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<<   作成日時 : 2008/01/27 03:35   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 23 / トラックバック 5 / コメント 163

 シオン長老の議定書に関しては数年前に存在を知って入手できる本で読んでみました。 一般的に偽書とされているが、僕自身は無視できないと考えている。  世の中がこの通りに動いている様に感じられることが多いからです。

 概要は、
 縄文人さんのHP
 ★阿修羅♪プロトコール
 ゲームの達人
 等で読むことが出来ます。

 僕自身は、

  本:「国際ユダヤ人」 ヘンリー・フォード著 徳間書店 (1993/08)
    ISBN-10: 4193552675

  を入手して読みました。

-------------------------------------------------------------------------------------------

 議定書にあらわれた主要論旨は、あらゆる人類の秩序と国家権力を破壊して、無制限の支配権力を専用する新しい世界権力を打ちたてようとすることにある。

 議定書のなかに宣言されている網領計画は、フランスやイギリスだけでなく全ヨーロッパで、さらに合衆国でも今日まで着々と実行されつつあるのである。

 本計画が狙い定めているのは、本文でしばしば使用されている”非ユダヤ人”と称される世界各国民である。 本書に規定されている”自由”は、大部分が民衆の力を利用することを目的としており、しかも利用すると同時に彼らを頽廃させ、精神を惑乱させ、意思のない道具にしようと企図しているものばかりである。
(以上、「国際ユダヤ人」からの引用)

 ニューワールドオーダー(新世界秩序)に関しては反ロスチャイルド同盟の資料室の中の国連総会へのロックフェラーの手紙のなかに下記のアジェンダが出てきます。


----------------------------------------------------------------------------------------
AGENDA FOR THE NEW WORLD(新世界のためのアジェンダ)

1) 中東平和の完璧な、手のほどこしようのない瓦解。
2a) バチカンとエルサレムは、宗教テロリストたちによって破壊されるであろう。
2b) すべての宗教の世界的規模での崩壊。すべての宗教は禁止されるだろう。宗教は、家庭の外では、実践されることは出来ない、説教されることは出来ない
3) 世界中の平和と安全の宣言に続いて、国際連合は、臨時単一世界政府を樹立するであろう。
4) 新しい単一世界国家の市民が出現する。英国(グレート・ブリテン)、中国、米国、の政府は、突然、組織的に瓦解する。その他の世界は、アナーキー状態へ。善き意志と真実に従う者のみが生き残る。
5) 新しい政府機構は、十四万四千人(一四四、〇〇〇)のエリート官僚と六百万人プラスアルファーの役人が支配するであろう。
6) 新世界が創出されるにつれて、大量掃討作戦が開始されるであろう。経済システムは復活されるであろう。インフラストラクチャーは再建される。疾病と病気は消滅するであろう。年をとることは逆転するであろうし、年をとること自体がとまるであろう。一つの新しい復元された人間の家族が徐々に地球をパラダイスの状態にするであろう。


ロックフェラー・グローバル・コミュニケーションズ、オーストラリア
(週刊日本新聞編集部 翻訳)

----------------------------------------------------------------------------------------

 [ コメント ] すくなこともここで出てくる「パラダイス」とは、あくまでロックフェラー氏のためのパラダイス何でしょうね?

 少し飛びますが、国際連合のニューヨークの本部ビルは、ロックフェラー家の二代目である「J・D・ロックフェラー・ジュニア」の寄付された土地に立っています。

 ユダヤがハルマゲドン(世界最終戦争)のあと、ユダヤが全世界に絶対独裁帝国を確立するという目標があることは僕が以前ご紹介させていただいた本「ユダヤ問題入門」(太田龍著)でも指摘されていることです。 ただここで注意しなければいけないのは、ユダヤといっても一つではないということです。 イエス・キリストの時代、イエスが当時のユダヤのサンヘドリン(最高評議会)で実権を握っていたパリサイ派を「マムシの子らよ....、」と激しく糾弾したことは新約聖書に出てきますが、当時のユダヤの司祭・貴族集団の偽善というか権力維持のための治世のあり方をイエスが糾弾してイエスを慕う民衆が増えて、自分たちの権力基盤が危うくなりついにローマ総督のピラトにイエスを処刑させることに到るわけですが、イエス自身がユダヤ人(へブル人)であったわけです。
 したがって、ここで指摘されるユダヤも一部の権力集団と考えるのが正しいと思います。  

 議定書は、1897年にスイスのバーセルで開催された「シオン会議」のさいの講演を筆記したものであることは、今日ではほとんど確定的な事実である。 (「国際ユダヤ人」からの引用)

 僕自身は、この議定書は単なる扇動のための文章ではなく冷徹にユダヤ選民思想の元に対非ユダヤ人に対する支配、世界統一支配の最終目的を達成するための手段・方法論について記述されたものではないかと思います。

 では、第一議定〜第二十四議定までで構成されている議定書で僕自身が特に気になった点を少し指摘しながら眺めていきたいと思います。

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* シオン長老の議定書 その1 第一議定 〜 第二議定

* シオン長老の議定書 その2 第三議定 〜 第四議定

* シオン長老の議定書 その3 第五議定 〜 第六議定

* シオン長老の議定書 その4 第七議定 〜 第八議定

* シオン長老の議定書 その5 第九議定 〜 第十議定

* シオン長老の議定書 その6 第十一議定 〜 第十二議定

* シオン長老の議定書 その7 第十三議定 〜 第十四議定

* シオン長老の議定書 その8 第十五議定 〜 第十六議定

* シオン長老の議定書 その9 第十七議定 〜 第十八議定

* シオン長老の議定書 その10 第十九議定 〜 第二十議定

* シオン長老の議定書 その11 第二十一議定 〜 第二十二議定

* シオン長老の議定書 その12 第二十三議定 〜 第二十四議定



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「シオン長老の議定書」偽書説について
「ロシアの秘密警察が1920年代に偽造したと言われ」とあるが、記憶に拠れば、流布しているのは、ソ連時代ではなく帝政ロシア時代(1905年頃)の警察関係者の偽造説ではなかっただろうか?(ご存じの方フォローをお願いします) ...続きを見る
晴耕雨読
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京都議定書の議決内容について
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2008/02/11 03:35
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「どうする?マスコミ支配」シリーズでは、ここ数回、“マスコミが第一権力化したの... ...続きを見る
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:m116: 1945年(昭和20年)11月20日(水)の新聞記事 「日本支... ...続きを見る
日本を守るのに右も左もない
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 ブログはホームページに比べて簡単に情報発信できるツールですが、日記の如く記事が流されるので古い記事はそのまま廃れていってしまいます。 もちろん情報には鮮度というか賞味期限があるものですが、時を経ても重要度のそれほど変わらないものもあるのも事実ではないかとo....、  記事をより有効活用しやすいように過去記事をデータベース化したいと思いこのページを作ってみました。 ...続きを見る
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コメント(163件)

内 容 ニックネーム/日時
「日本を守るのに右も左もない」のkotaです。
トラックバックありがとうございます。
議定書が本物であろうと偽書であろうと中身は、ある意味人類の意識構造を見通した上で書かれていると思います。
ただ、本文にもコメントしましたが、500万年かけて形成された人類の本質である「共同性」については捨象されており、その意味では片手落ちであり、従って“彼ら”の構想する世界にはならないのではないかと思います。
そのあたりは、是非「るいネット」http://www.rui.jp/ もご覧ください。
kota
2008/02/12 22:36
koraさん
 コメントありがとうございます。 議定書で大事なのは、これを書いた人たちというか...、の基本的な思想が分かる点だと思います。
 僕自身も彼らの構想する世界にならないことを願っています。
 今後ともよろしくお願いいたします。
本が好き
2008/02/15 00:26
シオン長老の議定書」の真相(1)
                               
 現在もなおフリーメーソン指導部イルミナティことレプティリアン(爬虫類型ヒューマノイド)の変身体らによるグローバルな金権奴隷支配体制が続いており、ステルス足かせを嵌められた現代化奴隷オバマの登場も、ロックフェラーによる金融911に次ぐ第3の911という邪悪な仕組みの結果だった。
 こうした所謂ユダヤ・プログラムは、1773年の「シオン長老の議定書」の具体化である。
 ジョン・コールマン/太田龍「ロスチャイルドの密謀」(成甲書房07年1月)では、1773年にマイヤー・アムシェルが、フランクフルトで12人の金融資本家の参加を得た秘密会議で世界革命綱領として「シオン長老の議定書」を決定したとのW.G.カー「闇の世界史」での説を太田龍は否認している。まだ30歳そこそこのアムシェルでは出来ないとの理由である。
彼は英国ロスチャイルド2代目ライオネル・ロスチャイルドが書いたとのヘンリー・メイコウの推定説を主張している。(2へ続く)

たつまき 
2008/12/05 20:41
シオン長老の議定書」の真相(2)
                               
