダメになったものと思われる。ともかく組織にはタダ乗りする人がいる。これは組織がでかくなればなるほど数が増え、摘発しにくくなり、また権限も大きくなることから災いも大きくなる。従って、大組織が数個あるのではなしに、小組織が多数個ある方が好ましいように思われる。小組織ならタダ乗りする人を摘発しやすいし、万が一、タダ乗りする人のせいで効率が悪化して組織が潰れても規模が比較的小さいので全体の損害は大組織が潰れるのに比べて軽くなる。ここで何を以ってタダ乗りというかという問題もある。一見、大して働いていないがその人がいるだけで職場の環境がよくなったりする不思議な人もいる。そういう人はむしろいて欲しい。働いてなくてかつ周りに悪影響を出している人は出ていって欲しいものである。働いていて周りにいい影響を出している人は言うまでもなく最上で、働いているが愚痴や不平不満など言ったり、同僚を蹴落とすような人は要注意人物である。手に余るなら出て行ってもらうしかない。
エロと勉学の日々017
2020年04月01日 09:56
一般的に言って、個人主義はその集団の生き残りに重点を置いた考え方である。個人主義では様々な人がいる。全体主義では個体差はほぼ無視されて全ての人が同様に扱われ、そのように扱われているうちに本当に個体差がなくなってくる。全体主義では、ある一人の人間がやられると同じやられ方で全体がやられ、ついには組織が崩壊する。それに比して個人主義では、ある一人の人間がやられても多様性があるので他の人間をやっつけるためには別の方法を考える必要がある。有名な話に分散投資の考え方がある。卵を10個持っていて一個20円で売ろうとたくらんでいるが一つだけのかごに入れるとその一つのかごを落としたら全部だめになる。そこで卵を分散する例えば卵二個ずつ五つのかごに入れる。するとどれか一つのかごを落としても、8つの卵が無事で卵一個25円で売ると元が取れる。仮に4つのかごを落としても一つのかごと二つの卵が残り、少し高いが一個100円で売ると問題ない。ある一つの型に分類される人間がいるのみであるのならそれが損害を受けるときは全体が受ける。仮に五種類の型に分類される人間がいるのなら、それが一つの型しかない場合よりも損害を受ける度合いが少ない。型の種類が増えるとなおさらである。
エロと勉学の日々018
2020年04月01日 09:58
蛇足だが、ここでは個人の性質について書いたが、居住地域を分散することによって生き残りを図るという考え方も古くからある。ユダヤ人を念頭に置くと、ロシアのポグロムや、ヒトラーのホロコーストなどは大打撃だったと思われるが、世界にくまなく分散していたおかげで全滅はしていない。地理的、個人主義的な分散と、宗教的、呉越同舟的な団結のバランスがいい。また、この分散と団結が世界規模での通商網を実現したのであり、リカード的な地域によって得意とする(低コストで生産できる)商品は異なり、それぞれ得意な商品を交易すればいいというのを商業で推し進める、より安い地域から商品を調達してそれぞれの地域でその地域の相場より安く売るというのを可能にしたのである。話は個人主義に戻る。生き残りに重点を置いた考え方だという説明に、中国の経済特区を引っ張ってくるのがいいのかもしれない。これらの場所では特例で他の地域とは違ったことができる。試験的に地域でやらせてみて、成果が挙がれば全体に応用しようというものである。成果が挙がらず失敗してもその地方だけの損害である。成果が挙がって全体に応用したらそれで終わりではなく、頃合いを見て再び新たな経済特区をつくる。絶え間なく分散と集合を繰り返す。個人主義で言うと個人主義と社会主義(全体主義)を繰り返すという事になりそうだが、社会主義(全体主義)の方が群れる人間の本性に合っているのでなじみやすい。そこで個人主義をあえて強調してバランスをとるのである。
エロと勉学の日々019
2020年04月01日 10:00
これまで個人主義を推してきたが、問題点も挙げたい。個人の満足と社会の満足は一致することもあるが異なることが多い。個人的に満足を最大化することと社会的な満足を最大化することは別の話である。社会に住んでいる以上、社会的な満足を個人の尊厳を損なわない範囲で最大化するのはその社会の正義である。しかしながら実際に社会を構成しているのは個人であり、社会を動かすには個人に注目する必要がある。先に述べたとおり個人と社会では目指すところが異なる。従って、いかに社会的な満足を最大化するのかだが、公平に物を考えられる人が社会のために立法して、個人の要望から確実に出てくる文句を回避するために国を旅に出るなどして出るか、共産がやっていたような永続革命。ある個人の要望が社会の要望と一致する時期だけその個人に協力し、社会の要望と合わなくなってきたら、その個人は切り捨てて、別の社会の要望と一致する個人を応援する。という事を繰り返して、社会の満足を最大化するという事が考えられる。これが考えられる方法だが、この方法は実際に存在する個人ではなくして、個人の目から見たら観念的な社会を優先する考え方である。個人は自律と運命の決定の主導権があるが何処にも所属しない場合、つまり人間集団の実態に自分の地位の根拠を置かない場合の社会は助けてくれない。
エロと勉学の日々020
2020年04月01日 10:01
日本の大久保利通などは官僚制を確立したが、彼をその地位に押し上げた士族の利益を無視した。自分で自分の支持基盤を切り捨てた。その結果、不平士族によって暗殺された。彼のやったことは讃えられている。真に愛国的な行動だったからだ。しかし、それは士族の利益ではなかった。大久保利通は偉大なる個人主義者だったが彼の行動は社会主義と両立していた。アンパンマンのやなせたかしが言うには「正義とは犠牲を伴うものなんだ」との事である。大久保利通の冥福を祈りたい。最後に述べるが、組織には後継者問題がある。いかなる個人も今のところ永遠には生きない。寿命が来れば死んでしまう。しかし、組織は個人よりは長生きすることが多い。そこで組織の次の人をどうするかという問題がある。階級が固定されている組織は保守的で新しいものを嫌う。新しいものが自分の地位を脅かすことが多いからだ。こういうことが要因になり遅れた集団になり、場合によっては他の組織に淘汰される。では組織などなく、優秀なものが勝ち抜いて統治すればいいかというと争いが激しくなりすぎて宜しくないように思える。また、その集団のドグマなどが伝授されにくい。従って、組織はあるがその階級が流動的であるのがよい。
エロと勉学の日々021~とりあえず終わり~
2020年04月01日 10:03
組織でよく問題になるのは力量のある創業者が他界すると、さしてパッとしないその創業者の子分が組織を動かすようになる。例外はあるが、多くは創業者についてきただけの凡人だ。苦難は乗り切れないが創業者の遺産でやりくりする。これでは問題なので、優秀な人を抜擢する必要がある。組織はあるがその階級が流動的であるために、まず知識を広く一般に開放することが重要ではないかと思われる。ある特権階級に知識が独占されると、先に述べた保守的で新しいものを嫌う集団になるし、独占された知識が特権階級のメンバーと相性がいいとは限らない。そうなると知識が生かされないという事になる。知識を広く一般に開放すると、独占された場合に比べて知識に接する人が多いのでその知識と相性のいい人がいる確率が上がる。そういう人が実力で上に行けるような、(本来、実力があったらどんな規制があろうと上に行ってしまうものだが、)構造を組織が持っていれば秩序だった形で活力を維持できる。これまで個人と集団の関係について述べてきたが、人が人として生きれる世の中を希望して書いてみた。まだまだ改良の余地はあるかもしれないが、少なくともこれが現時点での私の意見だ。この知識も独占されることなく一般に公開されることを希望する。
以上。

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