 しかし宇宙ブロックス管理界の教えによれば、M.アムシェルことレプティリアン(爬虫類型ヒューマノイド)のshape-shifter=変身体は当時30歳そこそこだったが、他の12人の国際金融資本家らは常日頃から必要を感じていたので、当時有力者だったレプティリアンの変身体の同意と参加呼びかけを得て、参集が可能になった。H.メイコウの推定説は尤もらしいが事実ではない。太田龍説は短絡思考の誤りである。
 かくて「シオン長老の議定書」は偽書ではなくて、本物である。本物だからこそ、支配的影響力をもってNWO=新世界秩序樹立戦略の推進力になっているのである。
 古来龍座ドラコニアン、配下トカゲ座レプティリアンの地球侵略・支配は、中国チベットのラサ地下にあるシャンバラに本部を構えて、彼らの変身体らイルミナティを使った金権奴隷支配により行われてきた。
 他の惑星の内部問題への干渉禁止に関する宇宙管理原則のこうした乱暴な侵害は許されない。彼らは地球から一掃される。
たつまき
2008/12/05 20:47
だいたいさいしょにシオン長老の議定書を「偽書」と決め付けたのは、ロスチャイルド系のタイムズ紙ってことから偽書説は意図されている。
みみ
2008/12/29 00:13
シオン賢者のプロトコルについては、ノーマンコーン著 内田樹訳で1986年にkkダイナッミクセラーズから成立過程を含めて詳細な研究成果が出版されています。B層をだます意匠としては、社会心理学的にも精神病理学的にも便利な代物のようで、手を変え、品を変え、使用されるため、取り扱いには注意が必要。
オシン
2009/11/22 01:16
思うのだがシオン長老の議定書は、インド人によって書かれたものではなかろうか?なぜかビシュヌ神が出てくる箇所があるし、平等はないという主張の所で、能力と人種による分業を説いている。これはインドのカースト制のことを言っているのではなかろうか?本日、4月1日なので思い切って書いてみた。反応を期待する。
陰謀研究者
2011/04/01 15:30
 何故か特に私は陰謀の被害にあっており、それに対処する日々を送るうちに陰謀の手口というものが分かるようになってきた。まさに私のこれまでの人生おける血と冷や汗と涙の結晶であるこの知識の記録を残すのはどうかと思ったが、よくよく考えてみると私の知識など今大手を振って世間を歩いている者に比べたら大した物ではないと思った。そこであえて記録に残す事によりこの手の知識の水準を底上げしようと考えた。その体験の3分の2ほどは忘れてしまったが(その手口を見たら思い出すだろう)その残りを残す事にも何かしらの意味があるだろう。吉と出るか凶とでるか分からないが一石投じてみようと思う。
1「首輪をつける」
 他人を使う際に重要な要素として、その人が自分もしくは職務に忠実かどうかが問題になる。そこで首輪をつける。具体的には政治的に自分に依存させるようにする。スキャンダルを握ったり、孤立させたり、ともかく相手の弱みを握る(私が見てきたものは何故か相手に弱みを握られている事を知らせないものが多かった)。相手が裏切ったら、この弱みを発動させ相手を失脚させる。ホリエモンの拝金という本によるとおっさんを裏切ったら、不正取引で捕まったという話が載っていた。うがった見方をすればこの不正取引はおっさんが埋伏させていたものだろう。会社においては「ポイズンピル」と呼ばれるやり方がこれに似ているだろう。また「俺は会社が無くなれば何もないのだよ」といっている人もいたが、これは政治的に会社に依存しているといえるだろう。
我が妄想ー陰謀研究者のブルーデイ001
2012/04/01 09:25
2 「選択肢を縮める」
 人には選択の自由があるという。多分アメリカだと思うが、私の将来の進路をだんだん潰していき、アメリカに来てくれと言わんばかりになっており、立身しようとすればアメリカに行くのが合理的な状態になっている。他の進路は潰されてしまった。今回もTTP(我が家は農家)で、今いるところ事態も怪しくなってきている。こんな形で選んだ進路が本当に自分の意志で選んだといえるだろうか?出世を断念するのが自分をより尊重する事になりはしないだろうか?まあ、いつまでもこんな状態が続くわけではないだろう、機会がなければあきらめるが、機会があればそれなりに活動しよう。
3 「2つのうちから選ばせる」
 上に近いのだが、選択肢を絞って2つのうちどちらがいいかを選ばせる。近所の工場の話だが仕事がなくなって中国行くか、北海道行くかどっちがいい?と聞かれたそうだ。その人は北海道を選んだそうだが、こういう風に聞かれるとほぼ全員が北海道を選ぶのでなかろうか?しかも、故郷を離れて行くという事がもう確定してしまっているような聞き方だ。1つの要求を通すのは骨が折れるが、2つの要求をいっぺんに通すのは比較的たやすい事らしい。この場合故郷を出てどっちかに行けと二つ要求している。
4 「鍋修理法」
 中国の話(何故か策略めいたものが多い)だが、ある鍋屋に、客が壊れた鍋を持ってきて修理してほしいといってきた。鍋屋は分かったと言ったが、お客が余所見をしているうちに鍋を岩にぶつけて穴を大きくした。お客が気付くと、焦げを落としたらこんなに大きい穴があいていましたよといってその鍋を修理し、お客は鍋が直ったので喜び、鍋屋も修理代を受け取って喜んだ。という話だ。これは、害虫駆除や医者、設備工事などで応用されうるものであるが、されたほうはたまったものではない。
我が妄想002
2012/04/01 09:26
5 「ヤガラ切断法」
 これも中国の話だが、矢が刺さったので外科医のところへ行くと、医者は矢の幹の部分だけを鋸で切り取って治療代を請求した。なぜ矢尻を取り出さないのかと問えば、後は内科の仕事だからそちらへ行け。こういう話である。体裁だけ取り繕って根本的なところはよそに回すという手口だ。かつての日本でも見られたように思われる。
6 「ペイオフ」
 ペイオフで有名なのは銀行がらみで、一つの銀行に付き一千万円までしか保証してくれなくなった事だと思うが、詐欺の用語としても同じ言葉がある。恐らくもう手に入れるのは至難の業になっていると思われる「詐欺師入門」という本によると「ペイオフ」とは絶対に勝てるギャンブルがあると信じ込ませて金を巻き上げるという手口なのだそうだ。最近、ニュースなどで未公開株に関連した詐欺などが放送されているようだが、これに当たるだろう。この未公開株だがこういう事をやられると真面目に起業しようとしている奴までとばっちり食らう。
我が妄想003
2012/04/01 09:27
7 「顔を盗るー其の壱―」
 本来なら一番初めに上げるべきだったのかもしれないが、これは実に頻繁に行われている策略である。特に何故か私の顔が盗られているように思われる。特に多いのは車関連だが、一番悪いのは広告会社か?具体的には特徴を(よく言えば)真似をしたりイメージを真似したりなどである。これで分かるだろうか?最近ではアメリカのモルモン教徒のロムニー氏などが私の顔を盗っているように思われる。(読者の研究に期待する)実利的な面を見ると、どうもこの事から判断するに私は結構有名人でかつ、人気があるほうなのではなかろうか。だから私の顔を盗る事によって私の支持者に車を売ったり、全然私が知りもしない政治家に投票させたり、全く関係のないいかがわしい団体(共産など)に入らせたりしているのでなかろうか?車が売れても私は一円も儲からないし、アメリカの政治家が当選しても私にはほぼ関係がない、いかがわしい団体に入ると本人にとってよくないだろう。
我が妄想004
2012/04/01 09:29
8 「顔を盗るー其の弐−」
 初期の頃(20代前半頃)は私もまだまだやんちゃな方だったのだ。顔を盗られたのに腹が立って、報復として自分のイメージが落ちるような事をした。こうすれば当然顔を盗っている奴のイメージも落ちる。むしろ、規模の小さな私に対する報復を代わりに顔を盗っている奴が受けていただろう。何かとこの事に関して屁理屈があるかもしれないが、反応を見るに善意からではなく、間違いなく悪意から私の顔を盗っていた。今なぜイメージダウンをやらないのかというと、一通りやる事はやってしまっていて自分という人間がどういうものか、社会的に決まってしまっているからだ。(共産を嫌う人間が悪人だったら世の中良くならないだろう)こんな私に対して仕掛けているのが上の主に車の宣伝と政治家の宣伝、いかがわしい団体の宣伝である。これらが悪いモノだったら、私のイメージが打撃を受けるだろう。顔を盗ってそのイメージを貶めるというのもよくある手口だ。追記。尚、これとは逆に私をかばってくれていたような例もあったが、生かさず殺さずの状態になりむしろキツイ。いったん潰れればいつか再起を謀れようというものだがどうであろうか。
我が妄想005
2012/04/01 09:30
9 「顔を盗るーその参―」
 朝日(アサヒ)と関係があるのか不明だが、インターネットに朝目新聞(アサメ新聞)というホームページがある。そこのアサメグラフというページにグロイ漫画が載っているのだが、その中に「狂アンパンマン」という特集がある。アンパンマンというのは変わったヒーローで、腹をすかせているキャラクターにアンパンである自分の顔をあげたりする。私の話になるが顔をあげていたのではない。盗られていたのであるにもかかわらずアンパンマンと呼ばれた事がある。「狂アンパンマン」ではしばしば(アンパンマンのライバルである)バイキンマンとアンパンマンの価値が置き換わるにつれて摩り替わっている。アンパンマンが人気あるときは自分をアンパンマン扱いし、アンチテーゼであるバイキンマンが変わって人気がでてきたときは自分をバイキンマン扱いする。キャラクターを見ていると混乱するが人間を見れば一貫して誰がよくて誰が悪いか分かるだろう。ここでもう一つとして、顔を盗るのだが、自分が盗るのではなしに漫画などのキャラクターに盗らせる。そして、そのキャラクターを使う事によって自分やその製品を売り込んだり、イメージに損害を加えたりする。ちなみにアサメグラフだが私を盗聴盗撮していたような節がある。しかし情報源としては悪くはなかった。
我が妄想006
2012/04/01 09:31
10 「オカルトか?」
 呪の藁人形というものがある。その人形を手順に従って釘をガンガン打ち込むと、その呪われた相手も藁人形と同じようにダメージを受けるというものだ。上の顔を盗るの応用だと思うが、偽者が勝手に好き放題活動して色々と問題を抱えてくる。その偽者の境遇に似た環境をターゲット(本物)の周りに作り出し、ターゲットの行動を見てその偽者は真似をして行動し、問題を解決していく。偽物が攻撃を受けるとターゲットにも同じような攻撃をし、反応を見るというのもあった。もちろんかつてターゲットになっていたのは私で散々こき使われ引きずりまわされたが、その分知識は増えた。この策略のポイントは知識のある相手に頼んで教えてもらうのではなく、知識のある相手が自分の問題(環境のコントロールによって作られた問題)を自分で解決しようとする自然な傾向を利用するところだ。当然腹が立つ。こういう状態に置かれたら、まず可能な範囲でできるだけ助かろうとしない事である。これにより偽者も助からない。
11 「孫子より」
 孫子にはこうある。「その愛するところを奪えばすなわち聞かん」またこうもある「愛民は煩わされるなり」始め愛民(同じ国民を愛する事といってもよいか?)がなぜ煩わされるのか分からなかった。せいぜい捨て駒に使うのに気が引けるからだろうと思っていたが、そうではなかった。愛民の状態にあると、その愛するところである民を人質にとられて煩わされるのだ。何回かこの手の判断を迫られその都度見捨ててきた。話は戻る。その愛するところとは何も民だけではない。人間関係や社会的な地位、財産や環境だったりする。そういったものを攻められて、それを救おうとしてこちらの体勢が暴露した所を攻められるのだ。古い書物だが実際に使うかどうかは別にして(使われたが)研究するのは楽しいものがある。
我が妄想007
2012/04/01 09:31
12 「呪術師の信仰―その壱―」
上にあげた10、11によく似た事柄に古い呪術師の信仰のあり方がある。私の知る限り大きく分けて三通りある。まず一つ。「拝み倒す」神を大切に扱ったらその後利益があるだろうという考え方である。これは比較的穏やかな行いで、何も呪術師だけでなく。現代の信心深い人も行っている事である。かすかな記憶によると、神の生産性の力を発揮してもらうために、自らの生産物や生産性(髪の毛や、髭など)を神に捧げるといった考え方があったようだ。こういう意味ではギブアンドテイクなのかもしれない。
13 「呪術師の信仰―その弐―」
これはやや不穏なやり口だが上の11に若干似ている。「哀れみをかう」例えば雨が降らない場合、雨を降らしてもらうために呪術的な行いをするのだが、具体的にはたぶんカエルだったと思うが、何かしらの動物を苦しめて雨が降ったらその動物が助かるようにしておくというものだ。これは今の社会で頻繁に見かける。先ほどの孫子でいうと(この場合神が)愛するであろうところを攻めているわけだ。
14 「呪術師の信仰―その参―」
これは信仰と言えるのかどうか分からないが、神にその力があると考えている点で信仰があるとは言えなくもない。「自分を助けさせる」例えばこれも雨にしておこう。雨が降らない場合その神の像を、雨を降らせろといってドブの中に放り込んだりする。雨が降れば元の場所に戻しまた元通り敬う。これは日本でも見られるのだそうだ。
我が妄想008
2012/04/01 09:32
15 「パブロフの犬―その壱―」
 犬の条件反射の話なのだが、残念ながら人間にもある程度当てはまってしまうようだ。アーサーケストラー氏が「機械の中の幽霊」という本を出している。その中で否定している命題があるのだが、相当強烈な精神力を持っていないとその否定が正しいとは言えなくなるよう思う。主に四つ挙げているのだが意味がありそうなものをあげると、1心の発展はランダムな試行が「強化」によって保存された結果である。2人間を含めて全ての生物は、本質的には環境に支配された受動的な自動機械であり、その生活における唯一の目的は、適応的な反応によって緊張を減少する事である。この二つを挙げてみる。これがもう少し進むと「心理学のただ一つの任務は行動の予言と支配である。内省はもはや心理学の方法の一部をなすことはない」という風になってくる。この枠にはめていく事も一つのやり口である。
16 「パブロフの犬―その弐―」
 上をわかりやすく解釈すると、つまり快の感情を想起する刺激を求め、不快の感情を刺激する事を避ける。この感情的な「強化」蓄積が心の発展であると言っているのだと考えられる。(どう考えても人間ではないように思うのだがある程度当てはまるようだ)また環境に支配されるというが共産的ではないか。人は環境だけではなく内面の意志によって環境を変えていく事も可能なのである。受動的ではない。しかしながら、法家の思想の一つである「韓非子」によると君主は賞と罰の二つを使って国を統治していかねばならないという。これなんぞはパブロフ式の調教のような物ではないか。しかしながらこの思考が当時の覇を獲ったのだ。(崩壊も早かったが!)
我が妄想009
2012/04/01 09:33
17 「入れ替わり」
上の10「オカルトか?」に近いのだが入れ替わりというものがある。昔の映画や漫画、ドラマなどで特定の2人の精神が入れ替わり、どたばたするという見慣れたものだ。もちろん精神が入れ替わるなんて事は現実に起きない(少なくとも私はそう思う)。現実にあるのはイメージや過去の経験の摩り替わりだ。例えば朝鮮に関して、終戦時に朝鮮人が朝鮮進駐軍と称して乱暴狼藉を働いていたのだが、我々日本人からこの記憶はほぼ忘れ去られて、むしろ従軍慰安婦問題で朝鮮人に被害を加えた事になっている。加害者と被害者が入れ替わっているのだ。さらに周到な事に力道山(朝鮮人)が悪役白人レスラーをやっつけるヒーローとしてやらせの格闘技をやり、朝鮮人に対する憎悪を和らげていた。(日露戦争に勝った日本人がかつては黄色人種のヒーローだった。ここでもかつての日本人と力道山がイメージの点で入れ替わっている)さらにパチンコ店(朝鮮進駐軍が駅前の一等地を不法に占拠して跡地に造ったのだそうだ)では日本人にとって愛国的な軍艦行進曲を勝手に使い、朝鮮人という自らの卑賤な出自をオブラートに包み込んで抵抗が少ないようにしていた。話がそれた、入れ替わりの話だ。まともな奴と入れ替わるのならよいが、酷い奴と入れ替わると酷い目に会う。これを仕掛けている奴は、争っている2人の仲を取り持とうとしているのかもしれない。しかし、争いというものは片方、もしくは両方に問題があるからおきるのだ。それを強引にくっつけようというのは現場の事情をよく知らないということだろう。確かに摩り替われば相手の事が自分の事になるので自分を守るために少なくとも相手を悪くは言わなくなるだろう。しかし、それで問題が解決するだろうか?問題が残ったまま仲良くなるというのは時限爆弾を抱えているようなものではなかろうか?ともかくこの世には摩り替わりというものがある。
我が妄想010
2012/04/01 09:33
18「パブロフの犬―その参―」
 前置きが長くなったが、後もう一つ関連があることを触れておこう。史記という本にでてくるのだが、リシという人が出てくるこの人は非業の死を遂げたのだが、いろいろあって無実の罪でブタ箱に入れられた。散々拷問されて痛みに耐えかねて、無実の罪に服した。が自殺はしなかった。皇帝に話せば分かってもらえると考えていたのだ。そこで上書を出したのだがチョウコウという人が役人に言いつけ破り捨てて取り次がなかった。チョウコウは自分の部下を使い身分を皇帝の部下と偽らせて、かわるがわる行ってリシを反復尋問させた。リシはこれを真に受けて実を告げたので、チョウコウは人をやって鞭打たせた。そういうことが数回あった後に、皇帝は使者を遣わしてリシを験問させたが、リシは前のとおりと思い諦め、ついに訴えようとせず罪に服した。こういう話なのだが卑近な事で恐縮だが似たような目にあった。もちろん私はこの話を知っていたので意見を曲げなかったが、今から思えば密度の高い生活だった。私は金豚(金正日)を嫌っていたのだ。先にあげた17「摩り替わり」から(金豚の方は私の顔が張り付いていたのかどうかはわからないが)私のほうはがっちり金豚の顔が張り付いていた。金豚の非難をすると、どこかの誰かが私の非難をする。「(私のことはかまわんから)殺れー」といったら街宣車なり救急車なりが猛烈に近所にやってきた。大体私はどこの団体にも入っていないのに何でここまで目をつけられなければならないのかと思ったが、処世して行くしかない。
我が妄想011
2012/04/01 09:34
19 「パブロフの犬―その四―」
単純に条件反射を誘うというものもある。大体の人は自分のことを言われるとぎくりとするものだ。そこで朝鮮人を判別するために使っていたのだが、この条件付けが広く行われるようになりこのやり方では判別しにくくなった。ここでいう条件付けとはテレビなので朝鮮人とは関係のない日本人に朝鮮人というレッテルを貼り付け、繰り返し印象付ける事により日本人であるにもかかわらず、朝鮮人という言葉に反応してしまうようになる事だ。何も朝鮮人だけでなく他にもいろいろある(宇宙人など)。頻繁に使われるやりくちだ。朝鮮人を判別するための次の手も考えてあるが、遺伝子など調べてみるのが最も適当なのかもしれない。
20「競争させる―その壱―」
 これは陰謀というより今の世の中の基盤になっているものだが、複数の人を競争させてより水準の高いものを生み出そうとするものだ。これには裏の論理もあり、例えばA,B,Cの三人がいて強い順にA→B→Cだったとする。ここでAにとって問題になるのはBとCが結託してAに挑戦してくる事である。そこでBとCを競争させてAに挑戦してこないようにするというものだ。
我が妄想012
2012/04/01 09:34
21 「競争させる―その弐―」
 ここで次のような話をちょくちょく聞く。願いが叶うというものがあり、それをめぐって殺し合いをするという話だ。仮面ライダーのシリーズでもあった様だし、フェイトゼロという願いがかなうとされている聖杯をめぐって殺し合いをするといったものもある。(聖杯については私見があるがここでは関係がないので書かない)これらが実際に行われていたとすると、これは20で述べたように願いがかなうという餌で釣って脅威になる者を争わせ、支配者(多分森の王。フレイザー著「金枝篇」参照)から見た不穏分子の数を減らそうとしているのでないかと思われる。勝ち残る奴はいるかもしれないが、徹底的に不利な立場にたたされる。本当に願いをかなえてくれるとしても、不老不死だとか世界の平和だとか実現不可能かもしくは困難な願いを持っている奴はどさくさにまぎれて抹殺され、実現可能な願いを持っている奴が残るる事になるだろう。ホラ吹きのフリーメーソンの言うことなど信用しろというほうに無理があるのでなかろうか?そんな下らんゲームに参加するよりも同じ殺すなら素直に森の王(「金枝篇」参照)を獲りに行った方がよっぽど報われるのでなかろうか。
22 「競争させる―その参―」
 組織においてある一つのポストがある。一人に任せると職権乱用や忠誠度が薄くなるなどの弊害が予測される。そこで一つのポストに2人以上の人間を起用し落ち着かない状態にしておく。指揮系統の統一の面では問題があり下の人は苦労するかもしれないが、上にはこういう事情があるのだ。現場の声も大事だがトップがまともならそれなりの考えがあることがある。
我が妄想013
2012/04/01 09:35
23 「思想の操作―その壱―」
 ある程度の知識がある人なら、まず考えがあってその考えに基づいて行動する。たまに考えがなくても行動する奴もいるが本文書で書くことを知っている人は、そういった人(三国志で出てくる張飛のような男)をあながちバカだとはいえないだろう。また印象で動く人もおり、その印象も操作されている場合がある(本文書にこれまで書いていた事を見れば分かるだろう)。具体的な例としてファッション関係やかつてのパソコン雑誌などがそうだった、これらの雑誌ではより高い商品を買う事がかっこよく、クールで個性的、かつステータスが高いとされている。根拠は何かと考えてみたがやはりその背景にある財力のアピールにあるように思う。要するにバカにされたくなかったら金を使えということなのだろう。どうも同調しがたい。金持ちならやってもいいかもしれないが、私は服よりも本が欲しいのだ。文句をいわれる筋合いはない。
我が妄想014
2012/04/01 09:36
24 「思想の操作−その弐−」
 「まずい言葉を消す」 思想の操作をよく行うのはユダヤ人だと思うが、彼らの敵対者もよく行うようだ。まずユダヤ人の話を取り上げようと思う。ヘルムの話だ。町の名前なのだがバカばっかりが住んでいるとされる。以下引用する。・・・一人の賢者がヘルムの人々は十分な教育を受けていないので「危機」の意味が解っていないという見解を示した。そして、「危機」という言葉を禁じる規則を制定しよう、と提案した。言葉がなければ「危機」である事がわからない。問題は解決だ。・・・この前後も色々面白い事をいっているがここで取り上げたいのはこの部分だ。問題は解決していないのだが、思想面で重要な概念が取り除かれ、問題が解決してない事によりみんな不満なのだが、なぜ不満なのか分からなくなっているという事だ。理由の分からない不満はこういったことも絡んでいるのかもしれない。蛇足になるがユダヤ人がこの話の出所だけあって、彼らはしばしば問題にぶつかると新しい言葉(概念)を作り出そうとする傾向があるように思われる。アインシュタインの不発に終わったが宇宙項や、アーサーケストラー氏のホロンなどがこれに当たるだろう。
我が妄想015
2012/04/01 09:37
25 「思想の操作―その参―」
 「摩り替える」ユダヤ人の金持ちがゲットーに住んでいたのだそうだ。するとある日、大勢の暴漢がやってきてユダヤ人を襲撃しようとした。するとその金持ちは「あなた達が欲しいのはお金でしょう。私は幸い皆様方に金貨一枚づつ差し上げるだけの金貨を持っていますそれを皆様方に差し上げます」と言い金貨を暴漢に配り、暴漢たちは納得して帰っていった。という話だ。これは非常に知的である。要は「ユダヤ人をやっつけ」に来た暴漢の考えを「金が欲しい」に摩り替えた。(金は要らんと言う奴は少ないだろう。少なくとも否定されない代案だ)そして、その摩り替えた路線に則って金を配り帰ってもらったということだ。あとユダヤ人に限らないが、議論において「論点のすり替え」というものもある。やり口は上とほぼ同じだ。
我が妄想016
2012/04/01 09:37
26 「思想の操作―その四―」
 ユダヤ人の敵対者が書いたと思われる本に「シオン長老の議定書」というものがある。本書はヒトラーも信じたし、アメリカ人のフォード氏も信じた本(フォード氏はこれによりばか者扱いされ、裁判を起こしたようだ。詳細はナポレオンヒルが書いている)だ。これは知的に示唆が富み、考えれば考えるほど面白い本だ。まず外人を指す言葉に「ゴイム」という言葉がある。ユダヤ人の筋では「国々」という意味らしいのだが、本書では「豚もしくは家畜人間」という意味だと書かれている。どっちが正しいのか考えてみるに「豚」呼ばわりされていたのは(マラーノなど)ユダヤ人の方であって、そのユダヤ人が外人の事を豚などというだろうか?ないとは言えないがあまりなさそうな事である。しかしながら、(ゴイム)は(ゴーレム)に音が似ているので、豚はともかくとして家畜人間の方は可能性として捨てきれないよう思う。あと細かい事はあるが大筋で見て本書は独裁制を志向しており、民主制を志向しているユダヤ人とは方向が逆である。例をあげると・・学校において唯一の本当の学問、一番初めに教えるべき学問は、人類生活、社会生活の組織の事であるが、それには仕事の分業が必要となり、従って階級と種族による人民の類別が必要となってくる仕事の種類が様々な性質を持っているから、平等という事は存在しえない・・であるが、ここで引っかかるのは階級と種族、そう種族の類別が必要になるとかかれている点である。インドのカースト制に似ていないだろうか?本書の別の個所にインドのビシュヌ神が出てくる。なぜビシュヌなのか?一神教のユダヤ人が一神教の立場から見れば悪魔に等しい多神教の神を挙げたりするだろうか?
我が妄想017
2012/04/01 09:39
皆無といえないにせよ引っかかる個所である。仮にインド人が書いたと仮定しよう。そうするとインド人は自らの政体の理論的補強と、政敵であるユダヤ人の抹殺を本書において同時に謀った事となる。あと積もるところもあるが、思想の重要さがこれにより分かるのでなかろうかと思う。
27 「ダブルミーニング−その壱―」
 ひとつの言葉で二つの意味を指すことをこういう。(何も二つでなくても複数ならよいと思うが)かっこよく言えばこうなのだが平たく言えば駄洒落であり、親父ギャグであり、くそ面白くも何ともないものだ。例としてはカヨウコンサート(歌謡コンサート、火曜コンサート)、カメ(亀、甕)、カッパ(河童、レインコートのカッパ)などがある。私は始めこれらがものすごく悪意に満ちているように感じられたが、気のせいだったのだろうか?まあこういうのもあるということだ。
28 「ダブルミーニングーその弐―」
またキーになる言葉を別の意味で表し、その本当の解釈を妨げようとするものもしばしば見かける。例えば女性の胸を意味する「バスト」だが、猫の女神バステトの事を「バスト」といったりする。また、(オタクの一種だろうが)何かに熱を上げている人のことを「マニア」というが、子供を怖がらせる悪霊の事を同じく「マニア」というのだそうだ。上の27のカメとカッパなども程度は落ちるがこの手のものであるかも知れない。
我が妄想018
2012/04/01 09:39
29 「包囲する」
 何だったか忘れたが、何かの本に「朱に交われば赤くなる」と書いてあった。意味は善人と接していると善人になる傾向があり、頭のいい奴と接しているといくらか頭がよくなる傾向があるといったものだ。ここで皇帝がいるとする。この皇帝をよくするためにはどうしたらいいだろうか?答の一つは皇帝の周りをいい奴で固める事だ。では悪くしようと思えばどうすればいいだろうか?この答の一つは皇帝の周りを悪い奴で固める事である。少し前から耳にする事に「何某氏を囲む会」(最近では渡部昇一先生を囲む会など)といったものがある。まるで包囲しているような言い草ではないか。実際渡部氏には私のほうからは好感を持っているのだが、渡部氏の方からは私に至る筋に否定的な考えが植え付けられているように見受けられる。多分実際に何かがあってその結果からそう考えているのだと思うが、人間というものの限界を感じさせる事柄だ。
我が妄想019
2012/04/01 09:40
・・・終わりに・・・
 いろいろ書いているうちにいくつか思い出し大体受けた経験の半分ほどは書けたように思われえる。あまり書くと孫子を少し書いてしまったが軍略まで書かなくてはならなくなってしまう。兵は凶事であるので自分の頭の中にだけにしまっておくべき物だ。何で軍略につながるのかあえて言うと、これも孫子だが「兵は詐を以って立つ」とあり、相手を欺き追い込んでいくのが軍略の基本的な考え方であるからだ。この文章はこれで終わるが、関心がありヒマな人は、三十六計とか、孫子呉子とか、六韜三略とか、マキアベリの君主論、政略論、歴史書としてはヘロドトスの歴史や、史記、戦国策、日本外史などを読んでみてはどうかと思う。尚、詳細は忘れたがインドが植民地になる際、イギリス軍がインドにいたのだがインド人はそのイギリスの軍隊の力でライバルを蹴落とそうと互いに策略をめぐらせたのだそうだ。結果は先に挙げたようにイギリスの植民地になったという事だ。策謀もある程度知っておかなくてはならないが、自分に実力をつけさせるというのも大事な事である。
以上
我が妄想020ーとりあえず終わりー
2012/04/01 09:41
出所はロシア情報部です、事実と間違いそうな普通のディスインフォメーションです。
jぢゅうy
2012/06/13 12:43
・ 本掲示板は陰謀についてかかれているようだが、陰謀も交えて処世の話をしたい(大体こんなページを見るような奴は人付き合いが下手だろう。私も下手だがそれでも人付き合いに関していくらか読者の足しにはなるだろう)。少しきついものも書こうと思えば書けるが、そんなものを書いたところで読者の大半は使いこなせないだろうし、むしろ害があるように思われる。そこで穏当と私が考えるものでデールカーネギー氏の書いた「人を動かす」という本にそって話を進めていきたいと思う。かなり有名な本なので知っている人は知っていると考えられるので、単に紹介するのでなく私の考えも混ぜながら紹介していきたい。もちろん読者が本書を買って読まれるのがもっとも手っ取り早いかもしれない。では始める。こういうのは重要なものから書かれているのだろうか?それとも最後で盛り上がるのだろうか?少し読み返してみるに、初めから終わりまでなかなかいいことを言っている。全文書を掲載するのは骨が折れるので、要点だけ順番に取り上げていきたい。
エロース〜我妄想の続き〜001
2013/04/01 12:06
「批判も非難もしない。苦情も言わない」。人を非難する前に相手を理解する事に努めようではないかということだ。私はこれを真に受けてやった。すると確かに人間関係はうまく行ったが、周りの関係もある程度上手くいくようになったようで、副産物として、自分の実力を過大に評価する自意識過剰な奴がいたるところで発生した。私は苦々しく思ったが、それでも人間関係は上手く行っていた。またこの相手を理解する、相手の立場にたって考えるというところを突きつめたのが「上から目線」と揶揄されるものの見方だった。相手が一人の場合は上から目線とは言わないが、2人3人と増えるにつれ、彼らの事を考えるにつれ「上から目線」へと発達していった。だからもともとは世間で言われるような非人道的なものではなく、人間愛が出発点になっているのだ。
エロース002
2013/04/01 12:07
「率直で誠実な評価を与える」。つまりお世辞を言えという事だが、嘘を言ってはいけないという。本気でそう思う事を言えというのだ。これはあまり難しくないが、他人を悪い様にばっかり思っている奴には出来ないだろう。かといって性格を変えろというのもおかしな話だ(悪すぎる場合は別だが)。
エロース003
2013/04/01 12:08
「強い欲求を起こさせる」。本書にフロイトの言葉が載っており「人間のあらゆる行動は、二つの動機から発する。−すなわち、性の衝動と、偉くなりたいとの願望がこれである。」ジョン・デューイ氏の言葉もあり「人間の持つもっとも根強い衝動は“重要人物たらんとする欲求”だ」またこんな言葉もある「人間のもつ性情のうちでもっとも強いのは、他人に認められる事を渇望する気持ちである」とある。なおこのようにも書いてある。「自己の重要感を満足させる方法は、人それぞれに違っており、その方法を聞けば、その人物がどういう人間であるかが分かる。」私個人としては散々な目に遭い、他人の評価が取るに足りないもののように感じられるようになっている。つきつめれば神が良しとする少なくとも反対しないような事をやればいいように思っている。話は戻る。この「重要人物になりたいという欲求」が私の調和した人間関係のネットワークに動力を加える事となった。相変わらずこの調和環境において自分の実力を過大評価する奴がおり、彼らの発生を始め苦々しく思っていたのだが目的を与えて方向付け、彼らの派生が多少なりとの意味があるもの社会に貢献するようなものと位置付け苦にならないようにした。少なくとも初期の頃は善意で運営されていたのだ。次が人に好かれる六原則、
エロース004
2013/04/01 12:09
第一「誠実な関心を寄せる」。要するに相手に興味を持つことだと思うが、ここで単なる関心でなく、『誠実な』関心とかいてあるところがみそである。要するに何が言いたいのかといえば、関心をもたれても盗聴、盗撮、スパイ、不法侵入などされるとむしろ腹が立つのだ。そういう奴が友達であるといえるだろうか?マキアベリは「武力(実力なり才能なりとも個人のレベルでは解釈できる)のあるものは友人に困らない」といったような意味のことを言っているが、私が出くわしたのは私のささやかな人間関係のネットワークを利用しようとする奴や、私個人を利用しようとし友達面する奴などであった。これが友達といえるのだろうか?マキアベリの言っている友達は利益に預かろうとする奴で友情とは程遠いものがあるのでなかろうか?
エロース005
2013/04/01 12:10
第二「笑顔を忘れない」。微笑みかければ相手の気分もよくなるということだろう。私はむしろ他人を笑わせるのが数少ない楽しみの一つであった。これは副作用として、人間鑑定の一助にもなった。どういうので笑うか分かれば相手の性格における大体の傾向もわかろうというものだ。これは今から思えば精度が高かった。
エロース006
2013/04/01 12:11
第三「名前を覚える」。私は相手の顔や特徴、性格は大体覚えているのだが名前を覚えるのは一苦労する。果たしてそれがわたしの研究に役に立つのか?しかし、礼儀として覚える事は努力しなければならない。本書によると「人間は自分の名前に非常な誇りを持っているもので、何とかそれを後世に残そうとする。」「名前は、当人にとって、最も快い、もっとも大切な響きを持つ言葉である」とか書いてある。少し前の話だがやたらとテレビや新聞やラジオで「田中さん田中さん」と頻繁に言われたものだ。見てみると凶悪犯や痴漢などのことを言っているようだった。こんな風に呼ばれたらとてもじゃないがいい響きとは思えなくなる。ごく最近では私の名は「田中信也」だというのだが、芥川賞をとった奴に同じ音で「田中慎弥(字が間違っていたらすまない)」というのがいた。どうも私の行動を予測したような振る舞いをしていた。「賞をもらって当然だ」とかだ。彼もボコボコにたたかれたようだが、人間はもう少し謙虚でなければならない。発信源に問題があるかもしれないが毛沢東がそういっている。なお、あまりに「しんしん」言われたので、私の名前はもはや私のことではなく、何か一種の記号のように感じるようになった。響きがいいとはいえない。
エロース007
2013/04/01 12:11
第四「聞き手にまわる」。これもたやすく出来る。私は情報に飢えているのだ。相手も自分の知っている事を大概は離したがっているものだし、利害が一致する。しかしながら、知ったかぶりの説教は聴いていて苦痛だ。本人は上機嫌なのだが、何でそんなつまらない事を長時間聞かねばならないのだろうか?創価学会の信者だがそういう奴もいる。これも一応相手のことを考えろという思考の一種で、こんな言葉も紹介されている「自分の事だけしか考えない人間は、教養のない人間である。たとえ、どれほど教育を受けても、教養が身につかない人間である」ニコラス・バトラー博士。面接試験で受けるような一般教養とは似て非なるものであることが分かるだろう。
エロース008
2013/04/01 12:12
第五「相手の関心を見抜いて話題にする」。これも相手のことを考えるということだが、いやな奴がいた。相手が話すことにことごとく「僕もそうなのですよ」といって合わせる奴だ。十五人ほどの人間がいたのだが、その誰に対してもことごとく「僕もそうなのですよ」と言っていた。当然矛盾が出ているのだが気付いていたのだろうか?私はこれまでの経験からある程度人の善し悪しが分かるようになっているのだが、明らかにダークサイドの奴だった。よくあった事で今も若干被害にあっているが私を孤立させて私の周りに手を伸ばし、私が彼らに接触するとそれをパイプに接近して私と少なくとも普通より深い関係をもとうとするやり口だ。これは頻繁に仕掛けられたが、そんな下種な奴は嫌だった(大概、悪い縁が付きまとっている)のと、勉強の時間が欲しかった(一体そんな奴となんの話をするというのかね?)ので孤立の道を選んだ。
エロース009
2013/04/01 12:13
第六「重要感を与える−誠意を込めて」だ、相手に重要感を持たせる方法として、心から誉めるという事を言っている。チヤールズ・シュワッブが言っている言葉として“心から認め、惜しみなく誉められ”たいと私たちはみな思っているというのがある。聖書の黄金律(人にして欲しい事を、人にしてやる)にしたがって、人を誉めてやれということだ。これははじめの方にでてきた「本当にそう思っている事のお世辞をいえ」というのに近いだろう。もうだいぶん書き込んだと思うが次に行こう。
エロース010
2013/04/01 12:14
「議論にかつ唯一の方法として議論を避ける」本書に書いてあることを引用すると「議論は、ほとんど例外なく双方に、自説をますます正しいと確信させて終わるものだ」従って議論に勝つ方法はただ一つしかない「議論を避ける事だ」本節とは別のところに書いてあったが、人間は論理の生き物ではなく、感情の生き物なのだそうだ。私の場合は徹底的に感情を攻撃されて、どちらかというと感情を少々交えつつ、論理に従って生活するようになった。が、大多数の人間は感情で動くのだ。ちょっとここでもう一つ先取りしてみよう。本書には「相手に思いつかせる」というのもある。今書いている「議論を避ける」という考え方とこの考え方で私は一つのやり口を考え出した。今の世は詐欺だの陰謀などが頻繁に行われている(。日本だけか?)そういうのにひっかかっている奴が少なからず存在しており、そのくせそいつらは他の平均的な人間と同じくらいのプライドを持っている。そこで、だまされている人に、その同じやりくちでだまして正常に戻そうということをした。(若い頃に気付いたマイナスとマイナスをかければプラスになるということの応用だ)これは非常によく出来たやり方で、だまされている人の頭がさして良くなかったら、私にだまされて普通に戻るだろう。頭がよかったら自分がだまされていた事に気付いてだました奴(私以外)に反感を感じるだろう。頭がその間だったら、私にだまされた手口をあれこれ言って、同じ手口でだましていたもともとの奴との関係がギクシャクするだろう。つまり、一言で言うなら「傑作だ」ということだったが、どうも中国人は普通にこのような手口を用いているようで、私がはしりではなかったようだ。少し自信があったのだが。
エロース011
2013/04/01 12:15
「相手の意見に敬意を払い、誤りを指摘しない」これはどうかと思う。相手や相手の意見に敬意を払うのはいい事だと思うが、誤りを指摘しないというのはどういうことか?要するに気付かせるということで一つ前に挙げた「相手に思いつかせる」ということだ。確かに無理はないが、人生、時にはまともな相手から叱られたり注意されたりする事が必要なもののように思われる。精神が成長するのだ。さて長くなってきたが、めげずに続けよう。
エロース012
2013/04/01 12:16
「自分の誤りをただちにこころよく認める。」。これは先の「議論を避ける」にも関係ありそうだが、相手が非を責めてきて言い返したのでは議論になり、意見が分かれるというのだが、もちろん明らかに自分に非がある場合のみいえるのであって、全く知らない事や、本当のところどうなのか分からない事、までもただちに誤りとして認めてしまったのでは、散々むしりとられる事となる。大きくは歴史問題などがそうであり、個人では、私的なことで恐縮なのだが、私の顔を勝手に盗り好き放題し、だまされた方はだまされた方で私に対して補償を期待しているといったような状態が不幸な事に出来てしまっているように思う。しかるに、出て行くに出て行けない状態になっている。そういう人々への補償は、借りを作ったもの本人がやるべきであって私がやるには荷が重過ぎる。私が出て行けばそういう荷が一気にかかってくるが、出て行かねばかかってこないし、だました奴が逃げてなかったらだました奴本人にかかるだろう。これも一つの処世である。
エロース013
2013/04/01 12:17
「おだやかに話す」。これもこれまでの流れに逆らってなく、角を取ってまるくまるくやっていこうといった感じのものだ。ウッドロー・ウイルソン大統領の言葉として「もし、相手が拳を固めてやってくれば、こちらも負けずに拳を固めて迎える。だが、相手が『お互いによく相談してみようではありませんか。そして、もし意見の相違があれば、その理由や問題点を突き止ましょう』と穏やかに言えば、やがて、意見の相違は思ったほどでもなく、互いに忍耐と率直さと善意を持てば、解決できる事が分かる」というのがのっている。「相手を自分の意見に賛同させたければ、まず諸君が彼の味方であるとわからせることだ」というリンカーンの言葉も載っているが、ウイルソン大統領もこういうことが言いたかったのだろう。敵対するのではなく、ともに問題を解決しようというものだ。
エロース014
2013/04/01 12:18
「相手が即座に“イエス”と答える問題を選ぶ」。これは有名なソクラテス式問答法というやつで、イエスと答えずにいられないような質問をし(今日の天気はいいですね。みたいなものも最初はよい、)次々にイエスと言わせて最終的には当初考えていた案に落とすというやり口だ。ただ単に次々とイエスといわせる催眠商法みたいなやり口もあるが、ここで紹介されているのは論理が通っており良心的なものである。こんな話が載っている。・・弓を使う狩猟をやっていて弟と狩に行く事になり、弓具店から弓をレンタルしようとしたのだが「手前どもではレンタルはやっておりません」と断ったのだそうだ。そこから弓具店の売込みである「今までにレンタルを利用した事はありますか」「イエス」「その時は、多分25ドルが30ドルぐらいレンタル料をお払いになったのではありませんか」「イエス」「お金は活かして使う事が大切でしょう」「イエス」そのあと、相手は、付属品が全部ついて34ドル95セントの弓やセットがあること、したがって、レンタル料に4ドル95セントだけ足せば完全なセットが買えることを説明した。「レンタル料を払う事を考えれば、いい買い物だとお思いになりませんか?」「イエス」そして弓矢セットは売れた。こういう話だ倫理的にみても悪くはない様に思う。さて、そろそろ嫌になってきたがせっかくなので続けよう。
エロース015
2013/04/01 12:19
「しゃべらせる」。相手の事は相手が一番よく知っている。だから相手にしゃべらせようというのだ。相手がまだいいたいことがあるうちは何を言っても無駄だというのだ。辛抱強く誠意を持って聞いてやる。そして、こころおきなくしゃべらせてやるのだそうだ。毛沢東も似たような事を言っており次のように述べている「人の言う事が正しければ、我々はそれを歓迎すべきであり、また、人の長所を学ばねばならない。人の言う事が間違っていても、終わりまで話させてから、ゆっくりと説明すべきである」。このしゃべらせるというのは色々と応用が利きそうだが、今のところは暖めておこう。
エロース016
2013/04/01 12:20
「相手に思いつかせる」。これは前に引用したが、さらに思い出をたどると、私を勝手に盗聴してその案からアイディアを出して、攻撃してくるいまいましい奴らがいた。詳しくはこれまた忘れてしまったが、梃の原理を応用していたのを覚えている。梃は支点、力点、作用点、それと忘れがちだが梃棒があって成り立っている。これで一番重要なのは支点と梃棒である。この二つに一番負荷がかかる。逆に言うと強固な支点と梃棒さえあれば少しの力で強固な力を作用点にもたらすことが出来る。記憶があいまいだが、「A´」になりうる「A」という案があったとする。この「A」をばら撒けばかのアイディアマンによって「A´」が必然的に持ち上げられる。この「A´」を支点に使えば面白いのではないか?そう考えた。私は何がなんだか分からなくなっていた。これは「プロジェクトX」なのか?それとも「Xファイル」なのか?強いてあげるなら「プレパレーションX」だろうか?私は思った「ニータカヤマノボレ」「虎!虎!虎!」「フォフォフォフォフォフォフォフォ」気が付いたら、かのアイディアマンはどこかに行ってしまってなおかつ私の意図はささやかながら実現していた。「相手に思いつかせる」ということであるが、こういった風にも解釈できる。
エロース017
2013/04/01 12:21
「人の身になる」。これも始めの方で述べてしまったが「もし自分が相手だったら、果たしてどう感じ、どう反応するだろうか?」と自問自答してみることを挙げており、これが進んだのが上から目線ということだった。しかしながら、自分が相手だったらどう思うかは、自分が平均的な人間の場合に当てはまるのであり、個性的というのだろうか?良いようにも悪いようにも平均から外れているものは、相手の立場にたってみたところで相手の気持ちはわからない。ここで勉強して平均的な考え方を養うのであり、これに加えて、相手が取れる選択肢を考慮に入れることが有益であるように思う。どういう行動をとるかは、性格や能力が大きく影響するがその選択を見て相手がどういう人間かが大まかに分かるのでなかろうか?
エロース018
2013/04/01 12:21
「相手の考えや希望にたいして同情を持つ」。これも相手の気持ちになって考えるということであるが、かのニーチェは「同情は畜群道徳だ」といっている。要するに同情されるのはプライドが許さないというわけである。かのドラマでは「同情するなら金をくれ」といっているが、プライドという点ではこの趣旨と外れる。ニーチェはともかく本書を読む限りではそんなに同情が悪いものとは思えない。こう話し始めるのだそうだ「あなたがそう思うのは、もっともです。もし私があなただったら、やはり、そう思うでしょう」このように話すことによって、相手の自尊心を満足させ、相手との衝突を和らげるのだ。この姿勢は本書で一貫したものである。
エロース019
2013/04/01 12:22
「人の美しい心情に呼びかける」。人は誰でも理想主義的な傾向をもち、自分の行為については、美しく潤色された理由をつけたがるのだそうだ。これに似たもので私が巷で見かけたのはラベリングというやつで、人に対して美しいラベル(形容詞や肩書きなど)を貼り付けるというものだ。嫌な奴が上司に対してやっていたのは普通の上司に「優しい人」だとかなんとかいっておだてるようなことを言っていた。すると不思議な事にその上司がいくらか優しくなるのだ。私はラベルがいくら変わっても中身は変わらないと思っていたが、どうも人には貼り付けられた好ましいラベルに自分を合わせようとする傾向があるようである。個人でもこのように影響が出るが、周りの人間にも影響が出るようである。私は何故か赤ちゃん扱いされているように感じられるのだが、(恐らくベイビーではなくレッドちゃんという意味だろう。私は33歳だ)私の周りの人間は私のことを本気でそのように思っているようだ。実に不思議な事である。
エロース020
2013/04/01 12:23
「演出を考える」。私はどちらかというとワビサビというのだろうか、そういったことが好みであまり派手な事は好きではない。従って私が付け加える事はあまりない。テレビのコマーシャルやドラマなどを見て研究してみればどうかと思う。ただ見るのではなく考えながら見るのである。例えば物語などでは、伏線(クライマックスまでは本筋ではないエピソードなど)とか、コントラスト(新しいものと古いもの、大きいものと小さいもの、人間の誠意と人間の老獪さなど、対立するものを描きその両者を引きたてるといた手法)といったものがあり(まあこんな事を考えながら物語を見たり読んだりしていては面白くないが・・)こういったものを応用してみても面白いかもしれない。
エロース021
2013/04/01 12:24
「対抗意識を刺激する」。これは言い換えると競争させよということであり、前の文章で書いたとおりこれが現代社会の基礎の一つになっている。書いたものに追加して書くと、例えば私はある場所でアルバイトをしていたのだが契約でのアルバイトで期間が短かった。(もちろん農業の都合による)アルバイトを止める一週間ほど前に上司から「延長して働かないか?」という声がかかった。私は農業の都合があったので丁重に断った。するとそれから2、3日して同じ上司が私のいる目の前で別のアルバイトに向かって、「延長して働かないか?」といった。ただの偶然だろうか?対抗意識を刺激されているよう思えてならなかった。これが一つ。競争について語ればきりがないが、あと重要だと思われる事に仲の悪くないものの仲を裂かせて競わせるというものがある。かの盧溝橋事件は、日本軍と中国軍(共産ではない)との仲がさして悪くなかったのに、夜間に銃声が聞こえたりして、関係が険悪になりついには戦う事になったという事件だが、これが中国共産党の陰謀だったという説がある。似たような話としてアメリカと日本の仲がさして悪くなかったのだが、それでは都合が悪いというので蒋介石が仲を悪くさせようと努力したというのもある。中国人は豆が好きなのだそうだが、燃料が乏しく豆ガラを燃料に使う、鍋の下で燃やすのはその豆のついていた豆ガラだ。煮られた豆は苦しみながら「豆ガラよ!君と僕とは血肉を分けた兄弟ではないか!」と喧嘩を始め、共通の敵を怒るのを忘れるという。
エロース022
2013/04/01 12:25
こういう話もある。要するに何が言いたいのかというと、このような離間工作がかなり頻繁に行われているということがいいたいのだ。私個人では先にあげた「赤ちゃん」、やこれに関連して「(天才バカボンの)はじめちゃん」「原人」「アトム」「ブッタ(豚といわれた)」など、さして悪意のないものが非常な悪意があるようにねじまげられて私の手元に届いた。仲良くやれるかどうかは分からないが発信源においては少なくとも悪意はないようだ。問題は中間にある。が、相手にあまりコミットメントするのも危険である。単に仲を保ちたいだけなのに、多大な犠牲を払うようでは割に合わない。相手は自分の事などなんとも思っていないかもしれないのだ。
エロース023
2013/04/01 12:25
「まずほめる」。このほめるというのもこれまで再々でてきたが、それだけ効果があるということなのかもしれない。ここでは相手に注意する場合にまずほめてから注意せよという意味で言われている。本文にはこのようにある。・・まず相手をほめておくのは、視界がまず局部麻酔をするのによく似ている。もちろん、後でガリガリやられるのだが、麻酔はその痛みを消してくれる。・・以前にも述べえたが、この際本当に心からほめられるという点をほめるのが大事だと思う。
エロース024
2013/04/01 12:26
「遠まわしに注意を与える」。であるがこれがなかなか難しい。私が言うと皮肉に聞こえてしまうようなのだ。しかし頭ごなしに注意するよりいくらかましだろう。先のまず誉めるに関連してこの章で言われているのがあり、まずほめるのはいいのだが、次に「しかし」という言葉をはさんで、批判的なことを言い始める人が多いのだそうだ。「しかし」という言葉が入り始める前はほめられていい気分になっていたのだが、「しかし」という言葉が入り非難されるに及んで、今のほめ言葉が果たして本心だったのか疑いたくなるのだそうだ。そこで「しかし」と言うかわりに「そして」と言うと比較的摩擦が少ないそうである。詳しく知りたい方は創元社さんから「人を動かす」D・カーネギー著というのが出ているので買ってみることをお勧めする。
エロース025
2013/04/01 12:27
「まず自分の誤りを話した後、相手に注意を与える」。要は、昔は自分も失敗したのだけれども今上手くやっている。君も失敗したが自分も昔失敗した事で、将来的には君も一人前になれる。という事がいいたいのだろう。あと本書にはタバコの話が載っており、自分はタバコで失敗したのだ。君はタバコを吸わないほうがいい。と言ったような事も書いている。色々と応用できそうだ。
えろーす026
2013/04/01 12:28
「命令をせず意見を求める」。命令すると相手の自尊心を傷付け対立が深まるという事が言いたいのだろうが、かのソ連では同志スターリンに命令されたらなんでもできると言われていた。それなりに権力があったら命令してもいいのかもしれないが、抑圧的な統治方法であり、独創性の芽を摘んでしまうものだ(アイディアはα波が出ているとき。つまりリラックスしているときに出る事が多いのだそうだ)。そこで意見を求めるということになる。実際起こっている問題があるが従業員は気付いていないとする。そういった問題を提起し従業員に示し、どうしたら良いと思うか意見を求める。そうして出てきた意見でやり方を決めると、古書にある自由の定義である「自分の意見に服従すること」となり、自由な環境が保てるものと考えられる。さて続けよう、
エロース027
2013/04/01 12:28
「顔をたてる」。要するに相手の面子を守ってやるということだろうか?これも長くなりそうだがなるべくまとめて書くと早い話が、マキアベリが言っているように強制されて結んだ約束は守らなくて良いということに尽きるのではなかろうか。個人的な経験では、まず私の名前は信也といい、この信という字は人(人偏)が言うという字から成り立っており、言っている事に嘘がないという意味であるのだそうだ。それと少しオカルトについで学んでおり、オカルトでは言葉というものを重視していてこれまた嘘を言わないという練習をしろと教えていた。この二つの理由により若かりし頃の私は、信義というものを養おうと努力していた。ところが、言ってもいない約束をしただとか、勝手に私が不在の中、私が参加した事を前提として話を進められたりして、私の面子は危機的な状態に陥った。しかし、前述のマキアベリの言葉を学んでいたので、面子を犠牲にして自分の自由意志(イニシアチブ)をとった。私個人ではこうだが、似たような話としてこういったものもある。
エロース028
2013/04/01 12:29
中国の上海に日本の企業がビルを建てたときの話である。ビルの建設は途中で中断していたのだが、中国の新聞が勝手に「世界一の高層ビル、上海金融センターは2005年、期日どおり完成する」という情報を流した。これに加え何故か日本の朝日新聞までもが「世界一のノッポビル、2005年完成へ」(平成13年10月16日付)という情報を流したようである。これは日本の森ビルその他、ビル関係者に中国の新聞や朝日新聞の読者から圧力が加わったのでないかと思う。これを否定するのは出来ない事はないが多大な労力がかかる。私個人の経験で言ってもこういうことがあった。何か質問してきてそれに答える。相手にとって都合がよければ何も言ってこないが、都合が悪い答だと同じ質問を繰り返してくる。この質問のくりかえしは都合がいい答を返すか、返事がなくなるまで続く。何も答えないと、その案に同意したことだと言って勝手に話を進める。こういう何か漫画に出てきそうなやりとりがあった。
エロース029
2013/04/01 12:31
私個人でさえこのザマなのだから、ビルの建設会社なんぞはもっと酷いだろう。ここまで徹底的にやられると、面子の問題になってくる。私個人では多少面子を失っても問題がないが、会社のような信用がいる団体は面子というものが、組織を運営していく上で必要になってくるのだ。また話はややずれるが、何故かスパイと間違えられたように思われる。ガチガチに監視され、人権という言葉が全く存在しないかのようだった。(ちなみに人権団体といえば同和だろうが、あのヤクザより性質の悪い奴らとつるむのはどうも納得がいかなかった)それでも自殺しなかったのは、私が一人だった事が大きいだろう。仲間がいれば仲間に害が及ぶ事を恐れて失踪したり、自殺したりするものと考えられるが私はこの理由では苦しむ必要はなかった。まあいまでは、仮に仲間がいたとしても自殺はしないだろう。失踪はするかもしれないが。ともかく、相手の顔をたてるというのは大事な事である。終わりに近づいてきた。
エロース030
2013/04/01 12:31
「わずかなことでも、すべて、惜しみなく、心からほめる」。ここでもまたほめるというのが出てきた。よほど重要な事なのだろう。本文には次のようにある。(犬に芸を仕込むに際して)犬が少しでも上手くやると、なでてやったり、肉を与えたりして、おおげさにほめてやる。こういったやり方は動物の訓練には昔から用いられている。なぜ人間に応用しないのか?といったような意味だ。効果があるから書いてあるのだろうが、あまりにもガックリくる話ではないか。犬と大差ないのだろうか?かのウォルマートの創業者のサム・ウォルトン氏も犬の調教をやったりしていたのだそうだ。あまり考えたくないが、従業員に応用していた可能性がある。実際のところは分からないが。
エロース031
2013/04/01 12:32
「期待をかける」。これもやはり誠実な関心から期待をかけられる場合が励みになるのであって、利己心からそれを取り繕って期待をかけてくるのはどちらかというと腹が立ってくる。私の学生時代なんぞはまさに後者であった。親が期待をかけてくれるのだが、どうも井戸端会議で自慢したいがために期待をかけてくれていたようである。よくよく考えてみるに、自分はほぼ何もせず、他人に苦労をさせてその成果で自慢するというのはどうも納得がいかなかった。必然的に反発を感じ、学校の勉強はしなくなった。かわりに興味のある本などを読み漁るようになっていた。その習慣が今も続いている。はじめは本の善し悪しが分からなかったが、今では大体、良いか悪いかがさっと読んだだけで分かるようになった。無私の愛情などというものは求める方が愚かなのだろうか?私がこれまで見てきたのはことごとく利己的な動機が強く絡んでいるものだった。それを少しでもましな方へと思い、善導(要するに理性の分野において動機を利己的なものから、良心的なものへとすりかえる。本能的な部分はすりかえることができない)したりしていたがやはりこれも偽りだろう。真実ではない。
エロース032
2013/04/01 12:33
「激励して、能力に自身を持たせる」。これも誉めるということだろうが、これまでくどくどと書いてきたように、本当にそう思うことをほめなければならない。ここでは自信を持たせると書いてある。能力のある事をほめられて自信を持つのは穏当であるが、全く得意でない分野についてほめられて誤った自信を持つのは、それなりに地位のある人でなければ苦汁を飲む事になるだろう。地位があるとしても出来ない事を出来るといわれていい気になっているのはどうもすっきりしないものがある。次でとりあえず終わりだ。後は付録である。
エロース033
2013/04/01 12:34
「喜んで協力させる」。どうもゲームの要素を取り込めだとか、勲章や地位、肩書きを与えよといったことが書いてある。興味深いのはナポレオンの言葉で「人間は玩具に支配される」という言葉があることだ。表面的に考えるとなんでもないことだが深刻に考えると恐ろしい事実である。例えばこんな例がある。イルカなのだが、イルカを遊びと見せかけて訓練しダイバーの呼吸装置のチューブを抜かせるのだそうだ。また、毒物の入った注射器を装備させて敵兵を殺す訓練をするらしい。イルカは人間に対して非常に友好的で人間を攻撃することなど出来ないと書いてあるのだが、遊びで仕込んだら出来てしまえるようになるのだ。人間の場合で比較的最近の例ではイラク戦争がある。詳しくは分からないがトランプのカードのようなものを用意してそのカードにフセイン元大統領の写真を印刷し、捕まえたらボーナスがあるといったようなことをやっていたようだ。戦争というより何かのレクリエーションのような感じだったのであるまいか。少なくとも初期の頃は。
エロース034
2013/04/01 12:35
これで終わりだが、最後に付録として「幸福な家庭を作る7原則」というものがある。私は結婚した事がないので家庭(主に夫婦仲)については良く分からない。そこで私の意見を述べるのはやめにして項目だけ7つ列挙したいと思う。「口やかましく言わない(小言を言わない)」「長所を認める」「あらさがしをしない」「ほめる」「ささやかな心づくしを怠らない」「礼儀を守る」「正しい性の知識をもつ」最後の性の知識を除いては、何も家庭内だけではなく社会的にも応用できる事だろう。性の知識に関しては、秘儀的なものからライフスタイルのようなものまで幅広いが、ここでは性生活の均衡を保つ事が結婚生活には絶対必要だと書いてある。離婚の原因は十中八、九まで性的不満である。とも書いている。本当にそうなのだろうか?分からん事を書くのは控えておこう。(逆に言えば性生活に満足があるとほぼ離婚しないということか?深遠なテーマだ。)これで、「D・カーネギー人を動かす」創元社発行の私的な見方は終わりである。ぜひ本書を本屋で買って本文書と見比べてみて欲しい。名著にして絶版になっていない珍しい本だ。本棚に置いておくだけでもちょっといい気分になるかもしれない。
エロース035
2013/04/01 12:35
追記
「共産主義者への抗議。」
ここは陰謀を取り扱う掲示板であるようなので、このような文章を追加してみた。私はアカが嫌いだった。アカとはもちろん国旗を見れば分かるとおり共産主義のことであり、同じ国旗でも日本のことでは断じてないし、巷に見かける消防車でもない。いろいろあったが今までの結論としてここに思っている事を書く。・・・おお共産よ、貴様らは平等だと言うが実のところ自分がしょぼく他人が優秀なのを妬んでいるのでないか?おお共産よ、貴様らは科学を信仰し、かつ、来るべき共産社会について何も語らないが、実のところ共産社会から妄想を取り除いたら何も残らない事を知っているのではないか?おお共産よ、貴様らは貴様らの言うブルジョア民主主義の貧乏人の貧しさに腹を立てているようだが、実のところ貴様ら自身の心の貧しさに腹を立てているのではないか?ああ、私はこのようなことを書いたらスキャンダルで潰されるかもしれない。しかしながら読者が私が共産を嫌っており、アメリカもあまり好きでないところをご記憶いただければ望外の幸せである。

エロース036
2013/04/01 12:36
さらに追記
何故か少し前から私が左翼と混同されているような気がしてならない。左翼はいろいろ言っているが一番しゃくに障るのが日の丸君が代反対という主張だ。どちらも日本のシンボルであり、(君が代の君については判断が分かれるが、天皇陛下だという説もあり若干私これに傾いている)どちらも日本の国体をあらわすものである。つまり、日の丸に関していえば太陽を表したものであり、我が国の太陽信仰、「天照大神」の信仰でこれは天皇家のご先祖である。かつ、古事記もしくは日本書紀にかかれているが日本の領土は神であり天皇家のご親戚である。つまり日本を表すものとして日の丸は実によくできているものであるといえる。学生時代に習ったことによると白は清潔さを、赤はアカ(共産)ではなく情熱を表すものであるのだそうである。締めくくりとして私が最近思わず口ずさんでしまう歌を紹介しよう。「白地に赤く 日の丸染めて ああうつくしい 日本の旗は」ご清聴ありがとうございました。
以上。
エロース037 とりあえず終わり
2013/04/01 12:37
報告の義務を果たします。当時の合言葉はO・O(オリガーキー・オーガズム)コードネーム、ウィルソン2世より報告。
ウィルソン2世001
2014/04/01 14:01
今年も私の過去を振り返ろう。これは以前投稿しようとした文章であるが、当時はあまりの恐ろしさに投稿できなかった。今あれから5〜6年経ったので比較的安全ではないかと考え航行する次第である。
あれは何年前か?半ば浮浪者のように見えるおっさん(名前は不明)とある場所で知り合った。話してみると某N学校の関係者だと言う。そのおっさんがアルバイトをしないかと言うのでいくらくれると聞いたら一日の仕事で一万円だと言う。私はまあそれくらいなら良いかと思い仕事を引き受けた。仕事の内容は謎の民族が海辺の倉庫で集会をやっているそうなので、その話をこっそり聞いてその要点を教えて欲しいということだった。私は寒い中(あれは11月の事だった)倉庫に忍び込み集会が開催されるのを待った。しばらくするとぞろぞろと2〜30名の人が入ってきて円陣を組んだ。手にはろうそくを持っている人が何人かいた。
ウィルソン2世002
2014/04/01 14:02
一体民族だというがどういう連中なのだろうか?何でこんなところで集会をやるんだ?普通に昼間どこかのオフィスなりなんなりで意思疎通を図ればよいではないか?そんなことを考えながら聞いていると、その中のボスのような者がいきなり狂ったような叫び声を上げた。
謎の民族A「ちょーん!」 
謎の民族B〜Z「ちょ・オーン!」
謎の民族A「皆さん666回目を迎えるこの会議にお集まりいただき、光栄ニダ。今日はウリたちの大事な方針を決めるニダ。」
私はこの話を聞いて一体こいつらは何者なのだ?一体何が目的でこんなバカな事をやっているんだ?そう考えた矢先に、再び謎の民族Aが言葉を繋いだ・・「この集会は、ウリ達の方が、チョッパリより頭がいい事を確認するための集会ニダ。民族における頭のいい悪いは、底辺のものの優劣ではなく、実際に権限を握っている者の優劣で決まるニダ。そこで今回は、顧問の先生にきていただいているニダ。こちらにいる方がルシファー先生ニダ。先生よろしくの願いするニダ。」
ウィルソン2世003
2014/04/01 14:02
先生「・・・。」
謎の民族A「どうしたニダ?ルシファー先生?」民族B「先生!」民族C「ルシファー!」民族D「ルシファー先生!」民族E「るしふぁー。」
先生「もふー。うるさいねー。なにアルか?騒々しいアル。」
民族A「おぉーっ。先生が口を開いたニダ。」 
謎の民族A「早速、チョッパリの現状で問題になっている事について教えて欲しいニダ。」先生「そんなものを聞いてどうするアル?まあせっかくだから語ってやろう。リーベンクイズの間では大分前から父親不在だとか、父性の欠如だとか言われていたが、今これが大きくのしかかってきているアル。つまり、超自我が未発達であり大人の社会規範というのが取れなくなっているのがボツボツいるアル。彼らは、自分の思うとおりやったら上手くいかないので、誰かに叱って強制して欲しいとすら思っているように見えるアル。まあ大人が嫌われるのは、ヒトラーが大人の男としてドキツかったからではないかと考えられるが、子供というのが過剰に美化され尊重されるようになった結果、父親不在という事態を招き、このような状態になったものでないかと思われるアル。分かったアルか?」
ウィルソン2世004
2014/04/01 14:03
謎の民族A「分かったニダ」
先生「・・・・。」謎の民族A「・・・。」
謎の民族A「全くけしからんニダ。」
先生「どうしたアル?」
謎の民族A「けしからん!チョッパリどもが!ウリ達は兄貴の国であり、チョッパリは弟の国ニダ。儒教の論理感ではウリ達の方が上ニダ。それを対等だとかなんだとかわけの分からん事をほざきやがって。全くけしからん。でかい乳しくさって全くけしからんわ。けしからん。」
ウィルソン2世005
2014/04/01 14:04
先生「それは、父親とは少し違うんでないかと思うアルが・・・ついでに言っておくと、大きな問題があること(父親不在)が肯定されて、問題がないもしくは少ない(父親がいる)事が否定されていてその論理を肯定するなら我々は滅びるしかなくなるアル。従って、我々に生きる権利があるならこの論理を否定するか、新しい価値観を打ち立てる必要が出てくるアル。何も父親の問題に限らずこういったことはままあるアル。金銭が絡んでくることが多いアル。しかし病根は父親不在に伴う超自我の未発達アル。尤も、商品をほぼ何も考えずにひたすら買う消費マシーンとしてはこういうのがいいのかもしれないアルが、こんな使い捨てのようなものがいい人生なのかははなはだ疑問アル。」
・・なんてこった!こいつらクレージーだぜ!!私は隠れて聞いていて背筋が寒くなった。日本に対する陰謀が進んでいるのだろうか?もう少し話をよく聞いてみる事にした。何かわかるかもしれないと考えて。
ウィルソン2世006
2014/04/01 14:05
謎の民族B「大まかな世の中の動きが知りたいニダ。」
先生「うむ。実は私もよく分からないアル。しかし仮説を立てることはできる。後でその仮説を立証できたら、それは我々の好きな立派な科学であると言えるだろう。あくまで仮説アル。まず、日本と我々の関係だが、戦時中はともかく毛沢東政権以後は至って良好な関係であった。毛沢東は日本軍がいてくれたから国民党(蒋介石)に勝ったと言っていたし、その後のケ小平も日本の田中角栄が病気になったとき見舞いに行くぐらい仲がよかったアル。ついでに言うとケ小平は、『長生きは勝利だ』とか、新幹線に乗って『これがほんとの大躍進だ』とか言って非常に日本の事を認めていた人であったアル。ただ彼は、我が国の少数民族出身でその事が原因で我らの言う人民に嫌われていたアル。だからこそ毛沢東に粛清されずにすんだと言えるかもしれないが、毛沢東が見逃したまさにそのケ小平が、政治はともかく経済を共産でないようにしたアル。まあ、人民に嫌われていたというところに戻ろう。
ウィルソン2世007
2014/04/01 14:06
彼の後に出てきたのは江沢民だが、どうもこの頃から日本の事が悪く言われるようになったようでアル。少し突っ込むに、天安門事件というのがあったが、あれはケ小平と学生(江沢民)の政争であったのでなかろうか?そのとき民主化が叫ばれていたが、民主化すれば民意が反映されて人民に人気のないケ小平は失脚するはずであったアル。この際民主化を叫んだ事により随分ユーレイ(ロシア語でこう呼ぶらしい)の協力というか、てこ入れがあったのでないかと考えざるを得ないアル。理由は、法輪功という気功団体があるそうで、一応政府とは一線を画しているのだが、教祖が共産党の幹部だったというし、もう古い情報かもしれないが、ネット上で法輪功の画像を検索すると、ハーケンクロイツに似た卍のマーク(もちろんユーレイは嫌がるだろう)を拝みたおしている画像が出てきたものアル。少しさかのぼるに、毛沢東もケ小平もおおむね日本と仲が悪くなかったアル。ここでインドが出てくる。彼らのご先祖が書いた実利論と言う本には、隣人の隣人と組めというような事が書いてあるアル。中国は隣人で脅威であるが、これに対処するため日本と組もうとしたが中国に対する感度が悪い。そこでロシアに行ったようである。
ウィルソン2世008
2014/04/01 14:06
ロシア人が異常に頭が良いように私には思えていたが、インド人のブレーンが付いていたのかも知れないアル。一例をあげると、共産による善人狩りがあるが、インドの古典に僧だったか?ともかく善人がいなくなると災いが起きるといったようなことが書いてあったアル。田中角栄についてみてみるアル。田中角栄は何故か顔が広くわが国とも仲がよく、ロシア(ソ連)とも順調で、アメリカとも一部仲がよかったようである。その彼がオイルショック(ユーレイとアラブ人が争って起こった)の際、アメリカ(ユーレイ側)から、石油を調達するためにアラブ側に乗り換えたのだそうである。アメリカとアラブと言うと、アメリカ対ロシアのような印象がある。アラブはロシア(ソ連)側アル。だから、当時の外交としてはまあ悪いものではなかったようである。ところが、そのあと一部仲がよかったアメリカ人とのやりとりをロッキードで暴かれ、失脚に向けて路線を切る事になるが、そのとき田中角栄は『ユダヤ(つまりユーレイ)にやられた』といったのだそうアル。江沢民のことも考えると、どうもユーレイのせいで仲が悪くなっているのでないかとかんぐりたくなるアル。ドイツがユーレイにナチの問題でたかられているのと、リーベンクイズが我々と朝鮮にたかられているのもよく似ているアル。くどいようだが、これは仮説アル。冗談半分に聞き流すがよろし。」
ウィルソン2世009
2014/04/01 14:07
謎の民族B「では何のために話したニダ?」
先生「智というものの重要性を強調したくて話したアル。智がなければこの世界ではやって行けんアル。ただ我々4000年の歴史では、智は末梢的なものであり、徳が根本であると言っているアル。根本(徳)を捨てて末梢(智)を争うのは愚であるといわれているのであるが、同じ智を争うのでも根本(徳)を押えた上で争うのは、あるいは可であるかも知れないアル。」
謎の民族B「なんか言いくるめられているような気がするニダ。悪く言われるが広く読まれているものにマキアベリがあるが、それには善良そうに見えるのはいいが、実際にそうだったら破滅するといったような事が書いてあったような気がするニダ。実際ユーレイを見てもそのように見えるニダ。先生はどうお考えニダ?」
ウィルソン2世010
2014/04/01 14:08
先生「善良なのも一つの徳アルが、そういうのも含めてマキアベリが言っているのは子供の徳アル。我々が言うのは『道』の『徳』であり、この世の法則のようなものアル。もっとも道徳経には、赤児の徳とあり子供の徳も一部含むが、また違ったものアル。」
謎の民族B「一体どういうものニダ?教えて欲しいニダ。」
先生「知りたかったら自分で我々の古典を読むなどして調べてみるアル。読みすすめるとそのうち分かってきて、分かった頃にはいくらか我々のシンパになっているはずアル。」
謎の民族B「本当にそういうものがあるニダ?」
先生「では試しに、智ばっかりで世間と格闘してみるがよろし。身分が低いうちは問題が少ないが、高くなるにつれて徳の必要性を痛感するはずアル。金儲けには重労働以外ほぼ手段を選ばないユーレイですら高尚な事をいっているアル」
謎の民族C「では結局ウリ達はどうすればいいニダ?」
ウィルソン2世011
2014/04/01 14:09
先生「個別な問題を解決する事が、普遍性に通じる事がたまにあるアル。例えばリーベンクイズの国は資源がなかったので、徹底的に省エネを追求したアル。何も世界のことを考えていたのではなく、自分の国の状態を見てそのようなこと(例えば車)を追求したアルが、その後世界的に物資(主に石油)が逼迫してきて、こういった日本の製品が受けるようになったアル。もっとも普遍性に通じなくても、個別の問題の解決にはなるのだから追求する事自体に損や無駄といったものはないアル。」
謎の民族D「先生。ぜひとも戦術について教えて欲しいニダ。」
ウィルソン2世012
2014/04/01 14:10
先生「戦術というのは兵法の事アルか?兵法にせよ戦術にせよ、内容を話してしまったら私の考えている事が読まれるアル。もっともこうやって秘匿するのも兵法の内アル。しかしながら我々の大将である今はなき毛主席は戦術その他に関してしゃべってしまったばかりか本まで作られてしまい、さらに悪い事に世界中に広まってしまったアル。我々の世界で真に役に立つ知識というのは基本的なものではなく応用されたものアル。基本的な知識は調べれば誰でも分かるが、応用されたものはほぼ自分しか知らないと考えていいアル。知識における基本と応用は、その知識を知っている者の多少で決まるアル。我が毛沢東主席の知識は基本的なものに限りなく近づいてしまったアル。しかし、謎の民族Dがあまりに不憫であるから、高みに昇る為のきっかけを話してみようと思うアル。まずこの世界の入門書はなんといっても『孫子』アル。」
謎の民族D「これまでの話を聞いて思うニダが、こんな本のタイトルを挙げてもいいニダか?」
ウィルソン2世013
2014/04/01 14:11
先生「我が国の古典に往々にしてあるアルが、読む人によって同じ文章でも解釈が違ってくるアル。だから同じ本を読んでも全く得ている知識に差が出てくるアル。例えば『老子』という本に戦争について述べた一文があるが、こういう文章アル。・・・兵を用うるに言える事あり。我あえて主とならずして客となれ。あえて寸を進まずして尺を退け・・・これアル。兵を用うる云々と、終わりの方のあえて寸を進まずして云々は問題がないアルが、問題は我あえて主とならずして客となれアル。客というのはもてなしされるので受動的でアル。ここから挑戦者とならずに、応戦するものとなれと言う意味に取れるアル。しかしながら、また客というのは、主人の住んでいる家の方に出かけていくものアル。ここから攻め込まれるのでなく攻め込んでいけという意味に取れるアル。従って、客の解釈次第で意味が180度変わってしまうアル。文脈からいうと前者が正しいようであるが、この後者の解釈も捨てがたいアル。ともあれ応戦という形をとって、攻め込んでいくという解釈も成り立つアル。というわけで、本のタイトルをもらしたぐらいでは考えはもれないアル。」
ウィルソン2世014
2014/04/01 14:12
謎の民族D「では早速、きっかけを教えてほしいニダ。」
先生「まず私的なことで恐縮であるが、この文章はオリンピックに時間を合わせてつくられているアル。何でこんな時期につくっているかというと、オリンピックに関心が行っているうちに暗渡陳倉で文章を作ってしまい、情報の鮮度を維持したまま投稿しようと思っていたらしいアルが、残念ながら気付かれてしまったようであるアル。不発に終わったがこういうのも兵法アル。ちなみに暗渡陳倉というのは三十六計にでてくるものアル。日本では大橋武夫氏や、守屋洋氏が訳しており、大橋氏のものは絶版になっていて、本屋で今のところ手に入るのは守屋氏のものだけアル。この本も名著なので読んでみる価値があろうというものアル。ところで私はペテン師だとかどうとか言われるが、我々の行動指針の一つである『孫子』に、「兵は詐をもって立つ」とか書いてあり、闘争において積極的に相手を謀る事が基本のように書いてあるアル。」
謎の民族D「人を騙すのはいいことなのニダ?」
ウィルソン2世015
2014/04/01 14:12
先生「時と場合によるのではないかと思うアル。岡田武彦氏は『孫子新解』という本を書いており、その前書きで・・これは名刀のようなものであり、善人が用いると活人剣になるが、悪人が用いると殺人剣になるから、よくよく心しなければならない・・と書いてあるが、全く同感アル。良いか悪いかは騙された人が一番よく分かるのでないかと思うアル。キリスト教は言葉を重視するが本当に大事なのは変に聞こえるかもしれないが、誠意なのではないかと思うアル。言葉など解釈のしようでどうにでも取れるアル。誠意があってこそ道にかなった解釈がなされるのでないかと思うアル。」
謎の民族D「もっと聞かせて欲しいニダ。」
ウィルソン2世016
2014/04/01 14:13
先生「孫子は兵法の本アルが、心理についても踏み込んだ事を書いているアル。この面で実際今の(もしくは少し前に)問題になっていたものをチョイスしてみたいアル。恐らく誰もが関心があるであろう『怒り』についてアル。孫子の作戦篇に・・故に敵を殺すのは怒なり、敵の貨をとるのは利なり・・という文章があるアル。要するに怒るから相手を殺すのだと書いてあるアル。ところが火攻篇に・・主は怒りを以って師を興すべからず・・怒りはまた喜ぶべく、憤りは復悦ぶべきも、亡国は復存すべからず、死者は復生くべからず・・とあるアル。ようするに、感情は時に悪くとも時によって良くなるかもしれないが、滅んだ国は元に戻らないし、死んだものは生き返らないと言っているアル。先の怒りで人を殺す、というのは兵卒に当てはまる事であり。怒らないというのは軍を率いているものに望まれている事アル。よって、少し上のクンフーを目指すなら怒らない努力をするのも一つの道アル。しかしながら、孫子は利で動けと首尾一貫していっているアルから、怒る事によってもたらされる利と害を秤にかけてどうするか決めるのも、これまた一つのあり方アル。さらに突っ込んで考えてみるに、兵卒のように怒って相手を殺してしまうのも、あとで後悔しないなら、人生そんなに長くないのだから、それはそれで一つの選択アル。
ウィルソン2世017
2014/04/01 14:14
ところで一時期アメリカや日本で無差別殺人もしくは殺傷をしたあげく、場合によっては自殺するといった事件がおきたものアル。日本は不明だが、アメリカの殺人犯は全てがそうとは言わないが人間的に魅力のあるものがぽつぽついるそうアル。そんな人がなぜ人殺しなどと思うかもしれないが、あるいは怒りによってであるかもしれないアル。無差別殺人(銃の乱射など)に関してだが、これは迫害を受けており、相手が分からないから無差別殺人になるアル。相手が分かったらそいつだけが狙われるアル。このように少し前のアメリカでは、将来有望な者が陥れられて犯罪者になってしまうような事がいくらか起こっていた様アル。そうやって、自分の国の人材を潰しておいて、海外に人材を求めるところにアメリカという国の危うさがあるように見えるアル。所変わって日本では、やはり同じような事が発生していて、銃がないだけ損害は少ないがこういった事があるようアル。日本においては主に朝日新聞社がやっているようで、彼らを見ていると人間の進化について楽しみを含めた思い入れを持っているように見えるアル。相手の気持ちを考えた事があるのであろうか?SMAPが入ったようだがあんな良心的な人たちが、なぜあんな悪の巣窟のようなところに入るのか理解に苦しむアル。アメリカでもこのような傾向が同様だとして、こういった道を通ったのかどうかは不明であるが、ビルゲイツやウォーレンバフェットのような天才もいる事はいるアル。
ウィルソン2世018
2014/04/01 14:15
ともかく今後の様子を見てみる事にするアル。怒りについてついでに言っておくと孫子とは関係がないアルが、心理学の世界で死に直面するとまず怒り、続いて神もしくは運命などと交渉しようとし、最後に諦め死を受け入れていくといったものがあるそうアル。特に唯物論的なこの世界では、死に対するプレシャーはそうでない場合に比べて倍加するであろう。怒るのも無理はないのかもしれないアル。」
先生「兵法について語ると黄河のように尽きないが、このくらいにしておくアル。最後に付け足しておくと、孫子だけでなくいろいろな戦術書を読むべきアル。なぜかというと前に述べたように自分の手の内を隠す事も基本の一つであるから、いろいろなやり方を知っておく事によって、ある程度相手の予測をはぐらかす事ができるアル。もしくは勉強するのが嫌なら、いろいろな参謀をもつようにする事アル。我が国の一時期、なぜ参謀がいたかといえば相手がこちらの手の内を解りにくくするためだったそうアル。大将は大将でやり方があって、その上で参謀を使っているところも留意するところでないかと思うアル。
ウィルソン2世019
2014/04/01 14:16
戦術書で推したいのは、なんといっても我らが赤い星。毛沢東主席の矛盾論と実践論アル。両方とも共産主義的な考えが大分入っているアルが、政治にも戦争にも応用が利き実際的な思想書アル。実践論のほうは、初心者が学んで経験なり技能を身につけていく方法を書いてあるアル。思想的な飛躍はないが妥当な事を書いてあるアル。ただ、最近よくある環境のコントロールを受けてしまうと、間違った事を学習したり身につけたりしてしまうので注意が必要アル。社会に出たてで環境のコントロールを受けると悲劇的アル。目立たないに越した事はないようアル。一応紹介したアルが、時間がないので要点だけ知りたいという方は、『毛沢東語録』がお勧めアル。今でも十分役に立つ事が書いてあるアル。共産主義に入れ込んでいるところもあるがその辺は彼が共産主義者だからまあ仕方がないアル。」
ウィルソン2世020
2014/04/01 14:17
謎の民族E「戦争についてお教えいただいたニダが、今度は平和について聞きたいニダ」
先生「平和と戦争はコインの裏表アル。切り離して論じる事はできないとするのが過半数の見解アル。しかし、色々な意見があるアル。先にあげた毛主席は政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治である。といったようなことをいっている事例があるのと、ラブアンドピースというのだろうか、ジョンレノンのアレアル。アレは一応平和をうたっている団体のはずアルが、何故かチェゲバラを褒め上げていたり、戦争を賛美する一面もあったりようアル。もっとも戦争でもアメリカが嫌がる戦争アルが。私個人の意見としては(この世界のトップも同じような事を考えているかもしれない・・というより、その考えが私に伝染したのかもしれないアルが)このように思うアル。戦争は鋭さであって、平和は鈍さというより円さ、要するに角がないもしくは少ないということアル。戦争及び勝負事をするときは、技術を磨き、精神を高ぶらせ、禁欲的で、日々、能力の向上に勤める。といったように刃物を研いで切れ味を鋭くさせるような人為的な事をやるアル。逆に平和は、競争などなく、精神は角をとられ、享楽的で、日々、安逸に生活する。刃物がさびて土に同化し落ち着くところに落ち着こうとするような自然の傾向アル。
ウィルソン2世021
2014/04/01 14:18
ここでは平和を論じるのであったアル。角や鋭さをとるにもいろいろなやり方があるが、私独自のものは出さずに今の社会一般で行われている事を独自の切り口で見ていきたいと思うアル。主に二通り挙げるアル。弱体化と目的の方向をそらす事であるアル。二つ同時に行われる事もしばしばあるようアル。弱体化とはおもに3S政策といったものが当てはまるアル。これは米軍の日本人の骨抜き政策を当時のジャーナリストが名づけたもので、スクリーン、セックス、スポーツの頭文字からとられているアル。スクリーンは銀幕政策で当時は映画だったが、今はテレビも当てはまるであろうアル。関心をそらす事が主な目的であろうが、最近は娯楽ではなく思想を植え付けるのに使われていたりするアル。コマーシャルなんかを見れば情報を伝えるだけでなく、セールスしているのだということがよく分かるアル。一億総白痴と言う言葉もあったアル。
ウィルソン2世022
2014/04/01 14:19
次はセックスアル。いうまでもなく性的な解放で今広く行われている事アル。事の是非は別として、シオン長老の議定書という本には、情欲は他の全ての欠点以上に精神上の能力と物を明晰に見る力を削ぐ。と書いてあるアル。実際に世の中を見てみるにこれは正しいようで安岡正篤先生も、男女関係がピリッとしまっておるような民族は、あらゆる面でしゃんとしておると言っておられるアル。最後にスポーツアル。性的な解放や銀幕政策だけでは民族の活力や覇気を削げないという事で残った力をスポーツに振り向けようとする向きアル。スポーツも言うまでもない事で今広く世の中で行われている事で、オリンピックなどその最たるものアル。ちなみにこの文章の作者はオリンピックに疑惑を感じているらしいアル。内容は本当に真実のところ浅田選手より、バランスシートの方が美しいのではないかとという疑惑らしいアル。まあ勝手に考えさせておけばいいアルね。
ウィルソン2世023
2014/04/01 14:19
不思議なのは、アメリカの占領政策だったはずのものが、アメリカでも、というよりよりいっそう過激にアメリカで行われている事アル。これも統治の一環なのかも知れないアル。弱体化の話アルが、あと主だったものとして、ようやく社会的な傾向として学習意欲がわいてきたと思ったアルが、主に本を通じて勉強すると思うアル。ところが、本の内容が一部変更されていたり、ほぼ全部変更されていたりするアル。大概悪い方に変わっているアルが、全くたちの悪い話アル。私はともかく初学者はダメージが大きいものと思われるアル。次に目的の方向をかえるアル。かのヨシフ・スターリンは、嫌な奴だが賢明だったようでこのような事をいっているアル。・・人間はこれら諸法則を発見し、これを認識し、これに依拠して、これを社会のために利用し、ある法則の破壊的な作用に他の方向を与え、その作用の及ぶ範囲を制限し云々・・・アル。要するに良い様に運用できるものはそのようにし、悪い(破壊的な)物ははけ口をそらすといったことアル。まあこれが総論に当たるアル。
ウィルソン2世024
2014/04/01 14:20
少し掘り下げてみるに誰がいっていたか忘れたが、大きな問題尾起こさないように小さな問題を起こして大きな問題に至らないようにして解決するといったようなことをいっていたアル。大きな問題とは例えば戦争で、小さな問題とは例えば国内の紛争アル。国内の紛争でまだ大きいというなら、近所づきあいとかそういったもののいざこざといって良いかもしれないアル。これが行われると結果として分断化されるアルが、大きな問題は起こりにくくなっているアル。続いて、これも古臭い手口であるが有効なのか現在でも使われている手口に勢力均衡策があるアル。これは普通は自分より弱い勢力を取り扱うものアルが、自分より強い者を取り扱う場合もあるアル。両方の基本的な考え方としては勢力を分断し競わせるなり争わせるなり牽制させあわせるなどして、力の真空状態を作り出しその上に安泰に居座るといったものアル。
ウィルソン2世025
2014/04/01 14:21
自分より力の弱いものに関しては、まあ説明しなくても先の言葉で大体わかろう物あるが、自分より力の強いものに関しては有名なところで民主政下の三権分立などがそれに当たろうアル。国内ではこれアルが冷戦下のロシアとアメリカが競っていた世界でもそれと似たような状況が一時出現したようで、ドイツや日本は敗戦国だったがそれぞれ経済面ではあるが一等国になったアル。冷戦が終わってアメリカ一強になると日本は微妙な立場に立たされる事となったが、ドイツはちゃっかりEUにはいってなかなか上手い処世をやっているアル。」
謎の民族D「では自分より強い者の勢力均衡はいいニダか?マキアベリは『決断力に欠ける君主達は、当面の危機を回避したいばっかりに、大方があの中立の道を選んで、大方が破滅へと向かう。』といっているニダ。勢力均衡の立場をとるなら、どちらかばっかりに肩入れするわけにもいかんように思うニダが・・。」
ウィルソン2世026
2014/04/01 14:22
先生「あんたらほんとにマキアベリが好きアルねー。そんな事ばっかりやっているとユーレイみたいになるアルよ。まあこの件に関して少し意見を述べておくと我が国の三国時代の話アル。かの有名な諸葛孔明は、これまた有名な天下三分の計を君主になった劉備に献策しその計を実行したアル。具体的には当時最強だった魏の国とそこそこ強かった呉の国を争わせて争っている隙に第三勢力である蜀の国をつくったアル。最もポジションとしては呉の方についていたアルが、諸葛亮に暗殺の魔の手が伸びたり、劉備の義兄弟の関羽が謀られて死んだりしたりなどして、完全に呉の方についていたわけではないアル。最終的には魏の後継国である晋が天下統一してしまうので、単なる悪あがきだったとも解釈できない事はないアルが、事の運び様によっては悪くない結果に落ち着いていたかもしれないアル。つまり何が言いたいのかというと、自己の勢力を増強する時間稼ぎにだったら、自分より強い者の勢力均衡策も悪くないアル。勢力均衡が終わる頃には自己の勢力が確立されており(という風な理想的な状態になったらアルが・・)、強い者の打撃にも堪えられるようになり、新たな勢力均衡が出来上がるアル。
ウィルソン2世027
2014/04/01 14:23
まあこれがなぜ平和と関係があるかといえば、力の牽制の仕合でお互いに手が出せない状態だからアル。手がでなかったら人為的には何もおきないアル。最後に一つ挙げておこうと思うアル、(もうオリンピックが終わったのでそろそろお別れアル。)顔を盗る事、つまりフロイトの言う「転移」についてアル。「転移」アルがどういう事かと言うと例えば昔恋人がいて、その恋人が事故等でいなくなって、別の人にあうアルが、その人の特徴を見て、いなくなった恋人にイメージを重ねる、心象の上で別人を同一人物とみなしたり、ある程度同じであると考えたりする事アル。これは非常に頻繁に用いられており、その事がそれだけこの人が持っている性質が逆らいがたいものであるという事を物語っているアル。さて、これがいかに平和に貢献しているかというと、特に有名なものとしてサッカーその他のフーリガンを挙げたいアル。フーリガンは明らかに自分の人生、生活その他がサッカーならサッカーに連動していると考えているアル。
ウィルソン2世028
2014/04/01 14:24
昔の話アルが、ある外国(イギリスだったと思う)のアナウンサー数人がフーリガンは品位に欠ける、とか、見苦しいだとか話して盛り上がっていたアルが、私はこのアナウンサーは品位はあるかもしれないが、人間として決定的、あるいは致命的なものが欠けているのでないかと思ったアル。フーリガンが何に対して不満をもっているか分からないが、サッカーなどの観戦で不満を解消しているなら、統治者の方としても比較的穏便で良心的な統治であるといえるし、フーリガン側も、犯罪まで行かずに自分の生活を続けられるのだから悪くないはずアル。また、サッカーのフーリガンの場合は「転移」で自分がサッカーのチームもしくは選手を心象面で同一視しているという解釈もできるが、「割れた窓理論」で解釈した方が分かりやすいかもしれないアル。」
ウィルソン2世029
2014/04/01 14:25
謎の民族D「割れた窓理論?ニューヨークの犯罪対策のアレニダか?建物やビルの窓が割られたまま放置しておくと、その建物は管理されていないと認識されるようになり、さらに窓ガラスが割られたり、ゴミが投棄されたりといった現象が起こる。さらには住民のモラルの低下、凶悪犯罪の発生につながる。この負の連鎖をとめるには、最初の窓ガラスが割られた時点で、修理するほかない。・・というものニダ。一体どう関係があるニダか?」
先生「恐らくこの『割れた窓理論』はダブルミーニングアル。つまり、一つの言葉に複数の意味が込められているアル。もう一つの意味としてW,リップマンの『世論』に出てくる若い娘の話があるアル。この娘は快活そのものだったアルが、あるとき一陣の風が吹いて窓ガラスが割れたアル。その娘は突然悲しみの発作に襲われたアル。何時間も彼女の悲しみは収まらなかったが、意味が分からなかったアル。後で聞いたら、窓ガラスが割れるのは近親者の死の知らせなのだということなのだそうアル。娘は父の死を悼んでいたのだそうアル。」
謎の民族D「一体どこがおかしいニダ?」
ウィルソン2世030
2014/04/01 14:26
先生「心象面以外では全く関係がない事『(窓ガラスが割れる)と(父の死)』を関連付けて同一視しているところに問題があるアル。このへんがサッカーに入れ込むフーリガンと似ているアル。後日談だが彼女の父親は生きていたのだそうアル。最もこういう思考も有効な事もままあるが、フーリガンの場合のように積極的に用いられると、この手の知識は当てにならないものとなるアル。ここでも目立たないに越した事はないといえるかもしれないアル。ちなみにデカルトおよび今の世間で優勢な考え方では、何が最も確実で認識するのに最も容易であるかを、さらにより明らかに見出すには、我々が疑うであろうものを虚偽とみなす事が有益であろう・・と言っているアル。ようするに、疑わしいものを灰色とせず、あえて黒とみなす態度アルが。こういう考え方をとると本会議の意味がなくなってしまうアル。灰色は灰色としてとっておいて実体験を通じて選別していくのが本来の人間の考え方でなかろうか?人類も自然淘汰を乗り越えてきたのだから、生存において完璧に害になるような機能は人にはついていないと思うアル。
ウィルソン2世031
2014/04/01 14:27
特に戦争その他の闘争の分野では、クラウゼウイッツがこのような事をいっているアル。・・用兵というものは、あらゆる方面のものと関連しており、しかもその限界が不明確である。ところが理論や体系は、その前提として、明確な限定を必要とする。ここに用兵の理論化の難しさがある。・・又このようにいっているアル。・・戦争は推測の世界であり、データの4分の3までは不確実である。知力を以って真相を見通すとともに、勇気と自信をもって不確実性を克服しなければならない。・・私は何も戦争をやっていたのではないアルが、世間と格闘するに当たってこのような判断を迫られる事があったアル。クラウゼウイッツによると、データ−の4分の3は不確実だと言う。最も今は情報機器が発達しているので彼の時代よりはよく分かるだろうが、4分の3が不確実だからと言って、デカルト式に『不確実だから敵はいない。』だとか、『不確実だから敵はいる。』だとか判断してしまってもいいものアルか?
ウィルソン2世032
2014/04/01 14:28
自然の話に戻るアルが、自然状態で適応していたものが、社会を構築し都市に住む事となって不適応になる事もあるようアル。例えば人間ではなくて犬の話アルが、犬はよく電信柱とか塀にマーキングと言うのだろうか?よく小便や大便をひっかける。これは自然状態では電信柱でなくして樹木にひっかけ、これは樹木の肥料になり、全体として調和しているアル。塀は草むらに当たるだろうかこれも同上アル。ところが都市に移るに当たって電信柱に小便をひっかけるアルが、これはただバッチイだけでむしろ環境を保つためにはコストがかかるアル。人類にも若干こういった不適応があるかもしれないアルが、ともあれせっかくなので大いに語ってみたアル。」
謎の民族A「最後に一つお願いが・・・実はチョッパリどもに仕掛けたスパイ網がばれてしまいそうニダ。どうすればよろしいか?」
先生「バショクに死んでもらうアル」
謎の民族A「バショクって何ニダ?」
先生「日本の左翼アル。」
ウィルソン2世033
2014/04/01 14:29
・・・様子を見ていて私は思った。バショクに死んでもらう?泣いてバショクを斬るというがどうやら気持ちがよすぎて泣いているように見える。それにしてもなんという悪。そしてその圧倒的な強さ。いろいろ考えていると自然に右手が上がり不覚にも私は叫び声を出してしまいました「イーーーッ!!」
先生「誰かいるアル!!」
謎の民族A「ショッ○―のやつらニダ!?」
しまった見つかる!私は一目散で逃げました。外は真っ暗で潮の香りがしていましたが、私は逃げる事に精一杯で何も考えられませんでした。あとから考えると上手く逃げ切れたようで、私は今無事でいます。私が聞いた内容をおっさんに報告しようとしたのですが、約束の場所に行ってもおっさんは来ませんでした。仕方がないのでここに本文書を掲示板に投稿し、アルバイトの終了としたいものです。
完了
ウィルソン2世034 とりあえず終わり。
2014/04/01 14:30
この物語はフィクションです。実際の人物団体とは関係がありません。もしかしたら関係があるかもしれませんが、それはたぶん気のせいでしょう。
オーガズム001
2015/04/01 12:28
んから依頼されたアルバイトに失敗してから2から3年経った頃だっただろうか。若かった私は色々考えた。他人の幸福を思った事もあり、日本国の繁栄を願った事もった。そうこう考えていたのだが、気がつくと何故かショッ○ーの戦闘員になっていた。事の成り行きはこうである。いつもどおり私はひたすら貧しかった。今日の糧を得るためには一体どうしたものかと思案に暮れていると、タバコ屋の前で声をかけられた。相手を見ると恐ろしくけばけばしい化粧をしたオバちゃんだ。香水のにおいがツーンとくる。話を聞くと、どうやら某N学校の関係者だそうである。
オーガズム002
2015/04/01 12:29
おばちゃんはアルバイトをしないかと言ってきた。報酬は一日5千円で日数は成り行き次第だと言う。「奇貨(きか)、おくべし!」私は口に出してしまった。オバちゃんは「奇貨なんねぇ?嫌ならいいけど」という。「燕雀(えんじゃく)いずくんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」独り言がまたでた。「ぜひお受けさせていただきます。」と言うと仕事について話してくれた。ある団体に入り、その団体がどのような活動をしているのか報告して欲しいと言うのである。どうも下半身に関係が深いようでエロい言葉が飛び交っている団体なのだそうである。私は了解してその団体に向かった「風ショウショウとして易水寒し、壮士ひとたび去りてまた還らず」こんな言葉が思い浮かんだ。
オーガズム003
2015/04/01 12:30
こういう経緯で入ったのがショッ○ーで、私は最下層の戦闘員になった。入ってしばらく経つと先輩戦闘員から大事な事だと言われショッ○ーのボス、キングショッ○ーについて教えてくれた。どうも桃太郎と言われているそうで、隊員は桃太郎の事をお父さんと呼んでいるのだそうだ。ここまで書いてみたがあの頃の悪夢が思い出されいい気がしない。しかし忍耐強く書き込んでみよう。私は人付き合いが苦手なのだが、情報を収集するために精一杯努力してみた。しかし反応はいまいちで私もショッ○ーの一構成員であり、機械としての全体の一つの歯車のようなものだったようで変な奴と思われていたようだ。それでも時間を過ごすうちにだんだんどういう団体かおぼろげながら分かるようになり、ロボットのような先輩のショッ○ー構成員とも意思疎通ができるようになった。
オーガズム004
2015/04/01 12:31
話題がマネー・ヘッタ・チャンに及んだ。非常に読みづらいのだが言っている事はよく分かる本を書く人である。その本の中でフエーテル氏が社長になっており会社に必要のないものを買った事で責められ「ごめんなさい、こんな時、どういう顔したらよいか分からないの」というアニメの台詞が頭に思い浮かんだ事を話し合ったのだが相手が面白い事を言った。「笑えばいいと思うよ」その先輩構成員はやはりロボットのようだったが、人間味もあった。こんな話をした事もある。「アメリカの議員のオバマがスーパーマンになる夢を見た。彼は宇宙人かもしれない」
オーガズム005
2015/04/01 12:32
私はこう答えた「フロイトによると、夢は願望充足なのだそうだ。おしっこがしたくなるとおしっこをする夢を見。腹がすくとご飯を食べる夢を見る。先輩はオバマ氏がスーパーマンになって欲しいと思っているのではないか。詳しくはフロイトの夢分析を当たってみてはいかがだろう」(後日談だがオバマ氏は大統領になった。予知夢だったのかも知れない)こういう雑談を重ねていった。仕事は奇妙だった。整列させられる。右手を挙げさせられて、「イー」と叫ぶ。幹部の通称怪人や、桃太郎父さんがその間を進むのを見送り、立ち去ったあともしばらく不動の姿勢で5分ほど経ってから解散となる。生産的な活動はどうもしていないようである。どちらかというと一見すると反社会的な活動をしているようだ。深い意味があるのかもしれないが今のところ分からない。そんなこんなで私はショッ○ーの探索をはじめた。
オーガズム006
2015/04/01 12:33
しばらくしてから私は思い切って先輩構成員に怪人(幹部)になりたいのだがどうすればよいかと聞いてみた。すると、しばらく黙っていたがおもむろにビデオを見ようと言い出した。どうも儀式と言えば大げさだが受けなければならない試練の様のものがあるらしい。早速動画を再生してみる。いきなり「うわー」という叫び声が聞こえてきた。映っているのは桃太郎お父さんと志願しているショッ○ー戦闘員だ。桃太郎お父さんは全体像が全く不明のショッ○ーを率いている大将だ。さぞかし立派な人物だと思っていたのだが、どこかで勘違いがあったらしい。桃太郎お父さんは「腕立て百回!」と声を張り上げ、鞭でショッ○ー戦闘員をしばいている。ショッ○ー戦闘員は「父さん!どうして僕の事をこんなにしごくの?息子である僕をしごいてしごいてしごき倒して一体何を考えているの?」といった。桃太郎父さんは「気持ち良いからに決まっているだろ−が。あぁ!息子よ息子、我が息子。わんぱくでもいい。逞しく育って欲しい。お父さんはそう願っているよ。オラオラオラー!」戦闘員「ギャ−!」ここまで見て私は思った。
オーガズム007
2015/04/01 12:34
なんじゃこりゃ?桃太郎ってこんな人だったの?だが続きがあるようだ。桃太郎父さんは言った「戦闘員○○よ」戦闘員「い、イー。」父さん「何がイーだ返事はワンだろーが。オラオラ」戦闘員「ワン!」父さん「どうやら新しい怪人にふさわしくなってきたようだね。おめでとう」ここで動画が切れた。恐ろしい。なんて恐ろしい団体なんだ。先輩が言うにはこれは犬コースで、あと雉コースと猿コースがあるのだそうだ。このビデオを見た翌日、我々のいる部隊に指令が下った。どうも鬼退治に出かけるそうで、桃太郎父さんが自ら率いるというのだ。どうも手塩に育てた幹部を失うのを惜しんでの事らしい。ここだけ見るとなんていい奴なのかと思う。
オーガズム008
2015/04/01 12:35
手元に配られたパンフレットによると、鬼は五人の大将を持っているようであり、それぞれ、赤鬼、青鬼、黄鬼、桃鬼、黒鬼がいるようである。桃太郎父さんは攻め込む前にスパイを送り込んで偵察すると同時に、謀略も行った。当時、赤(共産)を嫌っていた人々がいたが、彼らに赤を強要してその反応を見たのである。多くは赤が嫌だと声を荒げた。すると赤鬼がボコボコにやられてしまった。スパイによると、青鬼が「レッド−!!」と叫び声をあげて悲しんだのだそうである。これで五人の大将の一番手ごわい奴が除かれた。これから攻め込むことになるがどうも「ヌキまくり」という言葉が陣営内に流行した。一体何を考えているんだ。
オーガズム009
2015/04/01 12:36
これから戦闘ではないか?といぶかしく思っていたが、戦場につくと桃太郎父さんが「あそこに鬼の陣地がある。あの陣地を抜いて包囲攻撃をかけよう。」と、いうなり青鬼めがけて突っ込んでいった。「オラオラオラオラオラオラー。」桃太郎父さんの両手が千手観音のように多く見え、的確に青鬼のヒコウをついているようだった。「オラー!」青鬼「あべしー」桃太郎父さん「ん?くたばったか。フーヤレヤレだぜ。」つ、強すぎる。何なんだあいつは。残りの鬼は恐慌に陥ったようで一目散に逃げ出した。
オーガズム010
2015/04/01 12:37
我々戦闘員も追撃する。そこでいくらか手柄を立てたのが桃太郎父さんの目にとまったようだ。「そこの戦闘員。なかなかやるな。名はなんという」私は隠れて偵察したかったので非常によろしくない展開だと思った。ここは何とかごまかさなければならない。そうだ、以前滑った言い逃れをしてみよう。「オッス、オラおしん」桃太郎父さん「なんだ極右(ごくう)か」私「オラしらねっス。許してけろ」桃太郎父さん「まぁいい。あの残りの鬼どもをしゃぶり尽くすぞ。おまえもついて来い」私「イー!」と答えてみたもののしゃぶるとは一体どういう事なのだろうか?何か凶悪な意味がありそうだ。思い切って仲間の戦闘員に聞いてみたら「搾取する事だ」との事だ。搾取といっても主に精神的なものに対する搾取なのだそうである。この点、頭脳労働を認めない共産主義に似ていなくもない。
オーガズム011
2015/04/01 12:38
後日、残りの鬼三人は、降参してショッ○ーに入ったのだそうだが、この時スパイが急報を告げてきた。某民族が島は俺たちのものだと言って島を占拠していますとのことだ。わたしは、バカな。あの島は我々の領土ではなかったのか?と思ったが、桃太郎父さんの反応を見てみる事にした。桃太郎父さんは「あのアホどもが、またほざいとるのか?こうはっきり言ってやれ、『あの島は間違いなく我々の国の領土だ。それがおまえ達の国の領土だというのはおまえ達の妄想だ。妄想を根拠にして、勝手に島を占領するのはよくない事だとは思わないか?』と。」何か桃太郎父さんが神々しく見える。気のせいだろうか?また某民族は従軍慰安婦がどうたらこうたら言っています。とスパイが言った。桃太郎父さんは「従軍慰安婦には高級が払われていた。従軍慰安婦があったから現地の女に対する乱暴が少なかったのだ。おまえ達がベトナム戦争でやった婦女暴行で混血児が産まれてそれが社会問題に今なっているが、それに比べたらよほど人道的ではないだろうか?もっともこれは従軍慰安婦があった場合の話であり、従軍慰安婦そのものがでっち上げだという説もある。どっちにしろおまえ達に文句を言われる筋合いはない。」・・正論だ。あんた最高や!私はそう思ってしまった。
オーガズム012
2015/04/01 12:39
桃太郎父さんがいい奴に見えた一日だった。桃太郎父さんについて調べてみよう。私は独断と偏見でそう思い行動した。桃太郎父さんは我々の部隊の仮の部屋にいたのだが、なにやら文章を書いていた様であり気になって留守を見計らって、その文章(というよりなにかの草案か?)をみてみた。どうやら桃太郎父さんの少年時代の思い出が書かれているようである。いかつい字で「桃太郎は純粋で、まっすぐで、嘘偽りのない少年だった。云々」と書かれている。一体、桃太郎父さんのどこが純粋でまっすぐなのだろうか?これから悪くなってああなったのか?と思っていると、もう一枚紙があってこう書いてあった「桃太郎父さんは少年時代、桜の木を斧で切ったのを正直に告白した」某アメリカ大統領のまねであろうか?全く不可解だ
オーガズム013
2015/04/01 12:40
・・まてよ、そうかそういうことか!何事も下のものは上のものを見習うものだ。桃太郎父さんの事を正直に、わがままで、自己中で、約束を守らず、破廉恥であるなどと書けば下のものがそうなって、統治に支障をきたすのだ。だからホラ話でも純粋でまっすぐ云々と書かざるを得ないのだ。桃太郎父さんの核心に近づけた気がした、そんな瞬間だった。思案に暮れているとコツコツと足音が聞こえてきた。誰かくる。私はそう思い、カーテン(他に隠れるところはなかった)裏に隠れた。
オーガズム014
2015/04/01 12:41
すると元黒鬼が入ってきた。元黒鬼は「桃太郎の野郎をやっつけるために、奴の弱点を知らねばならん」と言いながら机に迫ってきて、紙を読んだ。すると、元黒鬼は「桜の木を切ったのか・・だからなんだ?要するに正直だといいたいのだろうか?そりゃホラばっかり吹いていたら、誰からも相手にされなくなるだろうに。要するに正直と思われる事が重要なので、実際のところはどうでもいいということか?かなり乱暴な意見だ。ん、誰かくる」コツコツと足音が迫ってくる。元黒鬼はマネキンになったフリをした。どうやら桃太郎父さんのようだ「なんだこれは。黒鬼のマネキンか?実にリアルだ」と言いながら元黒鬼をナデナデしている。私は背筋が凍るような思いでカーテンの影に突っ立っていた。黒鬼は一体何を考えながら突っ立っているのだろうか。黒鬼の考えが張り詰めた空気を通して伝わってきそうだった。
オーガズム015
2015/04/01 12:42
「はうう。桃太郎さんが触ってる。ばれたら一体どうなるんだ?ブルーのようにやられてしまうのだろうか?」・・どうもこのように考えているようだ。すると、また足音がコツコツと聞こえてきた。誰かくる。どうも元桃鬼のようだ。元桃鬼は独り言を言いながら歩いてきている。「ブラックの帰りが遅いわ。何かあったのかもしれない」元桃鬼は部屋に入って来た。「あっ。桃太郎・・父さん」桃太郎父さんは部屋に入るときはノックをしろといった。桃太郎父さんのそばで元黒鬼がマネキンになっていた。元黒鬼は(ピンク。なんておまえはいい奴なんだ。俺を助けに来たのか。どうかこいつ、桃太郎を部屋の外に連れて行ってくれ)とその目が哀願しているようだ。元桃鬼は「イー」と挨拶して元黒鬼に「何しているの。用事が終わったんならさっさと帰りましょ、ブラック」と言った。元黒鬼は(ピンク――ッッ!)と目で言っていた。桃太郎父さんは「なんだこいつは本物なのか?俺の部屋で一体何をやっていたんだ。オイッ返事をしろ。」といったが、元黒鬼はマネキンになりきっている。
オーガズム016
2015/04/01 12:43
元桃鬼は事態を察知して桃太郎父さんに外で問題が起こっているから様子を見に来て欲しいといった。元黒鬼は(やはり俺達は五人で一つだな。いや、今は三人で一つか、同じ思いを持っているもんだ)と目で言っているようだった。首尾よく桃太郎父さんを連れ出したので、まず元黒鬼が部屋を出、それから私も脱出できた。この回の収穫は、桃太郎父さんによる過去の捏造と、ショッカー内部に反乱分子がいる事が分かった事だ。翌日からさらに情報収集として身近な戦闘員に桃太郎父さんの話を聞いてみた。
オーガズム017
2015/04/01 12:44
まず戦闘員Aに聞いてみると「ひぃぃぃぃ」とおびえてはなしにならない。次に戦闘員Bに聞いてみた「桃太郎父さんか。彼こそ我々の大将だ。他の怪人ではああは行かない」とのことである。次に戦闘員Cに聞いてみる。「あぁ。私はあなたのシャツになりたい。桃よ、桃よ、どうしてあなたは桃太郎なの?」と言っていて話にならない。次に戦闘員Dに聞いてみると、怪人にコネがあるらしくある怪人を紹介してくれた。その怪人のところにいく。怪人イカ男だ。彼に思い切って聞いてみた。怪人イカ男は言う「ロボットのような奴ばかりだと思っていたが、面白い事を聞く戦闘員もいるものだ。桃太郎父さんか・・。彼はマッチョで頭脳明晰、容姿端麗で性格も個人としては問題があるが、大将としては問題がない。おぉ桃太郎父さん!そのマッチョな筋肉で俺のナニをはさんで欲しい。あぁっつ。」どうも別世界にトリップしているようだ。
オーガズム018
2015/04/01 12:45
大体4〜5人に当たってみたが絶大な支持だ。かといって反乱分子がいないまでもない事が分かっている。ともかくショッ○ーの内部革命はしばらくなさそうだ。ともかく、これだけ情報を集めればそこそこの成果ではなかろうか。そう思いショッ○ーからしばらく離脱して、オバちゃんに連絡しようとしたのだが、電話がつながらない。一体どういうことだ?生活費は何とかなったものの、約束の日当5千円はもらえずじまいだった。「またただ働きか・・・。」しかし精神的にはちょっぴり成長できたような気がする。ここに、ショッ○ーの内部事情の一部を記す。
オーガズム019
2015/04/01 12:46
くどいようですがこの物語はフィクションです。実際の人物団体とは関係があるかもしれませんし、ないかもしれません。以上
オーガズム020 とりあえず終わり。
2015/04/01 12:47
おぉ、本文書はナニの為に捧げらしもの、白い青春のしずくほとばしる男子(だんし)の聖域だ。もし汝にナニがついていないなら、あぁ、考えるだけでも恐ろしい。もしそのようであるなら、汝、哀れなる者よ、本文書は汝のために書かれたものではない。涙しつつ本文書から立ち去るが良い。―筆者。
太陽の王子ファロス001
2016/04/01 06:42
さて、今年は真面目に政治に関して今のところ分かっている事を書く。(いや、私はいつだって真面目だ)もともと陰謀に関してかかれていたので、初心に帰るといったところか。とりあえず一番影響力が強い共産に関して書きたい。それにはまず民主制についてから入る必要がある。とはいえ共産も自分達の事を民主制だと言っているのでややこしく、ここでは資本主義のことをブルジョア民主制と言い、共産主義のことをプロレタリア民主制と言う事にしたい。では中田禎夫の助けを借りて自分なりに書いていく。民主制はなぜ要求されたかというとまず封建制がありそこでは、身分の上下関係があり(まあ今でもあるが。)、旅行が自由にできず、住む場所も決まっており、仕事も決まっていた。(日本では士農工商が生まれつき決まった仕事であった)また武士階級などというものがあるから、戦争するのであってそういう武士階級のいる封建制を打破し民主主義にすればもう戦争をするような野蛮人はいなくなると言う事だ。
ファロス002
2016/04/01 06:43
しかしながら共産の見解によると、資本主義が発達すると、資本家は自分の国だけではたらなくなって国外に販路を広げ、商品を自分達より遅れた国に売り込んで儲けようとする、このように資本主義が発達した結果、外国にまで進出せざるを得なくなった時期を「帝国主義」の段階と言い、そういた帝国主義が複数あり販路をめぐって争い起こる戦争を帝国主義戦争という。従って共産の言い分では、資本主義では戦争が起こるから共産主義にして戦争が起きないようにしようと言うのである。前置きはこれぐらいにしてブルジョア民主制に入る。簡単に言ってしまうと、封建制が不自由だから自由にした。旅行は国内では自由で、住む場所も自由だ、仕事も好きに選べる。しかし自由になったのは金持ちだけで、貧乏人は不自由だ。そこで「ブルジョア」民主制と言われる。
ファロス003
2016/04/01 06:44
弱肉強食でおちおち夜も眠れない、家から一歩外に出れば敵ばかりであると言う意見もあった。しかしながらこういう制度がかえって上手く機能すると言うのである。自分の事は自分が一番よく知っているから自分の好きな仕事を選ぶ事が最も効率的だ。個人がパフォーマンスを上げれば、社会全体も生産が最大化するに違いない。また、労働者は高い賃金を要求し、資本家はなるべく低い賃金を要求する(言わなくてもわかると思うが、その方が儲かるからだ)しかしそれでは折り合いがつかないので、資本家はだんだん賃金を上げていき、労働者はなるべく要求する労賃を落としていく、するとある点に達すると、丁度よい賃金(適正賃金)資本家と労働者のどちらにも都合がよい程よい賃金になる。こうして自由放任されていると自由競争の結果として、かえって社会均衡、調和が生じるということだ。
ファロス004
2016/04/01 06:45
では政治面ではどうか?日本では意見を言うと叩かれる傾向があるが、討論こそが一部のイギリス人によると民主主義の生命なのだそうだ。別世界のように感じられるが討論に関しては誰もが自分が正しいと思う事を言うのだそうだ。しかし他人の意見を聞いているうちに、そこに認めてもよい点があるように思われ、取り入れていく、するとだんだん意見がまとまってきて、誰の意見でもない全体の意見と言うのが出来上がってくる。ブルジョア民主主義による政治は、結局はこうしてできた全体の意見「普遍意思」によってなされる。こうして政治も経済も、全ての個人が思い思いに活動しても、その結果は全体の均衡、調和に落ち着く。このような考え方を「予定調和」説とか「自然秩序」の思想とか呼ばれている。横井小楠がこれを聞いて「尭、舜の政治ですな。」と言ったのは実に天才的に感じられる。これまでいい点を書いたが、欠点もよく分かってきている。
ファロス005
2016/04/01 06:45
まず「予知調和」が成り立つのか?だ。第一に、社会を構成しているすべてのものが勝手気ままに行動しても、お互いに衝突したりしないようにするためには、個人の自由な行動は少なくともある程度法規に縛られなくてはならないと言う事だ。車などを運転していて私のように信号無視で捕まったりする場合があるが、これは捕まるのが正しいのである。他者と衝突して事故したら、その方が社会にとって損害が大きい。また交通ルールが守られなくなって、渋滞になどなったりしたらそちらの方が損失が大きいだろう。お互いの自由な行動が衝突しないようにするため、各人の自由を一定の枠に入れる必要がある。法の考え方になるが、「各人の自由が衝突しないで共存しうるための条件の総和」が民主制における法で、この様な法の制約を受け入れなければ不具合がでるということだ。
ファロス006
2016/04/01 06:47
次に資本主義社会では各人に自由が与えられており(注、ドラッカーによると自由という概念は、人間が仕える主はただ一人、超自然的な神《人間とかではない》である。ということでこれがアメリカで言う自由なのだそうで、宗教的なバックボーンがあることが前提でその範囲で何をやってもいいということなのだそうである。もう少し突っ込むと、事変に応じて臨機応変に対応せねばならない場合が往々にしてある。その処置は普通に反するように見えるが、結果においてよろしい処置であるというのがいいのだが、これは自由でないと出来ない。ここでは超自然的な神に対して誠実であるかどうかが問題になるのだろう。)原則上何をしてもよい事になっているが、その行為に対する結果には自分で責任を負わなければならない。例えば、農業がいやになって商業をはじめてもそれは自由である。
ファロス007
2016/04/01 06:48
しかし、商業で損をしてもそれは自己責任だから勝手にやるがよい。といえる。がこれが徹底されると例えば工場で働いていて怪我をしても自分の不注意でなったということになり、年寄りになって働けなくなっても、若い頃に老後の準備をしておかなかったのは当人の責任だから勝手にのたれじぬがよいという事になる。これではあまりに酷すぎると言うので、各種保険を設けたり、不具者になったものの職業補導をしたり、失業者の救済をやったりする方がよいと言える。資本主義社会では、各人は根本的に自由であってよいが、政府が今挙げたような事をして個人の至らぬところを見てくれねば、幸福であるとはいえない。蛇足だが一部のアメリカ人が言うには、他人に幸福を与える事はできない、できるのは幸福を追求する権利を認めることだけだとの事である。話はもどり、このように政府が面倒を見ることが「社会政策」なのだが原理的には個人の自由に対する制限である。しかしながら常識的に考えて、損失よりも利益が多く好ましい制限である。
ファロス008
2016/04/01 06:49
議会についても疑問がある。大勢の人が集まって議論をする。しかし大勢過ぎて意見の一致が見られない。そこで多数決をとる。100人のうち51人が賛成した事が普遍意思、全体の意見であるとされたとき、これに従って行動する事は51人にとっては自由であるけれども49人にとってはどう考えても不自由である。しかしながら他によい方法があると思えない。しかしながら、多数者の意見がいつでも正しく、少数者の意見が常に誤りであるとは、一体どういう理由で言えるのだろうか?もっとも、社会で勢力を張っているのが多数者であるから多数者の意見をとるほうが社会的に安定感がある。しかし根本的にいって国民全体の意志等と言うものがあるのだろうか?とすると普遍意思も考えられなくなるのではないか。議会についてまだ疑問がある。議会政治は素人による政治「アマチュア政治」である。例えば、議会に集まる代議士は経済問題に無知である場合が多い。
ファロス009
2016/04/01 06:50
ところがここでは、経済についてはズブの素人の集まりである議会により、資源の国家管理や地方財政の改正が論じられるだけでなく、決定されるのである。その他、文化の面でも外交の面でも同じである。また議会主義は元来、公開討論による普遍意志の形成を承認するところのものである。がこれも政党政治になっており政党の意見が政党の幹部や黒幕によって決められており、誰かある有力者が議場で公開する。全ての代議士は党議に拘束され、これ以外の意見を言う事はできない。(政党の幹部や黒幕が政治に対して素人でないならアマチュア政治の弊害も若干緩和されるだろう。この場合民主的とは言いがたいが。)ここで本来の趣旨から既に外れている。また、議会政治は政党政治であるから、多数党が政権を握る。そこでどんな政権も多数党を目指すが、そのために国民の世論を得なければならない。その結果、政党は国民の歓心を得ることを努力するが、一体世論とはなんであろうか。
ファロス010
2016/04/01 06:51
それは積極的にではなく、消極的に形成される。具体的にはまず世論があって、テレビ、新聞、雑誌類に反映されるのではなくして、テレビ、新聞、雑誌類の報道機関が世論をつくり出していくほうがはるかに多い。また例えだが、労働法、とか公安条例とか(最近なら郵政民営化とか憲法改正など)の法規の改訂が、良くなるのか悪くなるのかという判断を下すのに国民は何の材料も与えられていないし、たとえ与えられたとしても極めて専門的な知識が必要だ。判断などできない方があたりまえだ。そこで結局国民としてはテレビ、新聞、雑誌など批評を聴いて判断する事となる。こうしてジャーナリズムにより世論は形成される。日経新聞を読むのとアカハタを読むのとでは意見がまるっきり違ってくるのは仕方のないことだ。
ファロス011
2016/04/01 06:52
また、予定調和(普遍意思)についてだが、先ほど労働者と資本家がお互いに競争する結果、丁度良い賃金(適正賃金)に落ち着くという事だが、ここで問題がある。労働者と資本家では力関係がまるで違うと言う事だ。そこで労働者には法律で保護が与えられる。労働時間の制限だったり、労組に入る権利だったり、資本家と交渉して場合によってはストライキをしていいという権利などだ。これによって随分労働者は強くなった。しかしまだ対等にはならない。資本家の方が強い。そこで、資本家の力を弱めようという案が出た。会社は株主(資本家)がその所有者だ(一部に労働者の所有物であるという説もあるがそれは共産だ)。経営者と労働者が働いて成り立っているのだが、経営者が資本家の御用をつとめて国家公共の利益を無視し、労働者の福祉を無視してまでも儲けようとする傾向が出る。ではどうするか?株主総会の決議によって経営者を変えたりできないようにする。
ファロス012
2016/04/01 06:53
株主(資本家)は資本を提供するが配当を受け取るだけであって、経営には口出ししないようにする。(注、会社の株を買って、意見を言って会社を改造し、会社価値が上がったら株を売却して儲けるというやりくち・そのまま持っていて配当を楽しんでも可・もある)つまり、資本(所有)と経営を分離する。このような方法で資本の力を弱くする。そして今度は経営者が中心に立って、資本と労働の対立を緩和していこう・・ということが考えられてきており、これが「修正資本主義」の主張の中心の一つだ。これで資本家と労働者の力は均衡し、対立は解決するだろうかと言う事だが。労使の対立は資本の私有がある限りなくならない。資本の利益は労働の利益ではなく、労働の利益は資本の利益ではない。あくまで利害は対立する。さて、均衡を目指すと資本家階級と労働者階級の対立からなる社会も、全然別の構造のものにならざるを得ないようである。このようにして予定調和自然秩序の思想は崩れてしまう。
ファロス013
2016/04/01 06:54
そうすると、この思想を理論的根拠とし、それを土台として建てられたブルジョワ民主主義(資本主義)の思想も、自由経済、議会政治そのものも根本的な危険に直面する。ここで考え直してみるのも無駄ではないだろう。次に本丸の共産主義(プロレタリア民主主義)に入る。冒頭でも述べたが、資本主義で自由なのはブルジョアであって、金のないプロレタリーは法律上の権利はあっても自由ではない。しかし封建制度に比べると格段に自由であるが、封建制度下においては例えば水呑百姓は随分惨めな生活をしていたが、困窮したときや、病気をしたときは地主が面倒を見ていた。都市の組合の貧しい親方でも、働けなくなったら、仲間の集まって造った組合が面倒を見ることになっていた。ところが資本主義はそうではない(現在の日本では生活保護などがあり、健康で文化的な最低限度の生活をしようとすれば可能である事は可能である)。小作人が困ったとて地主が面倒を見る必要はない。職業選択の自由があると同時に失業の自由があり、住居移転の自由があると同時に野垂れ死にの自由がある。これでは良心的に考えればよくない。
ファロス014
2016/04/01 06:54
プロレタリーも自由にするためにはどうしたらいいか?その方法はただひとつだと言い、ブルジョアジーとプロレタリアの区別をなくす事、資本と労働の対立をなくし、資本家と労働者の区別を無くすことなのだそうである。では資本家と労働者とは一体何か?封建制度がようやく終わろうとする頃、機械の発明が起こった。封建制度における生産は道具による生産であったが、満足な生産ができず、機械が発展するにつれ、機械を使う生産者に負けるようになった。(ムッソリーニがまともな事を言っており、彼によると資本主義は要するに機械とともに連想されるに至ったものであり、遠方へ動力を送ったり、労働を合理的に一般的に分与することが出来るようになってから主として発達したものであるとの事である。)機械は値段が高い。また相当大仕掛けのものであるから特別な建物―工場―が必要になりまた金がかかる。従って、資産のあるものだけがこれができる。資産のないものはだんだん落ちぶれて、結局労働者となり、資産のあるものは機械と工場を所有し、労働者を雇って生産するようになった。こうして生産者が二つに分かれ資本のあるもの(ブルジョア)と、労働者(プロレタリア)になり、両者が結びつく事により生産が行われるようになった。
ファロス015
2016/04/01 06:56
ところで、資本主義社会は自由を根本とする社会で先ほども挙げたものに労働者と資本家がより良い条件をめぐって交渉する事になるが、資本家の方が強い事を書いた事がある。資本家はいつでも得をし、労働者は原則として損をする。資本主義社会の二つの階級、労働者階級と資本家階級の利害は相反し、利害は対立している。そしてどちらが優位かと言うと資本家階級であり、この事実に着眼して近代市民社会を資本主義社会というようになった。さて、近代市民社会においてすべての者が自由であるはずであるのにそうでないというのは、工場や機械などの生産設備(資本)が資本家の私有の元にある結果、二つの階級に分裂している事にあった。そうすると、プロレタリアの階級をなくすには、資本(機械や工場など)の私有、私有財産制度を廃止すればよいという結論が出てくる。私有財産制度が廃止され、資本の私有がなくなった共産主義社会が到来したとき、初めてプロレタリアートにも法律上だけではなく実質的な自由が与えられる。
ファロス016
2016/04/01 06:56
ブルジョア民主主義(資本主義)は一種の民主主義だが本物ではなく、共産主義こそ本当の民主主義だ、という話だが共産主義とはなんであろうか?マルクス・レーニン主義といわれている。(若干異なるが、オーウェル面白い事をいっている。・・少数独裁制にとって唯一の安全な基盤は集産主義であった。財貨と特権は共有制にしたとき最も簡単に防衛される・・所謂私有財産の廃止とは現実には以前にもましてはるか少数の手に財産を集中させるという事であった。)従って、共産主義の批判はマルクス・レーニン主義の批判を通して行われることになる。マルクス主義の大要は「共産党宣言」に書かれている。およそ社会の歴史というものは階級闘争の歴史だ。社会を構成する二つの階級が闘争し、支配されている側が支配している側を倒す事によって、歴史上の一つの時代は次の時代に移っていく。では資本主義である現代はどうであるかと言うとブルジョアとプロレタリアートの対立であってこの二つに単純化されているからこそ、この対立は激烈になっている。(私は元、日本人の生き残りをかけて多様性というのが言われているのだと思っていたが、この対立のガス抜きに言われていた可能性もあると今思う。)
ファロス017
2016/04/01 06:57
先に書いたが、ブルジョアジーの支配のもとに経済が発展すると、資産のないものは落ちぶれてプロレタリーになり、階級の分裂は激しくなりプロレタリアートが増えていく。するとプロレタリーの方がブルジョアよりも数で優るばかりかこの先さらに多数派になる傾向が出る。すると大衆が自由を要求する運動が当然、起こるべくして起こる。古き社会の道徳、宗教、法律はブルジョア社会に中でひとりでに生み出されたものであって、その背後にはブルジョアジーの利益が隠されている。それゆえむしろそのような束縛を破る必要がある(注、岩波文庫の共産党宣言には書いていなかった)共産主義者は一体何をすべきか?ますます勢力を増すプロレタリアの結束をはかり、その力で政権を奪い取り、さらに進んで私有財産制度を撤廃し、階級対立のない社会、各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件となる社会を建設する事だ・・というのが共産党宣言のあらましだ。
ファロス018
2016/04/01 06:58
資本主義をいけないとして社会主義、共産主義を主張するのは他にいくらでもあったが、これらの社会主義は現実の彼方に一つの理想的な社会を描き出し、そのあとで現実の社会をどのようにそう持っていくかを考えていた。現実と理想の隔たりが大きく、はじめに構想した理想社会が全く空想に終わる事もありえる。そこでこのような社会主義思想は、単なるユートピアを描くに過ぎぬ「ユートピア社会主義」という事が出来る。先にあらましを書いたが、「共産党宣言」はこれらとは全く反対の考え方をした。まず現にある資本主義社会を分析する事からはじめた。そしてこの資本主義社会は、やがて必然的に変わって、それとは反対の特徴をもった共産主義に代わらざるを得ない。未来社会は空想ではなく、必ず到来するに違いないもの、必ず生ずるものとして描き出される。説明の仕方は因果的である。マルクス主義の信奉者はこれを先のユートピア社会主義に対して「科学的社会主義」と呼んだ。
ファロス019
2016/04/01 06:59
マルクス主義は色々と言っているが、要点を挙げるとまず科学的社会主義といっている。そして、その科学は弁証法の事である事に注意が必要だ。弁証法とは人間に関する一切の現象は絶えず発展していくものであり、十分な理由があってそれぞれの段階を得ていく。一つの段階から次の段階へはどのように移り行くかといえば、それはそれぞれの段階が一面的であり、偏っている事がはっきりして来る事によってである。一つの段階(正)はそれが一面的であることが明瞭となったとき、これではいけないというので、必ず必然的に、それとは逆の段階に移る(反)。そうしてはじめの段階が一面的であればあるだけ、この移り変わりは激しい。ところがこうして生じた段階も、しばらく続くと今度は前とは反対の一面性を持っていることが分かってくる。その結果、この段階を改めようとする動きが出るが、今度の動きは、それぞれ偏っていたはじめの二つの段階の両方の特徴を取り入れ、統一するという形をとる(合)。こうして全ての存在は発達していく。というのが弁証法でよく正、反、合とかいわれる。かのフレイザーはあらゆる科学の陥りがちな危険性として、現象の一部にのみ着目して他を無視する事で現象の無限の多様性を不当に単純化する傾向があるといっているが、弁証法はこの単純化の際に切り捨てられた点を上手く拾っているといえる。
ファロス020
2016/04/01 07:00
次に、こういった弁証法に基づいて「唯物史観」をつくった。人間の社会生活、政治生活、精神生活などは全て結局において人間の営む物質的生活の生産様式によって決まる。生産力が発展してある段階に達すると、それには当然ある生産関係が対応して、この生産力の発展を円滑なものとする。ところが、そのうちに、この生産関係は却って生産力がそれ以上伸びていくことを妨げるようになる。生産力はこの生産関係が変わらねば、これ以上発展する事が出来ない。そこで、生産力が生産関係を破壊する。ここに革命が起きる。生産関係、従って所有関係とともに、法律、政治、宗教など経済の上に建てられた全ての上層建築が崩壊するとのことである。具体的に資本主義に当てはめると、資本主義社会の生産関係は、資本家階級と労働者階級に分かれており、両者に契約の自由があるが、再々述べているように資本家に有利で、最初は生産力の発展に好都合だ。そうして資本家は儲けるが、儲けを一人では使えないので、消費には使わないで、生産の増加に使う(投資)ところがこのような状態はそう長く続かない。労働者階級に属するものの数が増えていって、やがて多数の力で資本家階級に対して反抗する。
ファロス021
2016/04/01 07:01
その結果資本主義変革の革命が起きるということになる。では、資本主義を革命によって破壊したあとはどういう社会になるのか?この点に関してマルクスはほとんど何も語らなかった。というより未来社会について語らないところにこそマルクス主義の何よりの特徴があるのであった。エリックホッファーが、あいまいであるか、難解であるか、証明不可能な事である事が大衆に訴えかけるのには効果があるといったようなことを言っていた。共産は難解であり、その理想社会はほとんど何も言っていないのだからあいまいで、同じ理由により証明が出来ない。ともかく未来社会については現在の資本主義社会の否定といっている。くどいようだが資本主義社会は資本の私有を根本的特長にしているが、共産主義はその逆(否定)である。だから、そこで資本は共有である。資本主義社会では生産は自由競争のもとに行われるが、共産では計画経済が行われる。資本主義社会では資本家階級が政治を握っているが、共産ではプロレタリア独裁である・・といった具合だ。(社民党や民主党や共産党の「何でも反対」が思い起こされる。)やや乱暴かもしれないがこれがマルクス主義の主だった点だ。
ファロス022
2016/04/01 07:03
これにレーニンが入ってきていよいよマルクス・レーニン主義になる。マルクス主義の重要な特徴の一つに理論と実践の統一といったような事がある。まず理論の上で資本主義は倒れて共産主義になるという。するとこの論に勇気付けられて実際活動しているものが元気を出し、資本主義打倒の運動をする。そうすると資本主義はますます倒れる傾向が出る。こうして資本主義が倒れると、今度は活動している者によって逆に資本主義は倒れるという理論が実地に証明される。このように理論が実践を勇気付け、勇気付けられた実践が理論の確実さを証拠立てる事である。このようにいうものであるからマルクス主義は理論のための理論ではなく、実際に資本主義打倒の革命運動を指導するものでなければならない。ところが実際にどう革命すればいいかという事はマルクスは資本主義社会が崩壊する事の必然性を論証するのに夢中だったので何も言っていない。そこでレーニンの登場だ。
ファロス023
2016/04/01 07:04
マルクス主義とレーニンは根本的な部分では違わない。根本とは何かというにこれまで述べてきた事である。しかし、レーニンが実際に革命を行ったのはロシアという資本主義発展の遅れた国だった。そのような発達の遅れた国でも革命を行わねばならないという事はマルクス主義のどこにも書いていない。そこでレーニンの考え方に入る。資本主義から社会主義への移り行きは、資本主義経済が充分発達しきったあとでなければ起こらない。だからロシアのように資本主義の発達の遅れた国では、まずブルジョア革命(日本では市民革命という)を徹底化して、資本主義が充分発達したあとでなければ、プロレタリアートの成長が見られず、したがって革命の時期がこないという事になる。共産党宣言や資本論を見てもこれ以外の解釈はしにくい。ところが当時、帝国主義国に囲まれていたロシアでは、そんな気の長い事は言っていられなかった(侵略されたり、脅されたりするかもしれないからだ)。他の国より資本主義の発達が半世紀送れているからといって、その後も半世紀ずつ遅れて進まねばならない理由はない。資本主義の発達が遅れても却って早くプロレタリア革命をやる事が出来る。
ファロス024
2016/04/01 07:04
なぜかというに封建制から資本主義に移る場合は、マルクス主義の公式どうりに資本主義は封建制の胎内で充分準備された。というのは封建制度の中で、ブルジョアジーは生産手段を独占し、生産における指導的役割を演ずる事が出来たからである。ところが現在の資本主義から社会主義に移る場合はそうはいかない。どれほど資本主義が発達してもプロレタリアートが生産手段を所有し指導するようにならないからである。来るべき社会ではプロレタリアートが生産の指導者となるのであるが、彼らはそのやり方を資本主義社会で習っておく事は出来ない。そこでまず始めに政治上の革命をやり、プロレタリア独裁を確立した上で、生産の指導を勉強するほかない。だから、封建制度から資本主義に移る場合には、経済上の変革が先で、政治の革命は後だったが、資本主義社会から社会主義(クロポトキンだったと思うが社会主義に関してこのように言っていた。国家には上下関係があり、束縛もあるが、その中に社会というものがある。そこでは上下関係は意識されず、各人いくらか自由である。そこで国家ではなく社会を主にしたものを創ろう。ということで社会主義というのだそうだ。彼らは国民の国という字を嫌って、人民という)へ変わる場合には政治革命が経済変革に先立たなければならない。
ファロス025
2016/04/01 07:05
(日本では、資本主義を打倒して社会主義を創るのではなしに、資本主義の基盤の上に社会主義を実現しようという動きがあった。チェーンストアの渥美俊一氏の理想や、労働の尊厳といったものや、いいもの創れば売れるといったスローガンというか思想というかそういうものがそうである)平和的に社会主義に移行できるのか?普通選挙が実施されていればプロレタリアートの数が増えるので自然に移行できるとも考えられる。しかし、レーニンは暴力革命でなければならないと考えた。先に挙げた時間がないのと、プロレタリアートが民主主義の多数決制を利用して、政権を獲得しそうになったら、ブルジョアは国家権力をふるって、必ず民主主義を否定し、プロレタリアートに権力を握らせないようにする。それを破るのは、もはや暴力革命しかない。とのことである。そこでプロレタリア独裁が必要となってくる。プロレタリアートが政権を握ったとき、経済体制はまだ資本主義のままである。資本家が資本を所有している、先にも述べたが彼らは強力に経済の変革を妨害するに違いない。この妨害を排除して、資本の私有、従って資本家を絶滅するには、どうしても強い政治権力がなければならない。
ファロス26
2016/04/01 07:06
加えて、実際は少数のブルジョアジーが多数のプロレタリーを独裁しているブルジョア民主主義に比べたら、プロレタリア独裁ははるかに民主的である。従って、プロレタリア独裁はプロレタリア民主主義である。これがレーニンの主な主張だ。彼の戦略面についても書こうかと思ったが、野暮だと思いやめる事にする。興味のある方は、中央公論社(現、中央公論新社)の世界の名著シリーズ「レーニン」を当たってみていただきたい。さて、マルクスレーニン主義は正しいのであろうか?共産主義を批判しているものに小泉信三氏の「共産主義批判の常識」というものがあるそうだ。古書目録でも見かけた事はあるが、私の直感があまり良くないと言っているので買わなかったが、元共産党員の筆坂秀世氏が紹介しているので書いてみたいと思う。が、長くなるので要点だけ述べると、・・社会主義の到来は必然ではなく、ある程度の確からしさを持つものであるから、あえて批評をするのを遠慮しないだろう・・との事である。
ファロス027
2016/04/01 07:07
これは要点をそれている。先ほど挙げた理論と実践の統一を見てもらえれば、この批評があまり効果がないことが分かるだろう。筆坂氏はまだ共産主義に未練があるようだ。また書評によると、小泉信三氏は主にマルクス主義の経済学、それも主に価値論を批評するという格好をとっているらしい。これまで述べてきた事だが、マルクス主義の経済学は確かに体系全体の土台をなすものだ。しかしながら、この経済学はマルクス主義の体系全体を証明するためにあとから持ち込まれたものである。従って。急所を押えていない。経済学が間違っている事になったら、今度は何とかして別の説明手段を見つけようとするだけである。また、先の小泉信三氏の批評とややかぶるが、マルクス主義が歴史の必然を唱えているという言葉の意味での勘違いがある。本当に必然であるなら、何も努力して革命などしなくても良い。ただ、資本主義が必然的に崩壊して、社会主義になるのを待っていれば良い。資本主義が勝手に崩壊するなら「万国のプロレタリア、団結せよ」ではなくて、「万国のプロレタリア、昼寝でもしておれ」といえばよいはずである。という批判だ。
ファロス028
2016/04/01 07:08
この批評も間違っている。まずマルクス主義―というよりその根底にある弁証法は歴史の必然を説くが、この歴史は社会の全体であって、人間の意識も含まれる。物質的条件だけが変わって、人間の方は変わらず、革命を希望し革命に努力しようとする気持ちにならない事はありえない。(だから万国のプロレタリア、団結せよという事になる)ただマルクスの採る唯物史観の特徴は、この人間の気持ちの変化が経済事情の変化によって起こると考えられるという事である。次に、もう少し踏み込むと、弁証法はなぜ歴史の必然を説くのであろうか?それは、自由にして主体的な(自発的に自ら進んでする)実践のためである。自由のために必然を説いている。必然はなぜ必要か?戦後、日本人は長い間虚脱状態に陥っていた。呆然自失の状態であった。それはなぜかというと、どうにもそれ以外選び様のない(従って必然的な)行動の基準を失ってしまったからである。祖母に村の村長まで戦犯として引っ張っていかれて、残ったものは何をやっていいか分からず呆然としていたと言うとつらい顔をしたものである。解放される事と自由になる事は同一ではない。
ファロス029
2016/04/01 07:09
解放する事は、自由を与える事の前提にすぎない。だから、解放されたままでほったらかしにされれば、何をして良いのか分からない。本当の自由は解放にあるのではなくして、自律―自分で自分を規律する事、自分で決めた事に自分自身が服従する事にある。(日本では左から右まで各種団体があるが、全てがことごとく某国と繋がっている場合、その中のどれかに入り、自分で決めた事だからといってそれに服従する事は本当に自由といえるのか私には疑問である)だから自由は束縛である。自分の生命を投げだしても惜しくないような、それ以外に選びようのないものが見つかったとき、それに縛られるーそこに初めて真の自由がある。さて、戦後、日本人の中で一番早く虚脱状態を脱したのは、共産党の連中であった。何故かというにこれ以外進むべき道はないという確信的なもの(彼らの言う歴史的必然)を捉えたからである。だからこの必然に束縛されながら、少しも不自由を感じないのだ。要するに、マルクス主義がなぜ歴史の必然を強調するかというと、それが人間をして歴史の中で、最も主体的に、最も自由に行為させるためである。すべての者が自由にある方向を選んだとき、歴史がこの方向に向かう事は、ますます確実性(必然)を増してくるだろう。マルクス主義が必然を唱えるのは以上のような理由からである。
ファロス030
2016/04/01 07:10
また効果のない批判に共産主義は唯物論的で道徳を無視しているというものがある。(創価学会の事しかしゃべらない創価学会の信者と話した事があるが、その人によると、被災地に創価学会は援助物資を配っていたのだそうである。すると背後から共産党の街宣車がやってきて、「日本共産党がやってまいりました」と言い、あたかも共産党が援助しているかのような雰囲気をつくられたのだそうである。これにその人は腹を立てていたが、この点に関しては私も同感である)ともあれ彼等が破壊してよいとする道徳は資本主義(近代市民社会)に固有な道徳である。本当の道徳は人間の自由の上に築かれる。ところが資本主義社会にあっては、人間は資本に縛り付けられて自由でない。これでは人間がいかに道徳的になろうとしても、なりようがない。少し見ると、共産主義は経済のことだけ考えているように見える。唯物論に徹底していて、経済的条件さえ良くなれば、それだけで人間が幸福になれる、(ある金持ちの夫人はパソコンにはまって、次から次へと新しいものを買っていたそうだ。するとある時、ふと、私は何をやっているのだろうと考え、人生の意味について考えるようになったのだそうである〈それまではパソコンなどを買うために生きていた〉。それで病気になったようだ。経済も必要だが、他に何かがいるようだ)と思っているように見える。
ファロス031
2016/04/01 07:11
しかし、そうではない。それは決して道徳的側面を無視してはいない。むしろ、人間が真に自由となるためには(ということは、人間が真に道徳的存在となる事であるが)まず人間に対する物質的束縛をなくし、経済的制約から解放しなければならない。この事をほったらかしにして、いくら道徳的になれと言ってもそれは無理である。ということで、幸徳秋水も引用していたが菅子の「衣食足りて、礼節を知る」などもこの辺の事情を言っているのだろう。さて、社会主義者の上の方はどうか分からないが、果たして下っ端にこの二つの道徳の違いが分かるものであろうかと私は思う。混同して、チンピラになるのが関の山ではないか。ではマルクスレーニン主義は大筋で間違っていないのであろうか?批判を続けてみる。
ファロス032
2016/04/01 07:12
永遠の彼方に一つの理想がある、この理想を実現しようとして努力する過程が、人間の歴史であるとする観念的歴史観というものがある。先にも挙げた「ユートピア社会主義」もこのようなもので、描いている理想がその時々の与えられた物質的諸条件に制約されている事を知らなかった。あるいは少なくとも軽んじていた。マルクスの唯物史観は、この見落とされていた一面を取り出した。これはマルクスの功績だ。しかし、唯物史観はこの一面だけを強調する事によって、今度は逆に、観念的歴史観の中に残さねばならない一面があることを忘れてしまった。仮に机を作る場合を考えてみる。まず材木が必要だ。材木無しには他にも素材があるだろうが、無ければどうしようもない。材木の組み合わせ方や、切り方、及び重力の事など考えなければならない。このように机の製作はこの意味において物質的条件に規定される。が、それだからといって材木は人間の働きかけ無しに勝手に机になったりしない。材木という物質が人間の頭脳に反映して、自己を切らしめ、削らしめ、組み合わされて机になったとするのはおかしな考えだ。机が作られるためには、人間が頭の中で机という形を描き出していなければならない。
ファロス033
2016/04/01 07:13
こうして机を作るという一つの営みは、一方で物質的諸条件に規定されるが、他方では観念的な形(イデア)にも規定される。物質と精神と、物と観念と、その両方が無ければ、人間の営みは成り立たない。同じ事はもちろん人間の営みの総和である歴史にも当てはまる。人間の歴史は、唯物史観の説くように、生産力や生産関係のごとき物質的なものに規定される。しかしまた観念的な理想とか目的といったものにも規定される。唯物史観はここが抜けており、あらかじめ一つの目標を描き出して、これに向かって進んでいくという一面を全然無視する事となり、そのような訳でマルクス主義を指導理論とする共産党がその言動において破壊的であり、建設的でないことの原因になっている。共産主義に対しては、共産主義にしたって我々日本人の生活は良くならない、むしろ資本主義にしたほうが良くなるという批判がある。
ファロス034
2016/04/01 07:14
これに対しては、唯物史観の立場から、未来の社会が現在より良くなるか、悪くなるか、そんな事を前もってくよくよ心配するのはプチブル根性である。プロレタリアートの意識はそんなものじゃない、彼らは資本主義に対するルサンチマン(憎しみ・妬み)に燃えているのだ。何が何でも、現在ここにある資本主義が嫌で我慢できないのだ。この現状否定の気持ちが動因となって、資本主義は必然的に否定される。必ず否定される。その後に何がくるか、そんな事を考える事は、プロレタリアートの意識には縁の無い事だ。というのだが、これがマルクスの唯物弁証法を良く表している。(弁証法とは先に挙げた正、反、合で発達していくものである。)ともかく、プロレタリアートは全力をあげてブルジョアジーの撃滅、資本の徹底的な否定に邁進しなければならない。という。ここで対立する一方であるブルジョアを無くしてしまうので弁証法ではないではないかというのだが、後で見るに、一部のプロレタリアがブルジョア化し、論としては通っている事が分かる。またマキアベリは君主の血統は絶やさなければならないといっており、いささかの妥協があれば、もう革命は出来なくなるのだそうだ。
ファロス035
2016/04/01 07:15
そこで、ブルジョアジーの絶滅が考えられるわけだが、これは要するに「とにかくやっつけよう、後の事は後の事だ」ということである。加えて、マルクスは未来社会の「構造」を描きださなかった。そうしてその態度を以って、むしろ科学的であるとした。分かりやすく言うなら「資本主義はとにかく壊れる。その先はどうなるか、それを考えるのは空想であって、科学ではない」ということになる。この両者は同じ事の裏表、実践と、理論との表現である。破壊的な暴動に近い革命がやりたいのなら唯物史観で問題はないが、それを建設的なものにしたい場合は、観念の承認無しに建設的なプランは持ち得ないから、どうしても観念的歴史観と唯物史観との総合されたものででなければならなくなる。
ファロス036
2016/04/01 07:16
プロレタリア独裁についても触れる。先にも挙げたが反革命の危険を抑えるためにも、プロレタリア独裁が必要である。しかしながらプロレタリアートは力を持っているが、それは盲目的力でありであって、イデアを持っていない。そこで、暴力革命は出来ても、革命後の建設事業となると、何か他のものから方向を与えられ、指導されるのでなければ、上手くその力を発揮する事はできない。そこで、プロレタリア独裁は、プロレタリアの独裁ではなくして、少なくともプロレタリアの前衛、あるいはプロレタリアートの前衛としての共産主義の独裁という事になる。実際的には共産党の独裁という事が多いようだ。プロレタリア階級全体の独裁で無しに、共産党の独裁だ。共産主義は自分が民主主義であることを弁明するために、プロレタリア独裁はブルジョア独裁より民主的だと言った。しかし、共産党は、ブルジョアジーとプロレタリアートに比較して小数である。少数のものが多数のものにする独裁は、どんなにしたって独裁で民主主義ではない。これに対してはこのような回答がある。
ファロス037
2016/04/01 07:17
なるほど実際は共産党の独裁になる、しかし共産党は、プロレタリア階級の前衛であって、プロレタリアート全体の利益を十分守る。だから実際は民主的である。しかしながらこのような事が言えるのなら、どんな専制君主だって、どんなに徹底した独裁政治だって、人民全体のために政治をしているなら、専制政治でもなければ、独裁制でもない事になる。この議論は、事実の問題と原理上の組織の問題とを混同している。この回答に対しては、共産党員がみんな心から人民の利害を心がけている男ばかりか、どうかと言う実際上の問題を議論しているのではなく、制度上の問題を議論している。仮に事実の問題を考えると、共産党が独裁している場合でも、党員がみんな心がけの良い者ばかりであればこれはこれで結構である。しかし、制度の面から言って、同時に、党員が悪い男ばかりである可能性も含んでいる。丁度、専制君主が明君であることもあれば、暗愚であることもあるように。プロレタリア独裁が、その実、共産党独裁になる事が分かった。共産党が独裁を続けていくためには、共産党それ自身が徹底的に強固な組織をもたねばならない。そしてそうするために、勢い特定個人の独裁が行われる事になる。
ファロス038
2016/04/01 07:18
民主的ではないのはいうまでもなく、自由に関しては、実質的にはもちろん形式的にもない場合が多い。一応、民主主義といっているのだから、せめての事にも選挙制度だけでもちゃんとした物になっていて欲しいものである。ソ連の場合では最高権力機関である連邦最高会議(国会)の選挙は、いかにも民主主義的らしく、秘密投票による普通、平等、直接の選挙権に基づいて行われる。しかし立候補者は、憲法の規定によって、共産党その他御用団体の推薦したものだけで、それ以外のものは立候補できない。しかも、共産党は各選挙区について、定員だけしか推薦しない。投票用紙には、その推薦者の名前が印刷してあるだけである。以下池上彰氏によるが、中国の場合は事実上の一党独裁状態で、「事実上」というのは共産党以外にも8つの政党が存在するからだが、実はこの8つの党は、いずれも党の綱領に「中国共産党の指導を受ける」と書いてある。これでは独立した政党とはいえない。だから事実上の一党独裁体制になるが、党が独裁だと自由な選挙はない。自由な選挙がなければ国民の意志をすくい取る手立てがないとのことである。
ファロス039
2016/04/01 07:19
北朝鮮の場合は、「人民委員会」が事実上の政権で、46年11月になって人民委員会選挙が行われたが、選挙に立候補できたのは各選挙区に一人だけだった。有権者はみんなの前で、この候補を支持する場合には白い投票箱に、反対なら黒い投票箱に投票する事を強制された。支持するか、しないか一目瞭然となるこの方法はとても自由選挙とはいえない。以上、池上彰氏より。さてソ連に戻る。選挙権の実態ですらこのようなものであるから、その他の基本的人権が無視されているのは言うまでもない。例えば、近代国家では住居や旅行の自由を許していないような国は絶対にないが、ソ連では近距離旅行の場合ですら警察の許可を必要とする。また言論も不自由で社会主義や共産主義を宣伝し、謳歌する言論だけが自由なのであって、資本主義をほめてみたりしたらたちまち弾圧を受ける。ソ連の労働者は、労働組合は作れるが、その目的は国家に協力するためのもので、多数の力を得て賃上げ交渉をしたり、待遇改善の要求をしたりするためのものではない。ストライキも法律で禁止されている。
ファロス040
2016/04/01 07:20
ソ連の労働者は自由ではなく職業を選択する自由がない、青少年を強制的に各種学校へ入学させ、卒業したら、4年間指定した国営企業に勤めさせる。ではこの場合の4年が経過したら自由に職業が選べるかというとやっぱり駄目で、雇い主は国家であるから、結局国家の許可無しに、転業できない。1940年からもっと厳格になって、病気をしたり、怪我をして働けなくなった場合の他は自由に転職したり退職したり出来なくなった。こうしてソ連の労働者は、政府の指定する職場で、政府のお許しが出るまでは、国家の決めた賃金をもらって、国家の指定する仕事量をしなければならない。では弁証法は働いていないのであろうか?まずブルジョアがいて(正)、プロレタリアがいる(反)資本が否定されて区別がなくなる(合)という話であったはずであるが、弁証法はもう少し大きいスパンで実際に機能しており、封建制(正)、ブルジョア民主制・資本主義(反)、ソ連のような封建制とブルジョア民主制を合わせたもの(合)・・ほぼ封建制であるが、各種名目だけの法律・ブルジョア民主制における法律上の権利だけあって実際には金がなくて出来ないことに対応する。また形だけの選挙(民主制だと言いたいのだろう)。として理論としてはこのようにいえる。
ファロス041
2016/04/01 07:21
元共産党員の不破哲三氏によると、「生成期」論と言うのがあったそうで、ソ連共産党が、ソ連は既に「発達した社会主義」の段階に到達したと自己宣言していたが「君達はまだ生成の過程にあるに過ぎない」とその評価を強く批判したのだそうである。ここで肝腎なのはこのソ連が自分で「発達した社会主義」の段階にあるといっていたところだ。見ようによってはそのようになるのだろう。プロレタリア独裁は、元来過渡的(一時的)なものであるはずである。ところが共産主義は永遠の彼方にあると言って差し支えないから、現実の社会は理想に至る「過渡期」ばかりであるといってよい。実際には現実の社会は共産党独裁の元におかれつづける事になる。水平線上の共産主義という言葉があるが、論理的に考えて水平線とは想像上の直線であり、近づけば近づくほど遠ざかるものであると言う話がある。
ファロス042
2016/04/01 07:22
また、資本主義と社会主義の誤りにどんな違いがあるのかというと、資本主義は社会主義的誤りを犯し、社会主義は資本主義的誤りを犯すのですと言う事である。なかなか核心を突いているではないか。これで共産主義に関してはやや雑かもしれないが一通り語った。新聞の広告欄に「今日が最後の一日だと思って生きなさい」といったようなタイトルの本が載っていた。よくよく考えてみるに一番無念なのは言いたいことが言えずに死んでしまう事だ。そこであえて言ってしまおう。
ファロス043
2016/04/01 07:23
オバマ大統領、プーチン大統領、金正恩、ダライラマ、そしてボーイスカウトの少年、合わせて5人が飛行機に乗っているのですが、突然機体に致命的な故障が生じます。あいにく機内には4つのパラシュートしかなく一人分足りません、まずオバマ大統領が「私は世界の代表だから」とパラシュートをつけて飛び降ります。次にプーチン大統領が「私に逆らうと、行方不明になったり、変死体で見つかったりするんじゃー」と言って、パラシュートをつけて飛び降ります。次に、金正恩が、「プーチンなどまだ甘い。私にかかれば敵だけでなく忠誠心の高い仲間も濡れ衣着せられて殺されるんじゃー」といって飛び降ります。残ったのはダライラマとボーイスカウトの少年ですが、パラシュートを少年に譲ろうとするダライラマに少年が言います「二人とも生き残る事が出来ますよ、金正恩は僕のリュックサックをつけて飛び降りました。・・・
お粗末さまです。
以上。
ファロス044
2016/04/01 07:24

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シオン長老の議定書 本当のことが知りたい! そして日本の未来を語りたい/BIGLOBEウェブリブログ
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